第111話 針生紹運の殺し方

 その日の夜、僕は地下のベッドで横になりながら、今後について考えていた。以前作った、ダークブルーのダルマティカのような衣装で横になる僕の隣では、同じデザインで色違いの衣装を身にまとうグラがいた。


「ようやく一段落ですね……」


 疲れたようにそう言ったグラに、僕も頷く事で答える。これで、バスガルという直近の脅威は退けられた。だが、それで問題がすべて解決したわけでもない。

 状況が悪くなった事柄もある。特に、ダゴベルダ氏が公表するであろう【崩落仮説】……もう仮説ではないそれは、人間たちにとっては大きな脅威だ。そうなれば当然、都市内にあるダンジョンに対する警戒は強まるはずである。

 必然的に、例のダンジョンを探知するマジックアイテムを使う頻度もあがってしまうだろう。


「……なるほど。それはたしかに……」


 僕が懸念を表明すると、グラもおとがいに指を這わせつつ頷いてみせた。

 僕が昇級を受け入れたのも、そのマジックアイテムの存在があったからという理由が大きい。上級冒険者であれば、そのマジックアイテムを使用する際にも関われる可能性は高いし、詳細についても知る機会は得られるだろう。


「あとは、セイブンさんたちが出会ったっていう、グレイなるダンジョンコアについて……」

「グレイという名が冠されたダンジョンは、調べた限りありませんでした。近しい名称や略称として使えそうなものは、いくつかあったようです」


 冒険者ギルドに出入りしている僕らには、各地のダンジョンについて触れる機会がある。そこには、『グレイのダンジョン』なるものは、記載がなかった。

 ダンジョンコアの基礎知識には、過去のダンジョンの情報はちらほらあるようだが、現在のダンジョンについて詳らかにされているわけではない。そちらから調べるわけにもいかなかったようで、グレイに関しては不明のままだ。

 まぁ、ダンジョンコアではない僕は、その情報にアクセスできないので、どういうものが載っているのか、詳しいところは知らないが。


「順当に考えれば、そのダンジョンの内のいずれかが、略称やあだ名で自己紹介したんだろうけど……、不自然だよね……?」


 同じダンジョンコアとしての意見を聞きたくて疑問形にしてみたが、間違いなく彼女もこの名前に違和感を覚えているだろう。


「はい。本来、名前に頓着しないはずのダンジョンコアが、長さや呼びやすさなどというものに拘泥するはずがありません。略称を用るという事そのものが不自然です」

「そうだね。本来ダンジョンコアというのは、孤独に生まれ、孤高に生き、孤立して滅ぶもの。名前というものを必要としない」

「はい。私も、ショーンがいなければ、名前という記号を自らに付与する事に、それ程意義を見いだせなかったでしょう」


 孤高であるが故に、ダンジョンコアというものは名などというものに拘泥しないのだ。そんなダンジョンコアが略称、もしくは偽名を名乗る? 不自然だ。

 あるいは、この辺りのギルドには情報が出回らない程遠方のダンジョンという事も考えられるが、だとしたらなぜバスガルのダンジョンにいたのか……。


「なにより――……」

「人間的すぎる……」

「はい……」


 悪意をもって人間に敵対するダンジョンコア、というものが、僕らのダンジョンコアという存在に対する認識と、かなりズレる。

 ダンジョンコアは人間というものを、群体として捉えがちだ。例えば、人間が大量の害虫や害獣に群がられたとしても、それを嫌悪し、恐怖し、忌避する事はあっても、憎むという事はまずあるまい。大事ななにかがそれに害され、二度と戻らなければ、それもあり得ない話でもないだろうが、それもまた人間的に過ぎる。

 本来のダンジョンコアにとっての大事なもの、というものに想像が付かないのだ。グラであれば……――。


「まぁでも、わからない事をこれ以上考えても仕方がない」


 僕が考えるのをやめてそう言うと、グラもまた肯定するように頷いた。ベッドに横になっている彼女が、いきなり僕の手を握ってきた。その目を見れば、どうやら彼女も僕と同じような事を考えていたらしい。

 彼女らしからぬ、心配そうな瞳に、それでいてこちらになにも言ってこないいじらしさに、胸が締め付けられる思いになる。

 これから、そんな彼女をさらに苦しめる言葉を、僕は言わねばならない。


「……【死を想えメメントモリ】は、確実に僕を殺せる幻術だ。僕を殺したくなったら、あれを使うといい」

「ショーン?」


 咎めるようなグラの口調に、僕は目を逸らす。だが、これは重要な事だ。


「もし万が一、僕が疎ましくなったり、グラの障害になるようなら、この【死を想えメメントモリ】を使うといい。そのうえで、モンスターを生み出して自分の代わりに戦わせれば、ダンジョンコアに依代は絶対に敵わない」

