第50話 一級冒険者の派遣
「何故この錚々たる面々に、妾のような木っ端貴族が呼ばれたのかと思っておりましたが、その理由がわかりましたわー。要は妾に、帝国とハリュー姉弟の監視役として、ゲラッシ伯爵領へ赴けと、そういう趣旨でございますねー」
チェルカトーレ女男爵の言葉に、ワシも含めた貴族たちが一瞬渋面を浮かべる。この場でこの態度……、つまりはそういう事なのか……。
「……うむ。少なくとも、ワシと宮中伯はそのつもりだ」
「まぁ、概ねその通りではある。だが、一つ注意して欲しいのは、ハリュー姉弟は様々な点で国外に出したくない人材である。あからさまな監視や敵対行動は控え、できる限り第二王国に対する悪印象を与えぬように。いち早く、他国に引き抜かれる危険を察知、場合によっては防御して欲しい。彼らと良好な関係を保っている【
ドゥーラ大公閣下とラクラ宮中伯閣下が、揃ってチェルカトーレ女男爵に対して提案する。要は、我らゲラッシの者が姉弟に対して行っているアプローチと同じ事を、国が主体となって行うという趣旨だろう。
それ自体は構わないが、我が領にあからさまに他領の貴族の息のかかった者が入ってくるというのは、面白い話ではない。それは、同じ地方領主であるヴィラモラ辺境伯閣下、ヴェルヴェルデ大公閣下、シカシカ大司教座下も同意見だったのか渋面を浮かべている。
ドゥーラ大公とラクラ宮中伯もそれに気付いたのか、慌てて言い繕う。
「勿論、ゲラッシ伯の邪魔になるような事をするつもりはない。我々の第一の懸念は帝国の動き、第二の懸念はハリュー姉弟という人材の流出である。それ以外の事に関して、チェルカトーレ女男爵に内偵紛いの行動をさせるつもりはない」
「左様。帝国に動きがあった際にも、【転移術】の使い手たるチェルカトーレ女男爵であれば、早急に王城に知らせる事が出来よう。それだけ早く、我々も動けるという事だ。なんとなれば、仕事始めの厄介事を処理してからにはなるが、ゲラッシ伯爵領への援軍をウェルタンに集結させておくつもりだ。勿論、諸々の費用は王城と、主体となるドゥーラ大公が負担する」
「うむ」
まぁ、そうだろうな。そもそも、チェルカトーレ女男爵が先んじて話してしまったから順番が変わってしまっただけで、この二人も元々は帝国の脅威から、援軍の用意、それをいち早く察知する為の人材として、チェルカトーレ女男爵を我が領に寄越す、という流れに持っていきたかったはずだ。それであれば、ワシも素直に感謝しただろう。
パティパティア山脈の向こうにあるサイタン、シタタンの町は、有事の際には捨て石にならざるを得ないような立地である。早急に援軍が来ると知っていれば、兵たちの士気を保つ事も不可能ではない。
そもそも、チェルカトーレ女男爵に我が領の内偵をさせようと思えば、別にこちらに話を通さずとも、それこそ【
というより、本気で偵察するつもりがあるのなら、チェルカトーレ女男爵という目立つ人間ではなく、商人なり諜報員なりを派遣すれば、それを防ぐ手立てなどない。こうしてこちらに話を通しているというのは、ラクラ宮中伯閣下やドゥーラ大公閣下なりの誠意なのだろう。
「援軍をご用意くださるのは、誠にありがたい事でございます」
「うむ。王冠領もまた、すぐに動けるように兵を動員しておこう。なに、こちらの軍費もワシの方で負おう。万が一を思えば、兵はあればある程良い」
「ありがとうございます。非常に心強く、感謝の言葉もございません」
ヴィラモラ辺境伯が二人に張り合うようにそう述べるが、パーティでの提案を鑑みるに、初めからそのつもりはあったのだろう。あえてここで口にしたのは、文字通り中央貴族であるドゥーラ大公閣下とラクラ宮中伯閣下に対しての対抗心だと思う。あるいは、ワシを王冠領側に引き入れる為の工作の一環か。
