第100話 天剣

 ●○●


「つっよ」


頼りない空中回廊ターゲッティングエアコリドー】にて、ウチのオニイソメちゃんと噂のエルナト君が戦うという事で観察していたのだが、思った以上にエルナト君の実力が高くてちょっとビビっている。他の人から、剣の腕に慢心して、その他のすべてが疎かになっている人だと聞いていたので、ちょっと評価が低かったのだ。

 だが、それは逆に言えば、剣の腕だけは階級に相応の、あるいはその他のマイナスを補って余りある実力を有しているという証だ。


「たしかに。まさか、オニイソメちゃんがこうまであっさりやられるとは、思っていませんでした……。能力的には、ただの人間一人で相対できるような強さではないのですが……」

「カタログスペックがすべてじゃないさ。それを言い出したら、能力的にはダンジョンコアは人間に負けるはずがないし、バスガルだって僕に負けるわけがなかったんだから。限られたリソースで、いかに強大な相手に勝つかを模索する。その結果が、【魔術】であり武術であり戦術なんだと思うよ」

「なるほど。その通りですね」


 グラの疑問に、僕は端的に答える。無論、こんな事は彼女であればいうまでもなくわかっていた事だ。それでもやはり、それなりのDPを使って用意した階層ボスを、人間一人に打倒されたという事実は、ダンジョンコアとしては、忸怩たるものがあるのだろう。


「しかし、なるほど……。武術ですか……」


 グラはそう独り言ちてから、より真剣にエルナトの動向を注視し始めた。現在件のエルナト君は、【頼りない空中回廊ターゲッティングエアコリドー】の壁をラぺリング中だ。

 この隙を狙いたいところなのだが、いま現在その為の手札がない。オニイソメちゃんはあの下で、三メートルくらいになって蠢いている。とてもではないが、あんな高いところまで攻撃を仕掛けられるような状態じゃない。

 でもまぁ、まだ死んでないようだし、奇襲の方法が完全になくなったわけじゃない。

 僕はオニイソメちゃんを中央の穴へと戻し、エルナト君が射程に入ったら飛び出すように指示を出した。これで、攻撃射程をいくらかは稼げるはずだ。まぁ、一度出てしまうと、全長三メートル程度の大ムカデでしかないだろうが……。


「エルナト君、もしかしたら四階層に届いちゃうかもな……」

「それは由々しき事態ですね。四階層には現在、罠らしい罠が存在していません。ある意味でそれは、我々のダンジョンを攻略されたに等しい状況です」

「たしかに。でもいまからアレに対抗できる罠っていってもなぁ……」


 あの人自身は、そこまで探索能力に長けているわけじゃない。絡め手で命を奪う事自体は、そこまで難しい話じゃないだろう。だが、あの人の周りがそれを許さない。

 探索能力とサポートにおいて、あの【幻の青金剛ホープ】というパーティはかなりの域にある。エルナトがいなければ、ほとんど力を発揮できないが、逆にエルナトがいるなら十二分に活躍できるだろう。途中からあそこに加わった、マスとかいう斥候もかなりサポート向きの人材だったようで、彼らとの相性もいい。

 だったら強力なモンスターで対抗するかと聞かれれば、それはエルナトが相手をするだろう。現状、オニイソメちゃんがあっさりとやられてしまっているというのに、場当たり的に階層ボスモンスターなど作っても、対抗できるとは思えない。


「まぁ、そうなったらそうなったで、僕らが直接相手をすればいいんじゃない?」

「ふむ……。まぁ、それもそうですね」


 その場合、エルナト君たちは実力で、現在できているダンジョンの最奥まで到達したという事になる。であれば、ダンジョンの主たる僕らが相手をするのが、ボスモンスターとしての礼儀というものだろう。

 未だ我らがダンジョンは、まったく完成に至っていないとはいえ、それでも魔王の玉座まで辿り着いた勇者には、ボスと戦う権利がある。これを引き延ばすなど、流石に無粋というものだ。

 あの【迷わずの厳関口エントランス&エグジット】と【頼りない空中回廊ターゲッティングエアコリドー】からのショートカットに関しても、すこし考え直さないといけないかもな……。いや、でもなぁ……。

 ぶっちゃけ、オニイソメちゃんの隠密奇襲と対空迎撃能力を考えると、あそこはあのままでもいい気はするんだよねぇ。今回は、エルナトというイレギュラーがいたせいで、あっさりあそこから抜けられちゃったけど。

 まぁ、【幻の青金剛ホープ】とあのマスとかいう冒険者の息の根を止めて、目撃者を消せば、まだしばらくはあのままで大丈夫だろう。その為にも、確実に命を摘み取っておきたい。

