第76話 ダンジョン攻略最前線とアダマンタイト

 ●○●


「やはり、ダンジョンの主の抵抗が激しいですね」

「それくらい、向こうもここが要所だと認識してるんでしょ」


 私の呟きに、なにを自明の理をとばかりにフォーンがため息交じりに言い捨てた。

 一本道を死守する我々は、モンスターの猛攻を受けていた。どうやらダンジョンの主は、この場所を取り戻そうとしているらしい。それはそうだろう。ここを我々が押さえている限り、敵方はダンジョンのアルタン側に影響力を及ぼせないはずなのだから。

 故にこそ、この場所を取り返そうと、先程から竜種が断続的に襲撃をかけてきているのである。ダンジョンの主も必至なのだろう。


「まずい! 抜けられるッ!!」


 焦ったようなエルナトの声に、全員が前衛の様子を窺う。

 いまは【幻の青金剛ホープ】が敵の攻勢を受け止めていたのだが、エルナトが泣き言をいうのも仕方がない。ラプターと呼ばれる下級竜の群れすべてを食い止めるのは、エルナトのワンマンチームである【幻の青金剛ホープ】には厳しい役割だった。

 ただ、意外だったのは【幻の青金剛ホープ】はその構成と、エルナトの態度とは裏腹に、高い実力を有していた。

 予めチームのメンバー全員が、エルナトという攻撃力をサポートする為に動くという意思統一ができているおかげか、連携に齟齬が生まれにくい。最初から目的が統一されているから、無駄な会話や指示を挟む必要がないのだろう。

 そしてエルナトは、その持ち前の剣術を活かして敵を殲滅し、他のメンバーは彼を邪魔するモンスターを食い止める。エルナトは攻撃一辺倒、それ以外は防御一辺倒という意味では、バランスが取れていると言えるのかも知れない。

 いや、やはり冒険者としてはアンバランスと言わざるを得ないパーティ構成か。安定的ではあるが、不慮の事態には対処しきれないだろう。

 いま【アントス】は背後を警戒している。対処は、私とフォーンで担わねばならないだろう。


「んじゃ、任せたよセイブン」


 だというのに、フォーンはまったく戦うつもりはないようだった。私だけで十分に対処できると思ったのか、横殴りを警戒したのかはわからないが、彼女は前衛の方へと歩いて行った。やれやれ……。


「まぁ、ラプターであればたしかに、私一人で対処はできますが……」


 ラプターの厄介な点は、彼らが群れを形成するところだ。その群れの対処を【幻の青金剛ホープ】が担っている以上、討ち漏らしの数頭を狩るのは難しくはない。

 一体一体は、ビッグヘッドドレイクよりも弱い、竜種の中でも最弱といわれているのが、このラプターである。勿論、あくまでも個体の戦力のみをフォーカスした場合であり、個人的には七体のラプターと一体のビッグヘッドなら、前者の方が厄介に思える。

 実際、フェイクドレイクを竜狩りの練習台にする者はいても、ラプターをそのように扱う者はいない。竜種を相手にできるかどうかの実力では、たちまち群がられて、屍を晒すのがオチだからだ。


「――ッシ!!」


 そんな事を思いつつ、盾でバッシュし気を逸らしたラプターの首を、剣で叩き切る。もう一体前衛を抜けてきていたので、左後ろ脚を蹴り砕きつつ、体勢の崩れたラプターの首を切り落とす。

 力任せの切断に、早くも数打ちの剣が悲鳴をあげている気がする。


「なんだ、剣もちゃんと使えるじゃないの」


 背後からそう声をかけられ、見るとそこにはフロックスが立っていた。どうやら、こちらの助力に、後衛から抜けてきたらしい。


「使えるなどと言える程、使いこなせはしませんよ。ただ、短時間で敵を処理するなら、やはり刃がある方が便利ですから」

「そう? セイブンさんなら、素手でも倒しちゃいそうだけど? 最初の三頭みたいに」

「できない事もありませんが、仲間からは体力の無駄遣いだと言われます。斧があるのに、大木を素手で折るのは非効率だと」


 たしかに、わざわざモンスターを肉弾戦で倒すよりも、剣で倒した方が早いし楽だ。モンスターの強靭な骨、頑健な肉体、硬質な皮膚を考えれば、徒手空拳で戦うなど狂気の沙汰である。両の手にバックラーを装備していると抗弁しても、鼻で笑われるだろう。バックラーは武器ではない、と。

 なので私も、雑多な敵を倒す際には剣を使う。たしかに、敵の息の根を確実かつ早急に絶てる刃物は、便利な道具である。だが……――


「どんな名剣でも、私のような不器用な男が使うと、すぐに鈍になって折れてしまう。敵が強ければ強い程、そういう武器は信用できません」

「なるほどねぇ。武器を装備すると弱くなる、って感じ?」

「言い得て妙ですね。ただ、私も愛用のバックラーは信用していますよ」


 そう言って、腰にある二つのバックラーの存在を意識する。アダマンタイトという、非常に希少な金属で作られたこの二つのバックラーは、とあるダンジョンの主が用いていた代物だ。

 アダマンタイトはその希少性と硬度に比例するように、非常に重い金属である。このバックラーも、これだけ小さいにも関わらず、並みの盾よりもはるかに重い。だがその分、どんな頑強なモンスターの鱗も皮膚も、爪も牙も、この盾で叩き壊せなかった事などない。

 どれだけ敵を殴っても壊れない盾として、この二つの武具は信用している。ただ、やはり防御面積が小さく、普段は攻撃と防御においてバランスのいい、剣と盾を装備している。


「へぇ、たしかにあのバックラーは、一級品っぽかったわねぇ」

「ええ。私が持っている武具は、あれだけといっても過言ではありません」


 アダマンタイトのバックラー以外の武具は、基本的に消耗品として使い潰しているので、愛用の武具といえばこの二つしかない。元は、三十六本腕のダンジョンの主が使っていた武具の一つだったのは、もう思い出さないようにしている。昆虫型のダンジョンの主で、腕の多さが厄介なうえに気持ちが悪かった。


「フロックスちゃん! そっちが片付いてるなら、戻ってきなさい。ダンジョンでいい男にうつつを抜かすだなんて、自殺行為もいいところよ!」

「あら、私とした事が。少し話し込み過ぎてしまったわ。それじゃあセイブンさん、お話の続きは地上に戻ってからという事で」


 最後にウィンクを飛ばして、フロックスは【アントス】の元へと戻っていった。それはそれとして、これ以上私の武具に関する話など、特に広げようもないのだが……。

 もしかして、総アダマンタイトと知って、強奪を目論んでいるのだろうか……? そのような輩には見えなかったのだが……。


「くそっ! さっきから竜ばかりじゃねえか!! トカゲだせ、トカゲェ!!」


 エルナトの泣き言は、幾体もの竜の咆哮と同時であろうと、どういうわけかはっきりと聞こえてきた。どうやらまた、幾体かはこちらで受け持つ必要がありそうだ。



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