ひとまずこの場では、王冠領、第二王国及びドゥーラ大公領の軍勢が、援軍に駆けつけるという話の流れになりそうだ。ゲラッシ伯爵領としては、これ以上なく喜ばしい話の推移だといえよう。
この王都滞在中に、どれだけ帝国の動きが不穏であり、できる限りの援軍を募るのがワシの役割だったのだから、現状は最善といって差し支えあるまい。
「私も軍備そのものは用意しておきますが、あまりアテにはなさらぬよう……」
「わかっております」
シカシカ大司教座下が、困ったような心苦しそうな顔で、一応とばかりに忠告してくる。第二王国南東に領地を有する彼は、ある意味では北大陸の盾であり、神聖教における異教徒たちに対する、最大の鉾である。彼が西に目を向ける事など、北大陸国家のどこも望むまい。
シカシカ司教領には、これまで通り南方の抑えとして健在であってもらわねば、おちおち戦争もしていられない。絶対に、以前のヴェルヴェルデ王国の二の舞は困るし、それこそ第一王国と同じ末路を迎えかねぬ。
フィクリヤ公爵に関しては、言わずもがなだ。向こうも、援軍など要請されても困るだろうし、こちらとしても、万が一「出す」と言われたら非常に困る。
「では、ひとまずは帝国については以上のように。各々方も、帝国と西方の動きに関しては、警戒を怠らぬよう努めてもらいたい」
話をまとめるようにそう述べて、ラクラ宮中伯閣下が一同を見回しつつこの会議の一段落を告げる。誰一人として、それに対して反対を述べるような者はいなかった。
「では次に、件の聖杯に関する点を詰めよう。これも単刀直入がいいだろう。ゲラッシ伯。件の姉弟の聖杯製作にかかる時間は、なんとか短くする事はできぬのか? なんでも、彼らは冒険者もやっておると聞く。十二分な報酬を用意すれば、冒険者業に使う時間を、聖杯製作に回す事は可能ではないのか?」
まるでそれこそが本題とばかりに、ラクラ宮中伯閣下が捲し立てる。だが、彼の姉弟をただの芸術家として囲うというのは、かなり難しいように思う。普通であれば、報酬を用意し、各選帝侯からの要請ともなれば、断りようなどないのだが……。
「その点はワシも気になるの」
「少し待って欲しい。できればここは、ワシを優先してはもらえぬか? 五年ともなると、流石に完成まで生きておれる自信がない。十年、十五年ともなれば、それこそ絶望的じゃ。せめて生きている内に、我が手にしたいのだ」
「待ってください。こちらこそ、法国の国宝と同等の品という事で、いろいろと検証が必要なのです。できれば我々を優先していただけると嬉しいのですが……」
「待て待て。まずは外交を優先するべきであろう。法国はともかく、パーリィやジェノヴィアなんかは、喉から手が出る程に欲しよう。場合によっては、法国との関係悪化もあり得る事態ぞ? そちらとの関係強化を優先しておくべきであろう」
「既に、余は直接姉弟と交渉する段に至っているのだが、そちらは別件として良いのだろうか? 第二王国としての優先順位とは、分けて考えるべきであろう?」
水を得た魚のように話し始める各選帝侯に、ただの木っ端貴族でしかないワシは冷や汗を垂らして沈黙を保つ事しかできない……。
貴重な宝物を有するというのは、貴族にとって非常に大きなステータスとなり、その一点のみで強い影響力ともなり得る。だからこそ、これまで世界にたった一つしかなかった逸品は、これだけの大貴族であろうと血相を変えて求めるのはわかる。
さりとても、結局はあの姉弟次第の話であり、恐らくはその交渉はワシが担わされるのだろうが……。
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