第38話 死神の弟子

「もう、よっぽどの事がなけりゃ、ハリュー姉弟の工房に侵入しようなんて輩は、いねぇんじゃねえか? その分、糧も減るだろうが……」


 レイブンの呆れたような声音に、アタシは肩をすくめて返す。


「それに関しては、文字通り別口でアテがある――というか、グラ様が絶賛その対応中さ。割と順調だって話だよ」


 いま、姉先生――グラ様はサイタンにおいて、先生方のダンジョンをお披露目する下準備を整えている。あそこが正式に人間どもに認知されれば、もうこちらから侵入者を入れる必要性は、ほとんどなくなる。逆に、潜伏においては不利になるとの事で、迎撃用の機構は保持しつつも、積極的に侵入者をハリュー邸に誘き寄せたりはしなくなるそうだ。

 まぁ、それでも最近は、コンスタントに侵入者が現れてDPになっているようだが……。


「サイタンの新ダンジョンかぁ……。ちょっくら調べてから帰ろうかと思ってたんだが、そういう話なら少し時間をおいた方が良さそうだな。グラ様の邪魔になっては事だ」

「それがいいさね。どうやら冒険者に花を持たせる形で、裏方に徹する方針らしい。アンタが加わったら、余計な要素になりかねないよ」

「了、解っと!」


 唐突になにかを振りかぶったと思ったら、遠方の暗がりから悲鳴が聞こえる。どうやら、何者かが潜んでいたらしい。レイブンが投擲したのは、普通のナイフだろうが、よくもまぁこの暗さでそこまで正確なナイフ投げなんかできるもんだ。肉体性能が貧弱に作られているアタシなんかには、とても不可能な芸当だ。


「そっちにもいるぞ」


 レイブンが指摘してくれた事で、反対側の道にも覗き屋がいる事がわかった。アタシは「了解」とだけ返すと、即座に身を翻して闇の海に身を投げる。

 するりするりと、足音もなく地を滑るように移動すると、すぐにそいつの前にたどり着いた。勿論、装具の能力だ。

便利な手アドホック】を応用した【浮宙意歩行スカイウォーカー】という術式を用いた靴の装具である。だが先生方は、口を揃えて「自分の足で走った方が速いし安全」と言って、失敗作として破棄しようとした代物だ。

 まぁ、実際お二人程身体能力が高ければそうなのかも知れないが、アタシにしてみれば体力でなく魔力で移動できるというのは、大きなメリットである。その分消耗も激しいが……。


「ヒ……ッ!?」


 音もなく眼前に迫ったアタシに、まるで化け物でも見たような悲鳴を発する男。正解。アタシは、アンタら人間どもからしたら、間違いなく化け物だよ。

 これが、今回の侵入者一派なのか、はたまた味方陣営から派遣された偵察、または連絡要員なのかは知らない。だが、既に警告は発したあとだ。巻き添えが出たところで構うものか。所詮相手は、ただの人間エサだ。

 右手中指の【鉄幻爪】が黄銅色にギラリと煌めき、その者の顔を月明かりの反射光が疾る。恐怖に染まった目が、象嵌の|菫青石《アイオライトの色に一瞬だけ彩られたのを、少しだけ綺麗だと思った。


「【せ】――箱水母ハコクラゲ


 アタシがキーワードを唱えた途端、中指から短剣サイズの水の刃が現れ、瞬時に伸びる。回避を試みたその者は目測を見誤り、肩に触手の刃が触れた。僅かな鮮血が夜の中に飛散し、慌てて逃げ出そうとしたそいつは、しかし五歩も進まない内に苦悶の呻きと共にバッタリと倒れる。

 まだ生きているが、時間の問題だろう。【痛みポエナ】を元にした、先生のオリジナル幻術【ファルマーキ】を施した代物だ。生きている間は激痛に苛まれ続けるだろう。敵性生物相手とはいえ、少々同情する。


「そっちも片付いたみてぇだな。これ、どうする?」


 ズルズルと、既に事切れた死体の足を引き摺って現れたレイブン。ダンジョンとしては、地上生命の命はダンジョン内で〆ないとあまりDPにできないのだが……。まぁ、死体からでも少しは吸収できるので、こちらで回収させてもらおう。

 完全に生命力を吸収し切ったあとの肉も、オニイソメちゃんやスターゲイザー君の餌になるし。……人間の肉は、美味しいのだろうか……?

