第132話 陰で暗躍する者の目的は?
なにかを思い出したように、それまでのだらしない顔を引っ込めたランちゃん。彼女は這い蹲った姿勢のまま、こちらを見る。その表情は、まるで己の姿になんら恥じ入る要素などないとばかりに、堂々たるものだった。
「暴徒たちが拙速に動く原因となったのは、弟君とご領主様とのご関係が露見したからだったのですが、その情報をもたらしたのはこの町の冒険者だったんです」
「……それって、別に不思議な事じゃないっすよね?」
町の事情に詳しいのは、当然町に住む者だ。間諜たちが知らぬ事情を、町の冒険者が伝えたからとて、そこに不思議はない。あの騒動には、この町の冒険者も多く加わったのだから。
そんな俺っちの指摘に、ランちゃんはその通りだと頷く。……蹲ったままで。
「はい。ですが、後々その冒険者はどうやら、冒険者ギルドの手の者だったと判明しました。私たちもそれを知った当時は、混乱している状況で気付きませんでしたが、もし彼がギルド側の者だったとすれば、その動きはいささかおかしいかと……。いえ、【扇動者】たちに近付くのに、丁度いい手土産となる情報だったといわれれば、それまでですが……」
「ほぅ……」
面白そうにショーンさんが呟く。俺っちも似たような顔をしていたと思う。それはなかなかに興味深い情報だ。
「ランちゃんはそれを、おかしいとは思わなかったんすか?」
「当時は単純に、【扇動者】たちに自分を売り込む手段だと思っていましたし、その情報が元で、ここまで事態が急展開するとも思っていませんでした。また、弟君の幻によって、信じられないような事態に陥っていた為、それどころではなかったといいますか……。元々、情報屋として名を売っていた人ですし……」
情報屋……。なるほど、それならたしかに即座に不審に思わなくてもおかしくはない。情報屋が情報を売っているだけなのだから。だが、後々それがギルドの手の者だという事になれば、話は変わる。
ハリュー姉弟とゲラッシ伯との間に、それなりにつながりがあるという情報は、別段秘密にしていたわけではないだろうが、重要な情報である。ギルド側の人材であれば、みだりに【扇動者】たちに流すべきではない事はわかろうものだ。
「ランさん、その人はたしかにギルド関係の人だったんですか? 騙りでなく?」
「弟君、どうか私の事はランと呼び捨ててくださいまし。おね――我が主の弟君に敬称などお付けさせては、むしろ恐縮にございます。我が主の弟君にあられる弟君におかれては、私の主人も同然。お姉さま同様、敬わせていただきた――」
「あなたの姉ではありません」
「失礼しました! 我がご主人様同様、どうかどうか敬わせていただきたく、伏してお願い申し上げ奉りたく存じます!」
ランちゃんが話の筋とはかけ離れた事を言い始め、それに対してグラさんもどうでもいい事に注釈を入れたせいで、際限なく話の筋がズレていく。しかし、ショーンさんは二人のやり取りを止めようとはせず、話を促そうとした俺っちに対しても、やんわりと制止する。
どうやら、どのような形であれ、グラさんに交友関係と呼べるものができる事を喜んでいるようだ。たしかにグラさん、自家の使用人にすら心を開いていない節があるからなぁ……。
「……どう思います?」
だからというわけではないだろうが、ショーンさんが声を潜めつつ俺っちに問うてくる。俺っちはそれに、肩をすくめつつ返す。
「こんな情報に乏しい状況では、軽はずみには判断できねっす。ただ、たしかに不穏っすね。後始末の件もあるっすし、なかなかどうしてキナ臭ぇ……。もしかしたら、まだまだ騒動は終わっていないのかも知れないっすね……」
「別の国の間諜だった、という線は?」
「その場合【扇動者】たちと距離をおく意味が、あまりないんすよね……。【扇動者】たちには疑われ、事態を思い通りに動かせなくなるっす。どうせなら、ガッツリ【扇動者】に加わった方が、状況の成功率的に良かったはずなんすよ。なにより、その情報屋の動きによって、彼らは失敗したようなもんす。もしも彼らに左袒していたなら、やっている事があべこべっす」
「たしかに……」
逆に、第二王国や王冠領側の間諜だったという可能性はないでもない。だが、そうなると今度は、状況があそこまで手遅れになるまで、拱手している意味がなくなる。ハッキリ言って、その情報屋の動きに、国が関わっていると思う方が、この場合は不自然だ。
しかしだとすれば、どこのどんな勢力がこんな中途半端な介入をした? ハッキリ言って、やっている事が意味不明でどっちつかずだ。
「帝国、公国群、法国の為に動くなら、彼らの行動を挫いたその情報屋の動きは、完全に逆効果っす」
「そうですね。逆に、ナベニポリスの手の者だとすればどうです? 一連の動きは、帝国によるナベニポリス侵攻の一環だったようですし」
「それでも中途半端っす。実際に騒動は起きたっすし、ショーンさんたちが暴徒たちの相手に手間取れば、帝国が介入してもおかしくないところまで、状況は推移しました。ナベニの手が入っていたとしても手遅れ感が否めないっすし、事態が早急に終息しつつあるのも、ショーンさんたちの手柄であって、その情報屋の動きはあまり関係ないっす。その情報屋とやらの動きは、あくまでも事態を拙速に動かしただけであって、それでは敵味方双方に被害を与えているような形っす」
