第131話 彼女がスパイになったワケ……
「それで? 君が【扇動者】に詳しいんすか?」
俺っちは少女に話の矛先を戻すが、彼女は変わらず慇懃な態度で、顔を伏せつつ応対する。本当に使用人のようだが、もしかしたら先の二人よろしく、使用人を冒険者にするつもりなのかも知れない。
「はい。少々事情がありまして、
なるほど。まぁ、その事情とやらには深入りするつもりはない。ショーンさんの命で敵地に潜入させられたのだとすれば、碌な事情ではないだろうから。
聞けば、どうやら急場しのぎにしてはこのランちゃんは、なかなか上手く【扇動者】側に潜り込んだらしい。おかげで、ウル・ロッドの方でも上手い事暴徒を指揮していた、【扇動者】側の主要な人物を捕えられたようだし、そこにショーンさんも一役買ったらしい。
「ただ実は、この捕虜も問題なんですよねぇ……」
「問題っすか?」
「ええ。当時はまだ、同格の人物は何人もいましたし、ウル・ロッドに引き渡しても問題ないだろうとは思っていたんですが……」
ショーンさんの、まるで支払いに使った銀貨が、翌日には二倍の価値になった事を知ったかのような顔で、なにが言いたいのかを察する。
「ああ、なるほど。【扇動者】が全滅し、暴徒たちの幹部連中も行方知れず。そうなると必然、その捕虜が現在確実に押さえられ、かつ喋る口を持っている敵勢の最高位人物になってしまったって事情っすか」
「ええ。ウル・ロッドも扱いに困っていました。既に拷問で、取り返しの付かない状態になっており、その捕虜を領主側に引き渡していいのかどうか、と……」
「……恐ろしい話っすね……」
それはもう、喋る口としてもあまり役に立たない状態という事だ。恐怖や苦痛からの逃避で放たれた言葉になど、どれだけの信憑性があるものか……。
たしかに、そんな状態の人物を引き渡しても、領主側も困るだろう。いま、アルタンのスラムにおいては、ウル・ロッドファミリーによるスラム狩りが行われている。従来のスラムの民には甘く、ハリュー邸襲撃に関わった新参には厳しい締め出しのようで、既に多くの輩がスラムから逃走を図ろうとしているようだ。
ただし、町の外には続々と、ゲラッシ伯爵の私兵が集まりつつあり、逃走も困難な状況にある。暴徒の残党連中にとっては、進むも地獄、退くも地獄である。
そこで、同格の人物が捕えられれば、両者とも安心するだろう。その捕虜とやらも、苦痛の生ではなく、解放の死を与えてもらえるはずだ。
「そっすか……。……ショーンさんはどう見ます?」
「どう、とは?」
「【扇動者】の裏に、誰かいたようには思えないっすか?」
「それはまぁ、多少は思いますが……。情報が足りない以上は、いなかったと見るべきでは?」
「まぁ、そうなんすよね。でも、やっぱり【扇動者】の全滅ってのが、どうにも後始末に思えてならないんすよ」
「ええ、まぁ、それに関しては僕もそう思えます。ただ、当時の状況の混乱っぷりを考えると……」
そう言って気まずげに笑うショーンさん。その話も聞いている。
「ショーンさんが、地獄から死神なんて呼び出すからでしょう?」
「ただの幻術ですよ? 相手を驚かせる以上に使い道のない、軸としては【
「それで一〇〇〇人近く死んでるんですけどね……」
「こっちとしても、まさかあの幻術が、群衆に対してあれ程効果的だとは思わなかったんですよ。ちょっと混乱させて、戦意を挫ければ、戦う者ではない住人たちは逃げ、残った傭兵だの下級冒険者だのが我が家の工房に押し掛けて、全滅ないしは潰走するかと想定していたんです……」
