第53話 騎竜調教の躓き
●○●
「コッロ!! 前に出過ぎていますわ! スタルヌート! そう怯えず、わたくしに足並みを揃えて駆けなさい! 出遅れた方が、一人で恐ろしい思いをしますわよ!」
四頭の騎竜が草原を駆ける。ドスドスという足音が響くと、頬を撫でる風が轟々と耳朶で唸る。手綱を握っているのとは逆の右手で、僕は新しい装具を使用する。
「届け――【
僕がキーワードを唱えれば、【藤鯨】の柄に土が巻き付き、瞬時に鋼のような硬度となって、手斧サイズだったそれが、あっという間に
「届きなさい――【フジクジラ】!!」
そして、同じ【藤鯨型】の手斧を斧槍に変えて、僕の隣をイキイキと騎竜を駆っているのは、お嬢様であるはずのベアトリーチェである。他のラプターたちに指示まで出している始末だ。
なお、一応武装はしているものの、別に彼女の姫騎士としての才能が開花したとかでは、まったくない。いまでも彼女の戦闘力は、一般人と同程度か、それを下回る。
まぁ、ラプターに乗っているだけで、十分すぎる戦力だろうが。
「行きますよ!」
僕はベアトリーチェが指示を出した竜たちの上に、なんとか乗っているといった風情の二人に声をかける。こちらはまだまだ、竜に乗るのには慣れていないらしい。
まぁ、彼らがこれまで乗ってきた馬とは、全然違う乗り心地だろうからね。そういう意味では、僕は馬の方が乗れないかも知れない。はるか昔に、両親に連れられて行った、どこかの牧場での乗馬体験しか経験がないからな。
などと考えている間に、僕らと標的の距離は詰まる。相手も必死に逃げようとしていたが、流石にラプターの瞬足には敵わない。
「おりゃ!」
【藤鯨】を振り下ろせば、難なく対象の
「やぁ!!」
「はぁ!!」
後続の二人の騎士、ベアトリーチェの部下たちが、手に持った槍を
完全に介護されているような有り様だが、一月前まで筋肉痛でプルプルしていた頃に比べれば、十二分に目覚ましい成長と言えるだろう。
「残りの群れには、逃げられてしまいましたわね」
残念そうに、三鉾鹿の群れが逃げ込んだ林を見やるベアトリーチェだが、この二頭だけでも肉は数十キロにもなる。ラプターたちの餌兼、僕らの食肉確保だと思えば、十分過ぎる成果だった。
なお、三鉾鹿はモンスターではなく、この世界固有の野生動物だが、モンスターが跋扈する野生界でも生き残れるだけのタフな鹿である。その、頭から伸びるトライデントのような角は、彼らを捕食しようとした野生動物やモンスター、たまに人間も餌食とする。まぁ、草食なのだが。
群れでこれを揃えられ、いっせいに突撃してきたらと思うと、正直背筋が冷える。
「そんな事より、さっさと処理してしまいましょう。シモーネさん、そちらの血抜きをお願いします。それが済んだら、こちらの処理を手伝ってください。一頭分は、ここで食べさせちゃいましょう」
「はい」
年配の方の騎士――シモーネ・ザナルデッリさんに指示を出すと、疲れたような顔で応じる。まぁ、慣れない竜に乗って、戦闘もこなし、さらには動物の解体だ。疲れもしよう。
ただ、ベアトリーチェと一緒に行動するなら、彼らにも最低限の騎竜術は身に付けてもらわないと困る。
「それにしても、たった一月でここまで乗りこなせるようになるとは、思いませんでしたよ」
三鉾鹿の処理を終えて、皮と骨を外した食べやすい鹿肉に、四頭のラプターが群がる様子を眺めながら、僕は隣のベアトリーチェに語りかける。今日の彼女は、以前の乗馬服の上に、簡単な炭化ホウ素の軽鎧を纏い、一見すればまさしく姫騎士といった装いである。
腰には、さっきまで斧槍だった手斧が提げられている。
