第39話 念話交換手、ウカ

 ●○●


『――報告は以上だよ、弟先生』

「了解」


 左小指の指輪ピンキーリングから聞こえてくるウカの声に、僕はハリュー家のウワタン屋敷【展望台ベルヴェデーレ】の書斎で一人応答する。

 ここからパティパティアを超えてサイタン近郊のダンジョンにいるグラまで通信を届かせるのは至難だが、アルタンにいるウカが相手であれば、難易度は高くはあるが不可能ではない。

 ちなみに、サイタンのダンジョンからアルタンまで通信を届かせるのはさらに難易度が高く、いかにグラであってもマジックアイテムを使っての相互通信は厳しい。だが、あちらは僕らのダンジョンに挑んでいる最中なわけで、ダンジョン内におけるダンジョンコアは万能といっていい。

 当然、アルタンまで通信を届かせる事も、どころか依代とコア本体を行き来するのもお茶の子さいさいであり、ウカの元にはあちらからの情報も届いている。


『先生が立てた対策によって、町に入り込んだ異物どもはほぼ討ち取られたってワケだ。そのほとんどが、アルタン商人連合の手の者によって、ね。アタシが取れた首なんて、たったの四つだけだよ……。先生方の弟子としては、情けない戦果さ。どうやら多少の生き残りは出たようだが、そこはまぁ仕方ないさね』


 苦笑するようなウカの声に、僕も口元を苦笑いに染めて肯定する。

 アルタンが宿場町である以上、いかにそこの主だった商人たちが手を組んだとて、町の門を完全に閉鎖できるわけではない。故に、多少の討ち漏らしが生じるのは、不可抗力というやつだろう。少々忌々しくはあるが、その点は諦めざるを得ない。

 今回の事で得られた最大の成果は、僕らが直接手を下さずとも、地上の人間たちによってダンジョンを防衛させたという点にある。まぁ、正確には、今回アルタン商人連合が守ったのは、地上の屋敷と使用人なわけだが、そこは些事だ。


人間かれらに【ハリュー家】を守るという意識や理由を作った以上、次があっても同様に動いてくれる。死に物狂いでね。いまはその事実だけで十分すぎる成果さ」


 なにせ、生活がかかっているのだ。大事な大事な勤め先や取引先を脅かす敵には、一丸となって対処してくれるだろう。


『レヴンは、地上に人間で壁を作ったダンジョンのようだと評していたよ。地下の工房といい、下手なダンジョンの主よりもよっぽどダンジョン作りが上手いってね』

「ふむ……」


 この通信は、対策など一切取っていない為、盗み聞きする事は不可能ではない。というか、一定範囲内を直接つなぐトランシーバーのようなものなので、傍受そのものは然程難しくはない。対策に割くリソースが、技術的にも魔力的にもないともいう。

 上手い事受信装置を作られたり、そうでなくても間にいる魔術師が、通信の波長に同調して傍受できる術式を作れば、盗聴は電話なんかよりもよっぽど簡単だ。

 だからこそ、ウカは迂闊な発言を控え、人間らしい発言を心掛けているのだ。まぁ、流石にこの通信を傍受できる術式を、即興で開発できるような天才が、そうそういるとも思えないが、用心は必要である。ダンジョンコアなら可能だろうし、グレイの事もあるしね。


「……しかし……」


 ウカの報告について僕は、改めて考える。アルタン商人連合だけで、暗殺者連中を撃退できたのは非常に喜ばしい。こちらの狙い通りとはいえ、ウカの出番すらほとんどなかったというのなら、これ以上なく上首尾といっていい。

 だが、敵の狙いがそれだけなわけがない。

 ならず者を送り込んで、屋敷と使用人を害するだけが、敵の目的? そんなわけがない。それでは【新王国派】のメリットが皆無だ。つまり、これらの襲撃はあくまで布石と考えるべきだろう。

 真なる狙いがなんなのか……。情報がない現状では、判断できない。だがそれは、【ハリュー家】がちょっと動いて解決できるようなものではないはずだ。恐らく、ゲラッシ伯爵家や、下手をすると王冠領が右往左往するような事態になるはず。

 情報収集か……。カベラ商業ギルドがあまり信用できない現状、信頼できるソースが欲しいな。できれば、ゲラッシ伯爵内だけでも使える情報網があればいいのだが。いやまぁ、伯爵家にはあるのだろうが……。


「ともあれ、アルタンの現状に関してはわかった。まだなにかあるかも知れないから、油断だけはしないよう、ザカリーやジーガに伝えておいて。僕は明日にでもウェルタンに戻るから、たぶんまた連絡が付かなくなる。グラにも、心配しないでって言っといてよ」

『了解したよ。……まだなにかあると?』

「まぁ、間違いなく」


 ワントーン落ちたウカの声音に、努めて軽く、されど断定的な口調で返す。今回の襲撃が小手調べ程度の、あるいはただの嫌がらせや陽動である可能性は高い。ならばこそ、いま一番してはいけないのは油断である。

 こんなちっぽけな勝利に浮かれて、大局を見誤る事など許されない。敵は確実に、こちらの急所を狙っているはずなのだ。


「敵……。そうか、敵か」

『弟先生?』


 ウカの問いかけに、僕は答えずに考える。そうだな。その視点はなかった。

 僕らにとっての敵は、件の【新王国派】やバカ王子だろう。だが、その敵らの視点において、さらにその敵とは誰か……?


 そう。それは、僕ら【ハリュー姉弟】ではない。



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