「なにをバカな事を言っているのです? 冗談だとしても、怒りますよ?」

「……冗談じゃないさ」


 僕は自嘲するように、唇だけで笑った。

 あの幻術は、最初は相手を道連れにする事で、自然に自分も死ねるようにと思って開発したものだった。当然、いまはそんなつもりはないけれど、肉体的に殺しても、本体に戻ってしまう僕を確実に殺せる方法は、あった方が彼女の為にはいいと思う。


「僕の根幹には、人間の心があるんだよ……。人間を殺すより、バスガルを殺す方が、僕は気が楽だった。崩落で死んだ多くの人たちの生命力をDPに変換する際にも、そこで多くのロスが生じたときにも、僕は罪悪感を覚えてしまった。バスガルが絶命して、倒れたときには、達成感と誇らしさしか感じなかったくせに」


 戦闘の興奮と勝利の歓喜が抜けて、改めて自分を客観視したときに残ったのは、自分の、なんとも化け物らしからぬ心の推移だ。どこが化け物だと、目が覚めてから自分で自分が嫌になった。


「グラの同胞を殺すよりも、敵対生物である人間の死を悼むだなんて、僕は君の弟失格だよ」

「それは違います。ダンジョンは、本来孤高な存在といったでしょう? ダンジョンは、互いに競い、争うものです。滅多に邂逅しない為にあまり起きてはいませんが、殺し合うという事もあるでしょう。事実、私とてバスガルの死には、なにも思うところはありません。どころか、ショーンがそれを成した事を、誇らしくすら思っています」

「人間だってそうさ。彼らもまた、同族で殺し合い、憎しみ合う。そのうえで僕は、バスガルよりも人間に親近感を抱いてしまった。その他の人間たちにだってそうだ。冒険者たちがダンジョンを探索する事、その最奥にいるダンジョンの主を打倒しようとするその行動に、僕は忌避感を抱けない」

「それは……」

「いずれは、グラがそうされるかも知れないと、頭ではわかっている。だがそれでも、人間にとってそれは、当然の防衛行動だと思うから」


 あるいはそれは、ダンジョンの捕食行為にとっても必要な行動だから、忌避感を抱けないのかも知れない。……などと、ついつい言い訳のような逃げ道を考えてしまう、自分の弱い心も嫌いだ。


「こんな心根でいる限り、いつか僕は、グラにとって致命的な判断ミスをやらかしかねない。だからそのときは……」

「そんな事――ッ」


 悲鳴のような声を発し、上半身を起こすグラ。その顔を真正面から見詰め、僕は微笑みながら言う。


「うん。僕も、そんな事はしないと思っているし、したくないとも強く思っている。でも、安全策は必要だ。もし万が一、僕が君の足枷になるようなら、そうやって殺して欲しい」

「足枷などと……、ショーンがそうなるというなら、足枷を付けたまま生きてみせます! 足枷の付いたまま、神へと至ります!!」

「そんな楽な道のりじゃないでしょ? なにより、それで君の夢が頓挫するだなんて、僕自身が許せない。僕のせいで君が害されるなんて事があったら、僕はダンジョンコアという種そのものを憎んでしまいそうだ。例えそれが、正当なる競い合いの結果だったとしても、だ。だから、そういうときは一思いにやって欲しい」

「ショーン……っ!」

「君の足枷として、生きていきたくはないんだ……」

「…………」


 きっとグラはいま、孤高に生きるはずのダンジョンコアらしからぬ感情に、胸を掻き乱されているのだろう。常の彼女からは想像もつかない程に、顔をくしゃくしゃにしてこちらを見てくる。

 睨んでいるのか、あるいは泣きそうなのか……。まるで迷子の子供のようで、愛おしい我が姉の頬を撫でる。

 これもまた、僕が生まれてしまった弊害だろう。とはいえ、それは悪いばかりではない、と思う……。バスガルのように、孤高であるが故に強い者は、折れやすい。そうである以上、グラには僕がいる事で強靭になってもらいたい。硬くも、しなやかな強さを持ってもらいたい。

 やがて落ち着いたのか、僕の胸にその頭を預けてきた彼女が、ぼそぼそと呟くように話しかけてくる。


「わかりました……。ですが、私はそのような未来など、永劫訪れないと思っています。それを回避する為に、全霊を尽くすつもりです」

「そうだね。僕もそのつもりだ」


 グラに僕を殺させる。その行為が、彼女をどれだけ傷付けるかは、僕だって痛い程わかっている。逆の立場だったら、絶対にできないと断言できる程に。

 そんな真似を、相手にさせたくはないという思いは同じなのだ。


「ごめんね……」


 自分にできない事を、相手に要求している罪悪感から、自然と謝罪の言葉が漏れた。


「いえ……」


 対するグラは、ここで言及する必要性はわかっているとでも言うように、言葉少なに肯じたが、それでも不満を吐露するかのように、ポコッと僕の胸を叩いてきた。その様が実にいじらしい。

 だから僕は、そんな未来を回避する為に、これからなにをするかを口にした。


「――僕のダンジョンを作ろうと思う」




 ——三章 終了——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る