 僕はそう言って、真新しいプラチナの腕飾りを撫でる。これを使う事も考えておかないといけないだろう。まず間違いなく、近接戦闘で僕は、彼に勝ち目などないのだから。

……でもそうだな……。前々から考えていた、あのモンスターならこういう状況でも使えるかも知れない。用意をしておいて足りないという事もないのだから、そちらもやっておくか。


 我がダンジョンの、二体目の階層ボスモンスターになるかも知れないしね。


 ●○●


 水ムカデの攻撃を、空中に作った足場で躱してから、その胴に刃を滑らせる。


「【稚雷】!!」


 細長いその体を、螺旋を描くように滑りながら横薙ぎ一閃の奥義を放つ。だが、やはりというべきか一撃ではそこまでのダメージは期待できない。しかしながら、この攻撃は弱点のような柔らかい部分がないかという、確認の意味もあった。

 残念ながら、虫のムカデと違い、表裏という観念があまりないように思える体のようだ。

 交錯した俺たちは、互いにあとは重力に任せて着地をする。俺は一度壁で減速してから、太腿の付け根まであるような溜池へと着水する。水ムカデも同じく着水したようだが、スルスルと水中を移動し、早くも距離を詰めてきていた。

 まさしく、水を得た魚といったところ。むしろヤツにとっては、水中こそが己がテリトリーなのだろう。マスも言っていたが、どうやらこいつは完全に水棲のモンスターらしい。見た目は完全に虫なんだがな……。


「【土雷】!」


 地面すれすれにまで振り下ろす、まさしく落雷がごとき片手振り下ろしの奥義。全身で放つそれが、迫っていた水ムカデの鼻面に直撃する。まぁ、どこが鼻だかわかりやしない顔だが。

 片手での振り下ろしだが、威力に不足はない。これは全身を使って放つ斬撃であり、両手を使えないのは体が真半身になるからだ。斧の振り下ろしにも近い動作で放たれたそれは、水柱をたて、水中から俺を狙っていた水ムカデの全容を露にした。


「それじゃ、さっきの繰り返しだぜ? 【八色太刀】!」


 俺の連撃に、しかし猪口才にも水ムカデは抗って見せた。あるいは、化け物は化け物なりに、意地を見せたのかも知れない。歯で俺の剣を弾いてみせたのだ。

 勿論、その代償にヤツは、片方の歯を【裂雷】に持っていかれてしまった。もう、コイツにあの食らい付きはできまい。全身にも、無数に傷が残る姿。もはや、討伐は時間の問題だろう。

 しかしなおも、水ムカデは俺に抗う。己が矜持を示すように、ただの人間になど負けぬと意地を張る。

 飛び掛かってきた水ムカデに突きの奥義【黒雷】を放つ。その歯の中央には、生物と同じく口があるのだろう。であれば、流石にそこは柔らかかろう。

――と思ったが、水ムカデの動きがやけに躊躇がない。よもや、相打ち狙いか?

 俺は咄嗟に、【黒雷】から【山雷】の斬り上げに移行し、己の身も上方に逃がす。案の定というべきか、水ムカデはまるで牙をしまうようにして、左右に張り出していた歯を畳み、体の奥へと引っ込める。俺は危うく、あの動作に巻き込まれて、気持ち悪い怪物の体内に囚われるところだった。

 ただ、丁度いい。相手の頭上を取れた。


「【野雷】【山雷】【大雷】【裂雷】!」


 両手での斬り下ろし、その後の斬り上げ、さらには本来首を狙う横薙ぎに、全霊の逆胴斬り払い。空中にいる事で踏ん張りが利かない中での四連撃だったが、集中攻撃の成果か、あるいは水ムカデも弱っているのか、大きく傷付いた体からは紫色の体液が盛大に飛び散った。

 水ムカデは激しい水しぶきをあげて着水すると、最後の力を振り絞るようにしてその上体をもたげる。だが、既にそこに当初の力強さも俊敏さもない。

 流石にこれまでのようだが、諦めずにこちらに向かってくる姿に、すこしだけ感服する。とはいえ、いつまでもこうしていると、俺のあとを追って降りてきたメンバーに被害が及びかねない。

 俺は八相に構えた剣の柄を握り直す。柄尻にかけた小指の感覚が、いつもと同じ事に安堵する。それから、特に勿体もつけずに一歩踏み出す。

 水が勢いを殺すが、その程度で俺の剣が翳る事はない。剣を人なら袈裟懸けに振り下ろす瞬間、踏み込んだ足の勢いで水柱があがる。


「【火雷】」


 そしてその水柱が、斜めに切り裂かれる――水ムカデごと。

 またも真っ二つになった水ムカデが、ずるりと横にずれ、ばしゃんと水に落ちて水飛沫があがった。残りの半身も、ゆっくりと後ろに倒れるようにして水中に消えていく。ぶわりと、透明な水に紫の体液が広がって薄まっていった。


 そしてその後――色とりどりの光となって霧消する水ムカデ。そこには、真っ赤な魔石が残っていた。



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