第54話 新事業と姉と鞭

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 本日の狩りを終えて、僕らはアルタンの町に帰還を果たす。スタルヌートとコッロの背には、数百キロにものぼるであろう肉が積載されており、流石にその分足が遅い。だが、この量でも十一頭のラプターたちの前では、二日と持たず消費され尽くしてしまうだろう。

 早急に、あの七頭も使えるように訓練して、狩りの効率をあげなければ、飢えた下級竜たちが、町の近くで手に負えなくなってしまうという、最悪の事態が起こりかねない。

 そんな心配をしていたら、随分と町の壁が近付いてきていた。とはいえ、最初に目指すのは衛兵たちが詰めている門ではなく、壁の外に最近造られた場所だ。街道から少し外れ、町の外につながる下水の近く。簡素な柵と、シンプルというよりは急場しのぎとして、とりあえず造ったといわんばかりの、ドーム状の建物。

 そこが、ひとまずの目的地である。その建物から、一人の金髪の少年が出てくると、恭しくこちらに頭を下げてきた。


「お帰りなさいませ、旦那様。ベアトリーチェ様と配下の方々も、ご無事でなによりです」


 そう言って出迎えたのは、ジーガの元で執事見習いをしていたディエゴ君だ。この、新しい事業を始めるにあたり、とうとうジーガだけでは手が足りなくなり、未熟ながらもその薫陶を受けたディエゴ君を登用したわけだ。

 いまだあどけなさの残る、紅顔の美少年ディエゴ君だが、その能力はかなり高い。アルタンの町一と名高きブルネン商会にて、押しも押されもせぬ目玉商品として売られていた奴隷が、ジーガの元で執事――というよりも、商売とうちのやり方を学んだ結果、もはやお金稼ぎに関しては、僕などよりもよっぽど頼りになる人材に成長していた。

 いや、まぁ、僕だって稼ぐだけならできるよ? グラの才能と、ダンジョンの能力ありきの稼ぎ方だけど。しかもそれも、細かい交渉とかが面倒で、たぶんジーガやディエゴ君からすれば、かなり勿体ない、金ドブなやり方をしていると思う……。


「旦那様、やはり人が足りません……。いまはまだ、件の隊商キャラバンの方々がいてくれるのでなんとかなっていますが、早く最低限の技術を持たせなければ、早晩このの家畜は全滅します」


 本日の諸々の報告を終えたのち、ディエゴ君が幼い顔に似合わない苦渋の表情で伝えてくる。

 そう。僕が新たに始めたのは、牧場である。

 サイタンの町で出会った隊商キャラバンにねだって、その家畜をすべて買い上げ、アルタンの町に送ってもらうついでに、ある程度の技術指導まで頼んだのだ。勿論、相応のお値段はした。ぶっちゃけ、一括では無理だったので、三分割での支払いになっている……。早く、帝国が報酬をくれないと、お尻に火が付いてしまうだろう。

 まぁ、この事業がすぐに上手くいくとは思っていない。ただ、どうせ騎竜を育成するのなら、ついでに他の家畜も育てた方が、効率的だろうという思惑があったのだ。この地域では食用肉の需要が高いし、もしも嵐やなんかで狩りができず、ラプターたちの食糧確保が難しい場合の、非常食ともなる。

 なにより、騎竜らがいれば牧羊犬いらずだし、家畜を狙うモンスターや野生動物に対して、これ以上ない番犬ともなり得る。むしろ、並みのモンスターならば逆に餌が増えるのでありがたいくらいだ。虫と小鬼はノーサンキューだが……。

 なお、案の定新年の宴から戻ってきたゲラッシ伯爵から、慌てたようなラプターについての問い合わせと、勝手に諸外国に売り込まないように、という忠告をされた。それに対し、最初の四頭の内、二頭は帝国の商人であるホフマンさんたちに譲る旨を、手紙に認めて送っている。

 捕獲だけなら僕ら姉弟だけでも事足りたのだが、食糧を始めとした、世話にかかる諸々の費用を、ホフマンさんたちに頼った為、これを無視するのは道義に反するという言い訳をしたが、はてさてどうなるか……。まぁ、ダメだと言われたら、新たに手に入れた七頭の内の二頭を、最初の四頭の内の二頭だと言い張ればいいだけだ。

 もしもダメだと言われたとて、その仁義に悖るやり方を非難する形で、支配者たるゲラッシ伯にいささかの後ろめたさを感じさせれば、今後無理難題を言われたときの布石として使えるだろう。まぁ、あの人はそういう、無理を通して道理を引っ込めるタイプではなさそうだが。


「まぁ、それでもやっぱり、問題は山積しているわけだけど……」

「はい?」

「ううん。こっちの話」


 不思議そうに首を傾げるディエゴ君に、僕は首を振ってから新たな指示をだす。

 新たな従業員として、奴隷を買い集めるよう。ただし、いまのアルタンは養禽事業だけでも、かなりの人数を取られており、圧倒的に人手不足だ。既に裏社会や浮浪者、寡婦や浮浪児まで動員してしまっており、逆さに振ってもなにも出ない状況である。

 できれば近場で済ませたいのだが、そもそもゲラッシ伯爵領は、農業があまり盛んではない為、奴隷市場はそこまで活発ではない。仕方がないので、知り合いの口入屋を通して、なんとか人を確保するしかない。

 以前、ウワタンで頼った口入屋、ガドヴァドだ。あの、トロルのような巨体を思い出しつつ、ウワタン屋敷に人をやって、そこから彼につなぎを付けるよう、ディエゴ君に指示してから、ようやく四頭を竜たち専用の厩舎に連れて行く。

 真新しいが、まるでコンクリ打ちっぱなしのような簡素で寒々しい印象を受ける厩舎内。床には土が敷き詰められ、適度に風通しが良く、また幻術のマジックアイテムを用いて、立木の幻まで用意している。できるだけ、山林の環境を再現した、特別製の厩舎である。

 ラプターたちの飼育が、まだまだ手探りである為、できる限り彼らにストレスを与えないよう、結構コスト度外視で作ってある。

 そしてそんな厩舎内には、七頭の新顔ラプターの他にも、一人の少女と、鞭を構えた我が姉がいた。


「お姉さま! どうか、どうかわたくしめにも、ご命令を!」

「うるさい。いい加減、私を姉と呼んでいいのはショーンだけだと覚えなさい、バカ犬が!」

「きゃいん! は、はいぃ! わたくしは犬ですぅ! バカな雌犬でございます! だからどうか、おね――ご主人様のその鞭で、躾けてくださいませ!」

「うるさいと言っているでしょう……? あなたのせいで、竜たちの調教に支障が出かねません。いい加減にしないと、本当に縊り殺しますよ?」


 ああ、ランさん今日も来てるのか……。その鞭、竜にも多少の苦痛を感じるように作られているから、人間相手だと本当にヤバい威力だぞ……。



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