第51話 ラクラ宮中伯

 ●○●


「集まったな。始めよう」


 新年の宴を終えた王城にて、幾名かの法衣、帯剣貴族たちが小さな部屋に集められていた。室内はマジックアイテムの白い明かりが照らしているものの、その明かりが灯っている間は、貴重な魔石を消耗するという事でもある。必要経費とはいえ、儀式や宴においても、散々魔石を消費した。また、今年は間違いなく軍費が国庫を圧迫するとわかっている以上、無駄にできる魔石じかんなど欠片もないのだ。


「宮中伯閣下。少々、ゲラッシ伯爵領への優遇が過ぎるのでは?」


 先程の選帝侯会議で取り決められた諸々を説明し終え、意見を募った途端に話始めた一人が、やや面白くなさそうな顔で言う。たしか此奴は、新顔のトラヌイ男爵だな。先年の半ばに没した、前トラヌイ男爵の代わりに爵位を継いだ、いまだ三〇にもならぬ若造だ。先代はなかなか使える男だったのだが……。


「ゲラッシ伯爵領はパティパティア山脈以西に領地を有する、第二王国唯一の領邦である。その立地上、帝国との騒乱においては、甚大な負担が予測される。手当を厚くするのは当然であろう」

「しかしそれは、ゲラッシ伯とて了承済みの話でございましょう? いまさら、国庫からの多大な出費を強いてまで、動くかどうかもわからぬ帝国の為に援軍を用意するというのは、如何様厚遇が過ぎましょう」


 此奴の言いたい事はわかる。だが、その内容には一切賛同できん。


「どこがだ? ゲラッシ伯爵領を拝領するにあたり、現ゲラッシ伯がそれを断れる状況にあったと思うか? 彼が諸手を挙げてあの難しい領地を受け取り、これまで順風満帆で動かしてきたとでも、本気で思っているのか?」

「……ゲラッシ伯爵領は、スパイス街道での交易にて潤っておりましょう。それは、他の領に比べれば、随分と恵まれた状況かと」

「やめよ」


 答えのわかっている問答に費やす時間程、無駄なものはない。

 たしかにゲラッシ伯爵領は、交易による利益にこそ恵まれているが、その領地のほとんどが海や山であり、あまり農耕地に恵まれていない。また、以前は領内には中規模ダンジョンが存在し、当然そこから放たれたモンスターが、パティパティアの山林に潜んでいる為、治安もそれ程良くはない。

 農耕にも畜産にも適さぬ領地では、どうしたって石高が低くなってしまう。石高が低いという事はすなわち、動員できる兵力も少なくならざるを得ぬ。そんな状態で、ゲラッシ伯爵領のみで帝国に抗し切るなど、不可能にも程があろう。


「なにより、ここで我らがゲラッシ伯爵を冷遇すれば、彼は大喜びでその足場を、中央より王冠領に変えよう。そしてその事を、第二王国に所属するすべての貴族が肯定するであろうな。我々が援軍を用意しなかったから、だ。十二分な理由になるであろう。わざわざ王冠領に楔を打ち込むようにして得た、第二王国西方に対する影響力を、ここにきて擲つような真似だ。愚挙にも程があろう」

「…………」

「辺境伯閣下は、その会議ではどのように?」


 これまで話していたトラヌイ男爵とは別の官僚が、ようやく建設的な話を始める。


「やはり、ゲラッシ伯爵にはかなり気を遣っておるようだな。我々が話を持っていく以前から、伯爵領への援軍をほのめかしていたようだ。提案こそ我らより後にはなったが、ゲラッシ伯はそれにまったく動じず、素直に感謝を述べていた」

「なるほど。ではやはり、王冠領全体の紐帯を強めようとお考えのようですな」

「間違いあるまい。ゲラッシ伯爵領を含めた、本来の王冠領で結束できれば、第二王国になにがあろうと、ある意味では彼らは安泰なのだ」


 たとえ、国が亡びようともな。そう考える事自体は、仕方がないといえる。どだい、封建国家における領袖というものは、利害の一致によって寄り集まっているに過ぎない。その旗頭が必要だから、それに王という名を付けて、建前上は敬っているだけだ。

