第52話 ブレインストーミング

「ゲラッシ伯爵を、今一度こちらにつなぎ止める為には、なにが必要であろう?」

「心情的には、かなり王冠領寄りにはなっていような。いざというときに、近くにあるというだけで、地方領主にとっては頼りがいがある存在だ。その点、我々とゲラッシ伯爵領との間には、どうしたって距離がありすぎる。今回の帝国の動きさえなければ、ここまで顕在化はせなんだろうが……」

「それをここで嘆いても仕方あるまい。ゲラッシ伯爵が鞍替えなどという事になれば、王城の影響力は貴族たちから然程のものではないと思われよう。それは、我らの目指す中央集権化から遠ざかる流れだ」

「左様。なんとしても、ゲラッシ伯はこちらにつなぎ止めねばなるまい。だが……」


 ゲラッシ伯がなにを求めているか、か……。たしかに難儀よな。

 あからさまに金銭を投げ渡しても、むしろ鼻白むだけよ。なんとなれば、ゲラッシ伯爵領は、金にだけは困っておらぬのだから。まぁ、あからさまに鬱陶しがりはしないだろうし、礼も述べようが、それでたしかにこちらに引き留められるとは思えん。

 となれば、彼が欲するのは血か土地となる。……無理だな。玉座の主すら定まらぬ現状では、即決できる話ではない。少なくとも、なんらかの功績がなくば、反発が強まろう。

 皆も同じ結論に至ったのか、この話題はひとまず棚上げして、彼らは別の話題に移る。


「件の姉弟に関してはどうでしょう? 彼らを王国貴族として召し上げるというのは?」

「それは良いが、問題はそれ自体がゲラッシ伯爵との軋轢とならぬか? ほとんど家臣のような扱いであれば、我らがそれを横取りするのは面白くなかろう」


 それはあろうな。封建国家における鉄則は『臣下の臣下は臣下ではない』だ。ゲラッシ伯の配下に対して、第二王国や選帝侯として、頭越しに命を下す事はできない。その者を貴族として、こちらに囲い込むのは、ゲラッシ伯の配下の切り崩し工作に等しい。

 ゲラッシ伯爵との協調路線を論じた舌の根も乾かぬ内に、検討するような話ではあるまい。


「家臣やそれに類する関係ではないと思われます。もしそうであるのなら、流石に各選帝侯からのご要望もある中、あれ程煮え切らぬような事は申しますまい。伯もまた、姉弟とは一定以上の距離を保っていると見るべきでしょう」


 だがそこで、騎士の一人が異論を呈する。なるほど、それもまた至言である。彼の聖杯に関するゲラッシ伯の言動は、配下の能力に関して可否を述べるようなものではなかった。物が美術品だから、領内の芸術家に対する所感という印象で、あまり目立たなかったが、それはハリュー姉弟とゲラッシ伯との間に、一定の距離があるという事を裏付ける要素だ。


「伯爵領同様、姉弟に関しても、その重要度は高まり続けています。ただし、こちらは一種、火中の栗のような扱いですね。拾おうと近付けば、こちらが火傷をしかねません」


 私も興味深い内容だった為、その官僚たちの会話に口を挟むように、討論に混ざる。


「それよ。私も気になって調べてみたが、なかなかのトラブルメーカーのようだな」

「は。マフィア、ウル・ロッドとの抗争。中規模ダンジョン、バスガルの発見、探索、討伐に加え、ケブ・ダゴベルダ博士との共同で【崩食説】という、ダンジョンの新たな脅威の発見。他国の間諜や、アルタンの町の住民を巻き込んだ【扇動者騒動】と、その際に使った死神を呼び出す幻術等々……」


 真に、火種に事欠かん姉弟のようだ……。よくもまぁこの短期間でと、感心するやら呆れるやら……。

 私は部下の報告に付け加えるように、本日のパーティで得た所見を述べる。


「個人的な、それも感覚的な話にはなるが、どうにも姉弟に対するヴェルヴェルデ大公陛下の様子がおかしい。少し前に、姉弟に接触したというのは事実のようだが、それで影響下に収めたにしては、距離感が遠い」


