第130話 伝手の正体

「お待たせしました」


 グラさんの言葉の意味を聞こうとしたところで、応接室にショーンさんがやってきた。グラさんの話から、酷く悄然としているのかと思ったが、パッと見はいつも通りの飄々とした様子だった。


「久しぶりですね、フェイヴさん」

「ええ。俺っちがいない間に、この町は随分お祭り騒ぎだったみたいっすけど。いや、この町ってか、ショーンさんの周りが大騒ぎだったようっすね」


 いつもの、神官のような衣装で現れたショーンさんに、俺っちも肩をすくめつつ軽口を返す。そんな俺っちの言葉を、ショーンさんは柳に風と嘯く。


「いえいえ。あの程度はたまにくる嵐のようなもので、日常茶飯事とまではいいませんが、年に一、二回は来るものだと覚悟している類の災難ですよ。まぁ、今回はちょっと強い嵐でしたがね」


 まったく気負いなく強がるショーンさんに、俺っちはちょっとだけバツの悪い思いを抱いた。この人が、撃退した冒険者たちの死体処理で、肉の類を食べれなくなっている事を、こっそりとグラさんから聞き及んでいる後ろめたさが、頬を伝う汗となり、目を泳がせる。


「そ、その事なんすけど、俺っちもこの町にいなかったせいで、ほとんど噂話程度の情報しかないんす。いま、師匠もセイブンの方から事情を聞いてるっすけど、当事者にして被害者でもあるショーンさんたちからも、事情をお聞きしたいっす。【雷神の力帯メギンギョルド】としても、騒動の詳しい真相を知っておきたいんすよ」


 なのでさっさと本題に移る。本日、俺っちがハリュー邸を訪れたのは、帰還の挨拶もそうだが、情報収集の為だ。そんな俺の言葉に、ショーンさんはなにやら数拍考えてから、指を一本立てて提案してくる。


「なるほど。フェイヴさんとフォーンさんは、ギルドの依頼で外国に行っていたんですよね? その国々の最近の情報と交換という形でどうでしょう?」

「はいっす。つっても、帝国と公国群だけっすよ? エスラトニアやスティヴァーレ方面は、別の冒険者が遣わされたと思うっすし、西や南の国々に関しては遠すぎて、情勢とか全然知らないっす」


 ま、そっちもそっちで、冒険者ギルドが対処をしているだろうが。ダンジョン対策を国境を跨いで行い、そこに国家の利害を介在させないというのが、ギルドの表向きの設立理念なのだから、ある意味それが本業ともいえる。


「いえ、丁度いいです。知りたかった情報は、その二国に関してですので」

「なら大丈夫っすけど、別に詳しい政治情勢とかはわかんないっすよ? ちょこっと出張って、ギルドの各支部長に【崩食説】の説明をしてきただけっすから」

「ありのままの所感で構いません」

「ならまぁ、大丈夫っす」


 流れるように交渉を終え、俺っちたちは情報交換を始める。

 とはいえ、今回の一件に関しては、ショーンさんは当初、騒動の情報を得られていなかったようだ。最初は単に、複数の冒険者パーティがショーンさんの持つブルーダイヤを狙って、盗賊紛いの行為に及ぼうとしている、という認識だったようだ。そこに、カベラ商業ギルドの現会長の孫にして秘蔵っ子のジスカル・シ・カベラが登場した事で、ショーンさんは事態の大きさを知ったらしい。他国の間諜が介在し、町の住人の鬱積を煽り、件の盗賊紛いどもと合流した事で、最終的にあんなバカ騒ぎに至ったという話だった。


「正直、僕も反省はしています。住人たちに与えた、悪印象の払拭を怠っていたと言われれば、たしかにその通りです。スラムに住んでるせいで、ご近所付き合いもありませんしね。住民たちと接する機会もなければ、自分たちの功績や武力を見せ付ける事もせず、ただただこの姿を晒していた。それが侮りを生み、結果としてあの暴動につながったと言われれば、たしかに僕らの怠慢も騒動の一因でした……」


 苦笑しつつ反省の弁を述べるショーンさん。だが、その内容を聞くだに、それは非とあげつらうような話ではない。これ見よがしに功績を誇示せず、武力を見せ付けなかったからと、あるいは幼く、他の住民と協力関係を築いていなかったからというだけで、襲い、奪ってもいいなどという道理は通らないのだ。