なるほど。まさかそれだけで全滅するとまでは思っていなかった、と。たしかに、使われたのが本当にただの幻術で、先の説明通りの、幻影を見せるだけというのなら、ショーンさんの言にもある程度の信憑性がおけるだろう。ただし、俺っちはバスガルのダンジョンでの光景を知っているからなぁ……。正直、あれがただの幻影だとは思えないし、使われたのも普通の幻影ではなかったはずだ……。
とはいえ、ここでそれを言及し、ショーンさんたちの手札を暴くつもりはない。冒険者なら、他者に開示したくない手札など、いくらでもあるだろう。そう思いつつ、俺っちは話題を逸らす。
「ランちゃん、件の【扇動者】たちの動きで気付いた事はないかい?」
「気付いた事ですか? 特に気にかかった事は……」
情報収集を続けるべく、少女に問いかけたが、残念な事に彼女はあまり思い至らないようだ。まぁ、それも仕方がないだろう。気になる事があれば、既に姉弟に伝えていないわけがない。
すると唐突に、口籠るランさんに対し、グラさんの鋭い声が飛ぶ。
「きちんと思い出しなさい。もしも【扇動者】とやらの裏に何者かがいるなら、その者の狙いはアルタンやゲラッシ伯爵領ではなく、私たち【ハリュー姉弟】という場合もあり得るのです」
「はいっ! お姉さま!」
「私を姉と呼んでいいのはショーンだけです。なにを勝手に、姉などと呼んでいるのです?」
「申し訳ございません、私の女王陛下!」
え……。ナニコレ……?
グラさんの𠮟責に、即座に平伏して床に頭を付けるランちゃんに、俺っちはドン引きする。チラりとショーンさんの方を見れば、バツの悪そうな表情で目を逸らされた。いやいや、あんたのお姉さんでしょ、アレ?
俺っちは目を逸らすショーンさんに、物音をたてないように歩み寄ると、ヒソヒソと耳打ちする。
「ちょっと、どういう事っすか、アレ?」
「いや、知りませんよ……。ある日突然、件の【扇動者】たちの情報を手土産にやってきてグラに仕えたい、みたいな? そんなノリです」
「ノリって……」
「一応、仲間の助命嘆願が主目的だったんですが……」
「それはどういう?」
聞けばランちゃんは、どうやらとある依頼でショーンさんたちと敵対し、こっぴどくやり返されたあげく、逆恨みして件の暴動に参加した五級冒険者パーティの一員らしい。ただ、当人はハリュー姉弟の、特にグラさんとは敵対したくなかったらしく、また仲間が死ぬのを看過するのも後味が悪いと、スパイの役を買って出たという話のようだ。
報酬は、仲間の命。実際、彼ら【
「すごい寛大な対応っすね。実際に家に攻めてきたヤツまで助けるなんて」
「実はコレ、別の人からも同じ依頼されたんで、報酬二重取りなんですよね。だからまぁ、それなりに努力はしましたよ。とはいえ、失敗して深刻なダメージを負っても知らないよって、二人に対して忠告はしていたんで、上手くいったのは半分以上は彼らの運です」
「なるほど……」
いつもの事だからと流していたが、初期対応が遅れた割には、ショーンさんたちの立ち回りが上手いと思っていた。どうやらそれは、敵中に上手い事スパイを放ち、情報を得ていたからのようだ。ウル・ロッドに引き渡した捕虜の価値が上がった事も加味すれば、なかなかの手柄といえる。
だが、どうしてこんな事にという、俺っちの疑問に対する答えには、まるでなっていない……。
「だから知りませんって。たしかに、一度こっ酷く返り打ちにした際に、こちらに対する敵意を、これでもかってくらい挫きましたが……」
「どう考えてもそれでしょ……」
俺っちが呆れてそう言い捨てるとほぼ同時に、グラさんが虫けらでも見るような視線で睥睨し、その視線を恍惚の表情で見上げていたランちゃんが、唐突に声を発する。
「あ、そういえば……」
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