 そんな益体もない事を考えつつ、アタシはレイブンに応じる。


「もらっとくよ。それと、ありがとう。助かったよ。アタシはあまり、戦闘向きに作られてなくてね」

「まぁ、それは俺も同じようなもんだ。で活動する以上、必要な枷さ」

「それはわかっているんだけれどねぇ……」


 だとしても、いくらなんでもアタシは枷が多すぎると思う。少なくとも、レイブンには自衛できる程度には、運動能力が付与されているのだから……。


「おっと。アタシは、こっちの獲物が死んじゃう前に、に戻るよ。せっかくの実験体だ。せめて生きている間に使いたいからね」


 出来る事なら、ダンジョン内でその命を散らしてDPにしたい。その思惑がわかったのだろう、レイブンもアタシの言葉に頷いた。


「おうよ。俺はもう少し、この町の様子を観察したら、報告がてらニスティスに戻ろうと思ってる。グラ様とショーン・ハリューによろしく」

「あいよ」


 そう言ってから、手を振りつつ振り返るレイブン。そういえばと、アタシは以前から気になっていた事を思い出して、その背に問いかけた。


「ところでレイブン、アンタ、主に逆らおうとか、思った事ある?」


 もし聞き耳を立てている輩がいた場合を考えて、諸々を端折った問いかけだったが、顔だけで振り向いたレイブンは、きょとんとした表情を浮かべてから、クツクツと笑い声を漏らす。まるで、自分も通った道だとでも言わんばかりに、優越感を滲ませる声音で、そいつは答えた。


「まぁ、まったくないって言ったら、嘘になる。でもな。他所様ひとさまと我らが主様方、付き合ったうえで天秤にかけたら、どっちにつくかなんざ、迷うまでもねぇよ」

「ふぅむ……。やっぱり、そういうもんかい。それでも、まったく考えなかったわけじゃないんだね?」

「そらそうさ。生を謳歌し、地上をあちこち歩き回る気楽さに比べれば、宮仕えの身分を窮屈に思う事もあらぁ。だが結局、それは主の庇護の元での自由であって、お役目はその庇護の傘の元にいる為の義務だ。傘下の外に出たら、俺たちは主人と同じく、とこの身一つで渡りあわなきゃなんねぇ」

「まぁ、そりゃそうだねぇ……」


 地上生命どもと先生方、共存するうえで天秤に架ければどちらが優位にあるのかなど、比べるべくもない。

 アタシは、先生方にそうあれかしと造られて、そうあるのだ。対して、人間どもにとっては、完全に異物。必要な人員と、不必要な化け物。どちらの元が生きやすいかなど、論ずるまでもない。

 ましてや、そんな連中とたった一人で対峙し、生存し、種を残すなどというのは、もはやただただ無謀である。誰もがダンジョンコア様のように、孤高に生きられるわけではない。誰もが、弟先生――ショーン・ハリューのように、人間社会に違和感なく溶け込めるわけでもない。

 まぁ、利害や優劣で立ち位置を定めるというのも、かなり不敬なものの考え方なのかも知れない。ダンジョンコア様方も、だからこそ被造物の事をイマイチ信用できないのだろう。

 仕方がない。我々は結局、彼ら程高潔にも、孤高にも生きられないのだ。……まぁ、ウチはどう考えても、他所のダンジョンコア様とは違って、孤高ではないが……。


「そんじゃな、ウカ。ああそれと、俺の名前はレヴンだ。次会うときまで、覚えとけよ」


 そう言って今度こそ、レイブン――レヴンは夜陰に溶けていく。アタシは苦笑しつつ、誰もいなくなった闇に話しかける。


「悪かったよ……。そうだね、また会おう」


 同じ、ダンジョンの眷属にして、地上生命との接触もお役目に含まれている者同士、コイツにはそれなりにシンパシーを覚えている。しかし、それは本来、弟先生も同じ立場のはずなのだが……。

 正直アタシは、彼の御仁がどのような存在であるのか、正確なところは知らない。本来の主たる姉先生が弟として扱っているから、そこに首を突っ込んだりもしない。あからさまな虎の尾を、敢えて自ら踏みにいく程愚かではないつもりだ。

 だが、だからこそ彼にはあまり、同族という意識はない。ウチのダンジョンには主が二人いて、アタシはその両方に仕えている。そう思うようにしている。実際、感覚的にも弟先生を、同じ立場の上位とするよりかは、造物主側として捉えているところはある。

 他所から見ればそれが異常であろうと、順調にいっている内は、それで構わないだろう。他のダンジョンコア様が、他所のダンジョンの在り方に口を挟むような事も、まずないだろうが。


 そんな事を考えている間に、獲物の一匹が息絶えてしまった。ああ、勿体ない……。生き餌と死体では、その価値は手塩にかけて作られたご馳走と生ゴミくらい違うってのに!!



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