「ふふん。まぁ、わたくしにかかれば、この程度の事は造作もありませんわ。なにより、竜たちはとても頭がいいので、信頼関係さえ築ければ、馬よりもよっぽど乗りこなすのは容易いですわよ」
「まぁ、それはそうだね」
僕だって、いま目の前に馬とラプターを並べられて、どっちかに乗れと言われたら、間違いなくラプターの方を選ぶ。というか、ほぼ間違いなく僕、馬乗れないし。
「それよりも、竜たちを増やす計画はどうなりましたの?」
「それなんだけれどねぇ……」
残念ながら、【嫌悪】による他のラプターの馴致は、あまり上手くはいかなかった。といっても、試行回数が少ないので、必ずしもこのやり方が間違いというわけでもないだろうが、成功率は五回中一回だけである。
なお、この一ヶ月、パティパティア山中を駆けずり回ってラプターと遭遇したのが、たったの五回だけだ。まぁ、流石に石を投げれば竜に当たるような生息分布ではないというのはわかっていたが、ここまで少ないとは……。
「それでも、何頭かは増えたのですわよね?」
「まぁ、七頭だけね」
上手くいった群れが、運良く七頭だったのだ。冒険者ギルドの資料で調べたところ、普段ラプターは四頭以上、十頭以下の群れを作るようだ。十頭の群れともなると、かなりの警戒対象になる。
また、なんらかの事情によって、さらにその群れの規模が拡大する場合もあり、その際には、上級冒険者を招集しないといけないような大事件として扱われる。
そういう意味では、七頭というのはそこそこの脅威だった。だが、リッツェたちが四頭で、新たな群れが七頭というのは、馴致の幻術の成否に、群れの規模は関係ないという事であり、データとしては扱いに困る。
ラプターに、群れる以外の特性はあまりないからなぁ……。
「試行錯誤しようにも、ラプター自体がそこまで多くないし……」
少なくとも、ゲラッシ伯爵領周辺のパティパティア山脈には、もう残っていないかも知れない。流石に、服従しなかったラプターたちを見逃したりはしなかったからね。
「それでも、七頭というのはなかなかの数でしょう。第二王国にとっては、降って湧いたような幸運ですわね」
別に、顧客は第二王国だけではない。場合によっては、ジスカルさんに頼んで、あちらこちらに売っ払う事もできるだろう。
とはいえ、いまはラプター育成が、そこまで軌道に乗るビジョンが見えないのだが……。
「まぁ、その七頭はまだ人に慣れてないし、お嬢様たちが乗れるのは、最初の四頭だけですけどね」
「ええ。わたくしとしても、慣れた彼らの方が嬉しいですわ」
まぁ、すっかりベアトリーチェに慣れているアルティは、もうほとんど彼女専用みたいなものだけど。ただ、ラプターは最低でも二頭一対で運用するべきであるというのが、この一ヶ月でわかってきた。
というのも、やはり食糧の問題が、どうしたって出てくるからだ。一頭は戦闘の為に常に身軽に、もう一頭は餌を含めた荷物を抱えて、というスタイルになる。
だから、今回のように四頭全員でかかるというのは、かなり例外的な運用法だ。まぁ、ラプターがたった二頭だと三鉾鹿が群れて反撃してくる可能性があって、怖かった為にとった策である。
「さて、それではもう一狩り行きましょうか!」
意気揚々とベアトリーチェが宣言する。どうやら、四頭が腹を満たした頃合いを見計らっていたらしい。
颯爽とアルティの背に飛び乗った彼女は、すぐさま僕の作った装具を起動する。
「誘え――【ランチュウ】!」
以前は僕も使っていた、【蘭鋳型】の装具を使用し、ラプターたちの餌を誘き寄せるベアトリーチェ。
ホント、これがないとラプターたちの飼育とか、エンゲル係数的に絶対無理だよなぁ……。
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