 あのパーティで、まるでゲラッシ伯を庇うように情報を出した大公陛下だが、その曖昧な態度が私は気になった。


「どうやら、なにかの注文をしたようではあるが、それが聖杯であるとも考えづらい。パーティでも、いまだ得ておらぬという事をほのめかしていたからな」


 先の接触で、彼の姉弟と強いつながりを得られたのであれば、あの場でもっと積極的にそれをアピールしているはずだ。聖杯の実物を知らなかったという話だが、その値段や製作期間が話題にのぼったというのであれば、やはりそれを手に入れていないというのも、いささか気になる。

 普通に考えれば、大公陛下程の身分であれば、それだけの価値があると言われれば、むしろ物がわからずとも手に入れようとするであろう。もしも、完成後にその価値なしと判断するのなら、今後の付き合いを考え直せば良いだけだ。


「……これらの点を、貴様らはどう見る?」

「……大公陛下と姉弟は、一定の間柄を構築する事には成功したが、必ずしも良好ではない……でしょうか?」

「ふむ……。まぁ、普通に考えればそうであろうな」


 だが、それはあり得るのか? 選定侯でもあり、王位すら有するヴェルヴェルデ大公からの要請だ。平民どころか、貴族であろうと、その頼みに否と返す者は、まずおるまい。

 既にガチガチに他派閥に組み込まれているのなら別だが、彼の地は領主のゲラッシ伯からして、王冠領と第二王国との間で揺れ動いているような有り様だ。たとえ、ゲラッシ伯爵領の領民だったからといって、力関係を思えばゴリ押しで引き抜く事すらも、不可能ではなかっただろう。

 それをやられていたら、我々にとっても手痛かったが、逆に大公からすればどうしてそれをやらなかったのか、という話になる。あれだけの奇貨だ。手元に置いておいて損はなかろうに。


「どうやら、姉弟と大公の手の者が、ゴルディスケイル島のダンジョンにて接触を図ったようですね。しかし、そこでなにやらゴタゴタがあったようです。ただ、その騒乱には帝国の【暗がりの手ドゥンケルハイト】や、法国の暗部や聖騎士なども関わっているらしく、詳しい事情はわかりません」


 官僚の言葉に、眉間に皺を寄せつつ訊ねる。


「なんとかならぬか? その情報、おそらくはかなり重要なものであろう」

「……努力はしてみますが、かなり厳しいかと……。どうやら、ダンジョン内にて暗部同士での小競り合いが生じたようです。第二王国の手勢もそこにはいたのですが、混乱から情報が錯綜しております。我らは、千々に乱れたその情報をかき集める事しかできません」

「法国や帝国に直接訊ねるというのは? 国家の大事に携わるようなものであれば秘されようが、事は姉弟の動向についてであろう。必ずしも、口を噤むような内容ではあるまい」

「その行為に、我らの失態を晒す以外に、なんの意味がある?」

「左様。自国内の、重要人物の情報すら知らぬのかと笑われるだけよ。それで得られた情報も、どこまで信じられるかわかったものではない」

「偽情報の精査もできぬでは、帝国や法国が、第二王国と姉弟との離間を図る惧れもある。それは悪手であろうな」


 提案した者も、初めから無理筋だとわかっていたのか、意見を却下されても軽く嘆息し、肩をすくめるだけだった。どうやら、第二王国はハリュー姉弟に関する情報戦では、帝国や法国に一歩出遅れてしまったようだ。

 だがしかし、幸い我らには、その二国よりも地の利がある。


「事は第二王国内、それも我ら中央の派閥たるゲラッシ伯爵領内だ。これからは、件の姉弟に対して細心の注意を払いつつ、こちらへの組み込みを念頭に動く。チェルカトーレ女男爵にも、姉弟の嗜好や性質を観察、報告してもらう」

「ゲラッシ伯爵の影響下にあるかどうかも、できれば確認が欲しいです」

「そうだな。言付けておく。ゲラッシ伯の配下であるならば、それで良い。ゲラッシ伯は我々の派閥なのだからな。より、彼の重要度が増すというだけの話だ。だからこそ、忘れてはならぬぞ。ゲラッシ伯爵の懐をまさぐるような真似は厳禁だ」


 私の言葉に、トラヌイ男爵以外の全員が一様に頷くのを見て、ひとまずは姉弟に対する我ら第二王国王城のスタンスはこれで決まった。

 はぁ……。それにしても、これだけの意見を聞いてなお、あの若造は意識を変えぬか……。本格的に、トラヌイ男爵家の扱いを考えねばな。無能には、頭数以外に価値はないのだから。



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