第77話 短い堪忍袋の緒

 半ばから折れた剣を捨て、予備のものを地面に降ろしていた背嚢から取り出す。少し短い片手半剣だが、まぁ予備は携帯性が優先なので仕方がない。


「敵の攻勢が緩みましたか?」

「そうだね。流石のダンジョンの主も、息切れしたかな?」


 フォーンもまた、完全に歪んでしまったピッケルを捨てている。代わりの、切っ先が鈎状になっている短剣を装備している。ピッケルもその鈎剣も、彼女の好みに合わせてオーダーメイドしたものであり、私のような数打ちではないはずだ。

 しばらく戦闘を続けていた我々だが、徐々にモンスターの襲撃頻度が下がっているように思った。どうやらフォーンもそう感じていたらしい。フォーンがそういうなら、自分の感覚よりも余程信用できる。


「ではあなたは、ダンジョンの主の次の手をどう読みます?」

「パターンは三つかな。放置するか、自分でくるか、強力な手駒を寄越すか」

「放置はあり得ると?」


 一番あり得ないと思われる行動パターンを、フォーンが真っ先にあげた事にひっかかりを覚えて問いかけた。フォーンは意地の悪そうな笑みを湛え、ダンジョンの奥の暗がりに向かって喋るように、大声で宣う。


「大局を見て、ダンジョンのこちら側を放棄するのなら、いい手でしょ。戦線を整理し、これ以上の被害を抑えるという意味では、最善といえるね。ただまぁ、それはこの局地的な戦闘においての敗北を意味するから、ダンジョンの主にとっては面白くない話でしょうけど、ね」

「なるほど……」


 加えて、アルタンの町の地下で着々と広がっていたダンジョンを放棄するという事は、そこにあったなんらかの意図も諦めるという事になる。もしも、ダゴベルダ博士やハリュー姉弟が懸念したような【貪食仮説】なるものを企図していた場合、準備に並々ならぬ手間と時間をかけた計画を、ここで頓挫させるだけの決断が下せるのか。

 ダンジョンの主にとっても、ここは切所という事か……。


「ダンジョンの主が直接乗り込んでくる可能性もあると?」

「まぁ、あるでしょ。それだけ重要な計画だったなら、ね」


 暗に、【貪食仮説】という説の当否を、ダンジョンの主の動向で見極めようとしているのか。ここで戦線を放棄できるなら、ダンジョンの主に【貪食仮説】を実行する意図はなかった。無理にでも力押しにでるなら、可能性は残るという事だ。


「強力な手駒ってのは、さっきまでの竜じゃねえのかよ?」


 私たちの会話に割って入ってきたのは、相変わらずな口調のエルナトだった。しかし、今回は相手が悪い。私ならともかく、フォーンに対してその舐めた態度はいろいろとマズい……。

 私は咄嗟に、アダマンタイトのバックラーを左手に掴むと、彼を庇うようにその土手っ腹を優しく蹴り飛ばす。案の定、跳躍して鈎剣を振り下ろしたフォーンの凶刃を、なんとか頭上に構えたバックラーで受け止め、安堵に胸を撫でおろす。

 こんな状況で、強力な戦力を仲間に殺されるわけにはいかない。


「ちょっとセイブン。ガンコちゃんで防がないでよ、あちしのこうが欠けちゃうじゃん!」

「だったら本気で斬り付けないでください……。普通の盾で受け止めたりなんかしたら、穴が開くでしょう?」


 力なく返しつつ、フォーンにガンコちゃんなどと呼ばれた相棒を腰に戻す。正しくは【ガンコナー】なのだが、これも正式な名前などではなく、いつの頃からか仲間内でそう呼ばれていたのが定着しただけだ。

 なんでも、大昔にはいたとされる、軽薄な妖精族の名前らしい。なんでも、その妖精族の特徴がパイプだったらしく、このバックラーにもパイプの模様が彫り込まれているのが由来らしい。


「お、おい、流石にやり過ぎだろ!? たしかにエルナトの口調は礼を欠いてたかも知れんが、ここまでするような事じゃ……」

「うっさい。あちしはセイブンみたいに寛容じゃない。舐められたらムカつくし、ムカついたら手を出す。そんだけさ」

「だ、だからって、武器を抜く程じゃ……」

「さんざんウチのセイブンに突っかかってきといて、さらにあちしまで軽んじてきたんだ。これ以上侮られれば、【雷神の力帯メギンギョルド】の名にも傷が付く。制裁は当然の事さね」


 鈎剣を肩に担ぎ、【幻の青金剛ホープ】のメンバーを睨み付けるフォーン。彼女は自分本位で、なによりも自分の意思を優先するからこそ、情に厚く、仲間や身内を攻撃される事には、過剰に反応する。

 先程までは私が抑えていたから実力行使にはでなかったが、標的が私から自分に移った事で、嬉々として反撃に移ったのだろう。


「そ……、それでも……」

「だいたい、あんたらもあんたらさ。そっちのクソガキが生意気なんだったら、仲間であるあんたらが窘めてやればいいのさ。ちょっとばかし剣が使えるだけのガキが、分不相応な地位を得て、気が大きくなるってのもわかるけどね、だからって誰彼構わず噛み付くなら、嚙み返される覚悟は必要だろう? まさか、あんたたちみたいに、ベッタベタに甘やかして欲しいだなんて思ってないだろうね? 勘弁しておくれよ。冗談じゃない。こちとら、いい歳して乳離れもできていない他所のガキに構っていられる程、暇じゃあないんだよ」

「…………」


 どこまでいっても自分本位。それが、フォーンの悪いところであり、いいところでもある。だからこそ、気に入らないものを気に入らないまま、波風立たないように言葉を慎むような性格ではない。

 だからこそ、エルナト率いる【幻の青金剛ホープ】と、フォーンとの相性は最悪だし、こんな状況でもなければ絶対に一緒のパーティにしたくない組み合わせである。


「ウチのバカ弟子や脳筋二人がいれば、こんなバカなガキを、町の命運もかかった攻略に連れてこなくて良かったってのに……」

「フォーン、そのくらいにしてください。あなたの憤りはもっともですが、これ以上時間を無駄にしたくありません。【幻の青金剛ホープ】の面々も、最低限自分たちに割り振られた役割をこなす事に集中してください。万が一、いまの事を逆恨みする素振りがあれば、次は手加減をしません。いいですか?」

「あ、ああ……」


 気絶しているエルナトを介抱していた【幻の青金剛ホープ】のメンバーが、青い顔でコクコクと頷いた。それ以外の青い顔でこちらを見ている。

 これで、この連中も静かになってくれればいいのだが……。


「それで、私も気になってたんだけど、さっきの竜以外にも、敵には強力な手駒がいるって話、続きを聞いてもよろしくて?」


 頃合いを見計らったように、呆れた顔でこちらを見ていたフロックスが、その飴色の髪を掻きあげながら、エルナトと同じ質問を繰り返した。私とフォーン、【幻の青金剛ホープ】の面々は、バツの悪い思いをしながら会議を再開させた。



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