第75話 炎の翼

 なんの事はない。前回は【夢海鼠ユメナマコ】と【蘭鋳ランチュウ】そして名前を付ける前に失ってしまった、結界術を付与された短剣で、僕自身を囮にして敵に多大な隙を生み出すアレだ。前回はフェイヴとフォーンさんを逃がす為に使ったが、当然攻撃にだって応用できる。

 ただやはり、フェイヴにとってはトラウマの光景なのだろう。決断を下すときには、長靴いっぱいの苦虫でも噛み潰したかのような顔をしていた。


「まったく、あなたは……。己の身を案じてくださいと、あれ程言ったでしょうに、またこんな危険な作戦を提案して……」


 そして、ここにもこの作戦に難色を示した者がいる。誰あろう、我が姉グラである。


「僕の身を守るのはグラなんだよ? だったら、僕にとってはいまこの場所こそ、世界一安全な空間だと思うんだけれどね?」

「ふむ。なるほど?」


 我ながら、なんと薄っぺらい理論武装だろう。ただし、そんな薄紙一枚の武装であろうと、グラには否定できないだろう。実に卑怯な言い回しだ。そして、ここはさらにもう一手。


「勿論守ってくれるんだよね? お姉ちゃん?」

「ッ!? 」


 珍しく、グラの表情に色が浮かぶ。といっても、目を丸くしてこちらを見返してきただけだ。人間だった頃の姉たちであれば、こんな事を言っても「キモっ」の一言で終わりだっただろうが、この姉はこういう攻撃に滅法弱い。


「任せなさい!! あなたは私の側にいるのが、世界で一番安全であるという事を、特等席でご覧に入れてみせましょう!!」


 溌溂とそう宣言して、グラは敵の群れへと飛び込んでいった。あとを追うようにして、僕も駆ける。近くで見せるんじゃなかったのか、というツッコミはしないでおいた。

 まるでゲームのように、有象無象のモンスターが吹き飛ぶ。その脅威的な現象の発生源であるグラの元にたどり着くのは、それ程時間も要らなかったしね。

 僕も杖と短剣を抜いて、周囲のモンスターを排除していく。囮役としては、もう少し奥で敵を惹き付けたい。他の連中が、敵の背後を突きやすくなるからだ。


「そういえば、作り直した【夢海鼠】と【蘭鋳】は、持ってきていませんでしたね」


 眼前のモンスターを【豹紋蛸ヒョウモンダコ】で薙ぎ払いながら、まるで天気の話でもするように話しかけてくる。あまりに呑気な態度に勘違いしそうにもなるが、僕の方は当然そこまで余裕はない。

 アッシュバットとコヒーレンスバット、羽トカゲとグライドリザードという、空中にいるモンスターを、水の尾を使って飛び回りながら斬り捨てていく。グライドリザードとコヒーレンスバットがちょっと強くて厄介だが、グラが相手にしている連中に比べたらたいした敵ではない。


「そう、だね。流石に、あのレベルの装具じゃ、ちょっと、物足りなく、なって、さっ!」

「たしかに。いまのショーンであれば、わざわざ自分で使える幻術を、装具に頼る意味はあまりありません。精々が、他の幻術と併用する際の隙が小さくなる程度ですが、それも私と一緒であれば問題ありません」

「そうだね」


 空中戦を繰り広げながら、途切れ途切れの言葉で会話をするのは、なかなか大変だ。グラの方は、僕なんかよりも多くのモンスターを相手にしているというのに、流暢に喋っている。

 実力差というものが、如実にわかる光景だろう。

 十分に敵中に侵入したと判断したのか、グラが掲げるようにして突撃槍、豹紋蛸を構える。


「蠕動せよ――【豹紋蛸】」


 大きな突撃槍の表面から、四本の炎の触手が生え、周囲のモンスターに絡み付いた。グラの隣に降り立った僕も、水の触手を操って周囲のモンスターを排除する。グラが結界術を使うまでの、時間と空間を確保しなければならない。

 この小剣は、ここから帰ったら一度オーバーホールしないといけない。だからここは、少し無理をさせよう。


「蠢け――【大王烏賊ダイオウイカ】」


 連続使用に耐えかねたのか、【大王烏賊】が明滅し始めた。以前、【夢海鼠】が壊れたときにも、こんな感じで光っていたのを思い出す。どうやら本当に、【大王烏賊】は限界らしい。

 できれば壊れないで欲しいものだ。いっそ、分解してから作り直すよりも、一から作ってもらって、これは保存しておこうか。それくらい、ちょっとこの【大王烏賊】には愛着がある。

 そんな事を考えながら周囲のモンスターを薙ぎ払っていたら、グラが結界術を発動させる。これは、以前の小剣で作った結界なんぞよりも、余程頑強な代物のはずだ。なにせ、術者がグラなのだ。

 すぐにモンスターが結界に群がってきたが、当然びくともしない。とはいえ、いくらグラが作った結界とはいえ、いつまでもモンスターの群れの攻撃に耐えられるものでもないだろう。時間は有限で、いまこの瞬間は金よりも貴重な宝である。


「行きますよ?」

「オーケー」


 以前のように、僕らは手を合わせる。グラはランスを把持していない方の右手、僕は一旦、【大王烏賊】を腰に戻しての左手だ。もう片方の手には、きちんと杖を携えている。

 水の小剣と炎の大槍が作りだした、水の尾と炎の翼が渦巻く結界内に、僕とグラの声が同時に響く。


「【誘引ピラズィモス】」

「【睡魔ドルミーレ】」


 効果は劇的だった。幾体ものモンスターがバタバタと眠りにつき、そんなモンスターを無視し、踏み潰し、多くのモンスターが僕ら二人に群がってくる。結界に阻まれている彼らに、さらに二人で【睡魔】をかけ続け、時折【誘引】を発動させる。

 文字通り、黒山のモンスターだかりと化してしまい、そちらを窺う事はできないが、きっとフェイヴたちも攻撃を開始してくれているだろう。


 あとは、本当にビッグヘッドのような強力なモンスターが、品切れである事を願うのみだ。あれがいたら、たぶんまた結界が壊されてしまうだろうからね……。



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