 その実態は相互扶助である。第二王国が彼らの領地を保護する代わりに、彼らは税や軍役を、第二王国に納めている。この第二王国において、玉座の空位がそろそろ二十年を迎えようというのに、地方領主たちがそれをあまり気にしていないのも、その根底には『誰がなっても同じだろう』という思いがあるからだ。


「ゲラッシ伯爵領など、欲しいというのであれば王冠領にくれてやればよいではありませんか。あのような僻地、中央所属として扱うから、有事には多大な負担を強いられるのです。さすれば、此度のような事があろうと、王冠領だけに負担を任せて、我らは高みの見物ができましょう」


 またも、トラヌイ男爵が余計な話を始める。本当に時間の無駄だ。この場に集めているのは、本来私の懐刀とも呼べる優秀な官僚たちだ。先代のトラヌイ男爵も、やや地方領主たちを蔑ろにする気質はあるものの、損得をきっちりと勘案して、地方領主と中央との妥協案を模索する人間だった。だが、その息子である此奴は……。

 室内の全員が、現トラヌイ男爵に対して鬱陶しそうな顔をしている。こういう人間がいると、会議が冗長になって、論点が曇る。

 はぁ……。仕方がない。この場を取り仕切っているのは私だ。ここは、私が責を負わねばなるまい。


「トラヌイ男爵」

「は。いかがいたしました、ラクラ宮中伯閣下?」

「――黙っていろ、青二才。いまは貴様の囀りを聞いて、あやしているだけの時間はない」


 私の、あまりにも直截的な言葉に、まさしく鳩が豆鉄砲を食らったような顔で黙るトラヌイ男爵。次回からは、この会議に此奴を呼ぶ事もあるまい。


「さて、いまここに集う貴様らであればわかっているとは思うが、ゲラッシ伯爵領の価値は現在高まりつつある。中規模ダンジョン、バスガルの討伐による治安の安定。同じく中規模ダンジョンである、ゴルディスケイルのダンジョンより、これまでにないモンスターの素材である、マジックパールの産出。彼の領に滞在している、一級冒険者パーティ【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバー。そして、件のハリュー姉弟だ」


 私が仕切り直すようにそう述べると、一同はいっせいに頷いて、各々に意見を発し始めた。


「帝国に奪われるわけにはいきませぬな」

「最悪、マジックパールは構わないのでは? 結局あの島が無主の地である以上、産出品の交易は自由でしょう? もしも、ナベニポリスを併呑した帝国が彼の島を欲したならば、渡してしまえば良いかと。あの管理の難しいダンジョンを得れば、必然的に氾濫スタンピードのリスクをも背負う事になります。そうならない為には、管理に甚大な負担を強いられるかと。それは、件のマジックパールで得られる利益などでは、到底賄えないでしょう。我々は、多少割高にはなりましょうが、交易品としてのマジックパールを得る方が無難かと」

「それは、件のマジックパールの価値が未だ未知数であるからであろう? もしも帝国に手渡したのち、計り知れぬ価値があるとわかれば我々はいい面の皮だ。他派閥の貴族らも、舌なめずりで指弾しよう」

「バスガルのダンジョン討伐に伴う、治安の安定にはいましばらく時間がかかろうな。パティパティア山脈のいたるところに分布したモンスターを、虱潰しに討伐していくわけにもいくまい。となれば、治安の安定も限定的で緩やかなものとなるだろう」

「しかし、交易が盛んになれば、スパイス街道のあげる利益というものは莫大です。勿論、帝国が今後も、あの道を使うと想定すれば、という注釈はつきますが」

「他に道などあるまい」

「わかりませんぞ? いま、我々に対して碌に交渉もせず、軍を徴しているとなれば、あるいは帝国からベルトルッチに抜ける、新たな峠道の開拓に成功した、という事も……」

「ふむ……。まぁ、ない事もない可能性であろうが、これまで数百年見付かっていなかったような道が、唐突に見付かるものか?」

「さて。そればかりは……」


 一方では、ゴルディスケイル島の扱いについて、もう一方ではスパイス街道の交易から、帝国の動きについて、活発な意見が交わされる。やはり、こうでなくては意味がない。



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