 俺っちの表情から、なにを言いたいのか察したショーンさんは、ため息を吐きつつ肩をすくめる。


「勿論、僕らに非があるだなんて微塵も思っていませんよ。ただまぁ、不和の萌芽を放置すると、その根は思ったよりも深く、その幹は予想以上に太く、高くなるのだと思い知りました。水をやる者がいれば、なおさら、ね。面倒でも、芽の内に摘んでおいた方がいい。放置するとより面倒な事態に陥るのだと、痛感しました」

「……なるほど、たしかに……」


 ショーンさんの、本当に困ったような表情に、俺っちも疲れたようにそう返すしかない。結局のところ、世とは不条理に溢れているのだ。いい勉強になったと思うしかない状況も、生きていればままある話だ。


「今後はこんな事がないよう、多少は目に付く形で、僕らの武力と功績を周囲に見せていくつもりです。それが一番、面倒がない」

「それがいいっすね。まぁ、ギルドや領主側も、その辺は既に動いてるみたいっすよ。今後は、わかりやすい形で、ショーンさんたちの功績を世に喧伝していくつもりのようっす。まだ噂の段階っすけど、吟遊詩人や踊り子の特級冒険者が呼ばれるかもしれないそうっすよ」


 特に領主側は、同じような騒動は二度とごめんだとばかりに、今回の件には迅速に対処している。まぁ、下手な事をして帝国と開戦などという事態になれば、シタタンやサイタンの町の失陥は免れ得ない地政学上の立ち位置なのだ。当然といえば当然の動きだろう。


「それはそれは……。なるほど、こういう機会に使う為に特級なのですね……。では、その腕前を拝見できるのを楽しみにしています」

「俺っちも、そういう特級冒険者とは会った事がないんで、ちょっと楽しみっすね」


 芸事の特級冒険者というものは、俺っちたち斥候技術や回復術で特級になった者とは、活躍のしどころが違う為に、これまで接点がなかった。この機に、それがどんなもんなのか、実際に体験してみたいと思う。とはいえ、いまは先の騒動の情報収集が先決だ。


「それで、件の【扇動者】とやらはどうなったんすか? 巷間の情報では、そこんところがまったく拾えず、こうして出向いているところがあるっすよ」

「どうやら、我が家から逃走する暴徒たちの波に呑まれて、全滅したようですね。まぁ、暴徒たちは半数くらい死傷していますし、その【扇動者】たちも総勢は十人前後のようですから、あり得ない事ではないのですが……」

「……なんともまぁ、都合のいい話っすね……」


 途端にキナ臭くなってきやがった……。十数人いた【扇動者】が、一人残らず全滅? それは単に、口封じされただけじゃないのか? 間諜なんてやってる連中が、全員退きどきを見誤るとはとても思えない。


「その点に関しては、僕よりも詳しい人物がいますよ」

「ほぅ、それは?」

「そこにいるランさんです」


 ショーンさんに促されて、グラさんの背後で使用人よろしく立っていた少女に目を配る。彼女は本当に、行儀作法をきちんと教え込んだ使用人のように、こちらに深々と頭を下げてから話し始めた。


「お初にお目にかかります。私はしがない五級冒険者の、ランと申します。【十八影技オクタデカ】のフェイヴ様ですね? お会いできて光栄です」

「え? なんですか、その異名。初めて聞きました」

「いやまぁ、目立つパーティに所属していると、自然と付くもんすよ。人によっては【オムブラ】とか【影法師ボガート】なんて呼ばれてるっす。ほとんどお化け扱いの悪口っすよ」

「へぇ、ますます格好いいですね」


 ニタニタと、まるで揶揄するようにそう言ってくるショーンさんに、俺っちは軽くため息を吐きつつ、言ってやる。


「流石に【白昼夢の悪魔】より格好いいって事はねっすよ」

「うぐ……っ」


 痛いところを突かれたとばかりに眉根を寄せるショーンさんに、俺っちは真剣な面持ちのまま、無言で頷く。お互い、これ以降異名に関してはノータッチでいこうという共通認識が持たれた瞬間だった。



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