「……なるほど。他の国はどうです? キャノン地域の国々や、ルーナード公国、ショーア半島の国々からの干渉という線は?」
キャノン地域は、第二王国の南西にある地域の事で、人種と宗教と、ついでに金銭のカオスだ。それはショーア半島も同じであり、交易が盛んで、北大陸と南大陸、果ては遥か東の国々ともつながりのある、交易の一大拠点だ。だがそのせいで、ゴタゴタが絶えず、非常に厄介な地域でもある。
ルーナード公国は、アルタンからかなり離れた、第二王国の東に位置する国で、それなりに大きくはあるものの、大部分が森林地帯であり、それ程裕福ではない国だ。
たしかにそういった勢力が、相対する第二王国の後方で騒動を起こそうとしたという懸念はないではない。が、それでも流石にショーアは遠すぎだろう。あそこは南大陸だ。
「キャノン地域というのもなぁ……」
キャノン地域、もしくはキャノン半島と呼ばれる地域には、様々な国が割拠している。だが、そのどれもが小国であり、とてもではないが大国である第二王国に謀略を仕掛けられる程の余裕はない。それは、ルーナード公国も同じだ。
「いや、ルーナードの場合、より悪いっす。もしもこの一件、ルーナード公国のせいだった場合、第二王国はルーナードに対して、禁輸措置をとるでしょう。そうなれば、彼の国は早々に干上がるっす」
「まぁ、そうでしょうね……」
ルーナード公国は、険しいハイ・クラータ大山脈に三方を囲まれ、唯一西にのみ容易に通行可能な国境がある国だ。そして、その国境線は全域にわたって、第二王国と接している、かなり閉鎖された国なのだ。そんな国が、第二王国との交易を失えば、早々に困窮する事態に陥る。
第一に深刻なのが、塩だ。ルーナード公国には海がない。それは帝国も似たような事情だが、帝国の周辺国はすべて海を持った国で、塩の入手先には事欠かない。だが、ルーナードは違う。ハイ・クラータ大山脈の先にある、さらに東の国に頼るか、第二王国かしか選択肢がないのだ。
ハイ・クラータ大山脈の先の国を頼ろうにも、険しい大山脈を越えてやってくる物資には、当然その分の費用がかかる。おまけに、交易をしようにもルーナードは林業が盛んな国だ。そんな険しい道を、材木の輸送に使うなど正気の沙汰ではない。平坦な陸路で第二王国に売るのが、ルーナード公国にとっても最大の利益になる。
つまり、ルーナードはある意味で、第二王国の属国のような状況にあるのだ。関係を拗れさせるわけにはいかないはずで、こんな謀略を仕掛けたとて、その混乱を活用する術がない。あの国は、第二王国に戦を仕掛けるわけにはいかないのだから……。
「そうなると……、……エスラトニア大公国? あるいはスティヴァーレの他の国か、グレート・アイル連合王国か、パーリィ王国ですか?」
「エスラトニアはともかく、グレート・アイルやパーリィは遠いっすね。となると、あとはスティヴァーレ圏で残ってる、ベルトルッチの他の
「ナルフィ王国もありますし、マグラム・ラキア同盟もありますが?」
きょとんとした顔で首を傾げるショーンさんに、俺っちは首を左右に振る。
「ナルフィだったら、法国の間諜に同道しない理由がないっす。マグナム・ラキアに関しては、もはや第二王国に干渉する意味からして不明っすね。法国に対する謀略って線はないでもないっすけど、迂遠に過ぎるっす……」
俺っちの言葉に、ショーンさんは素直に頷いた。その顔にも、予めわかっていたとばかりに、理解の色がある。
「そうですね……。なにより、実際に法国の間諜が動いていますし、変な暗躍の仕方をする必要がありません。ゲラッシ伯に、そっと『法国の手の者が暗躍してますよ』って伝えるだけの方が、よっぽど単純で効果も高い。それなら、変な疑いをかけられる惧れもない」
「そっすね。エスラトニアに関しても、妖精半島を頭上に抱えて、南の第二王国と争うってのもあんまり考えられないっす……。他のスティヴァーレ圏もまた、法国との関係を考えると、意図がまったくわかんねーっす」
「そうですねぇ……」
こうなるともう、その情報屋とやらの動きに、他国の息がかかっているという方が無理筋な気がする。勿論、版図を切り取ろうとしている国の反対側で、他国と諍いを起こすという謀略はあるだろう。だがその場合は、もっと大規模な騒動でなければ意味がない。
領主と一つの家との騒乱程度で、国家の動きに支障を来すという事態は、まずないだろう。今回の一件は、あくまでもアルタンから近い国々にとってのみ、陰謀の種となるような話だったのだ。
「うーん……。だとすれば、関わっているのは国以外という事かな……?」
腕組みをしたショーンさんが、難しい顔で天井を仰ぎつつ、そう述べた。彼の表情はまるで、その何者かに見当が付いているかのようだったが、それを訊ねても答えてはくれなかった。
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