第55話 竜種の誇り

 とりあえず、ランさんには猿轡を噛ませてから、縛り上げてラプターの隣に転がす。その後、グラに本日の進捗を聞く事にした。


「……一応、それなりに調教は進んでいるかと。ああして、こちらの指示がなければ、人を襲わなくなりましたから。人選には、いささか失敗しましたが……」


 ゲンナリとした表情で告げるグラの視線を追えば、ラプターたちは隣に転がされているランさんを、無視するように寝そべっている。手足を縛られて動けない人間など、彼らからすればいいご馳走のはずだが、四頭は勿論、七頭の方も特に気にかけている様子はない。

 まぁ、本当に、グラに調教されている群れの一部と判断している可能性は否定できないし、もしかしたら、関わり合いになりたくないという意思表示なのかも知れないが……。僕だって、できる事なら関わり合いになりたくはないしな……。

 いまここにいるラプターたちは、僕らとの実力差を理解して、初手で服従を示した頭のいい個体だけだ。つまり、その高い知能でランさんについて、独自の見解に至ったのだろう。

 なお、人選については言及しない。そもそも、グラに声をかけられる相手など、うちの使用人か、彼女しかいなかっただろうし……。使用人に、こんな危ない真似はさせられないと考えただけ、グラの社会性の向上を喜ぶべき状況である。

 その危ない真似を、ランさんにさせている点? まぁ、当人喜んでるし……。面倒だし……。どうでもいいし……。


「どうやら、調教は順調のようだね。この分なら、すぐにでも人を乗せる訓練に移れるんじゃない?」

「それなのですが、最初の四頭に比べると、どうにもこちらの七頭は頭が固いようですね。人を背に乗せるとなると、認めた相手以外は、私の命令でも嫌がります。具体的には、シュマ、フェイヴ、それと通りがかりのフロックス・クロッカスにも頼んだところ、騎乗に成功しました。逆に失敗したのは、ラベージ、ラン、ラスタ、ジーガ、ウーフー、その他従業員たちも軒並み背に乗せようとはしませんでしたね」

「おいおい……」


 それってつまり、最低でも上級冒険者でなければ乗せないって事じゃん……。クロッカスさんは、いまのアルタンにいる、僕ら以外の上級冒険者パーティ【アントス】のリーダーだ。【雷神の力帯メギンギョルド】もいるけど、彼らはフルメンバーじゃない。一応面識もあるが、残念ながらあまり会話をした事はない。何度か挨拶を交わした程度だ。

 まぁ、気さくなオカマさんといった感じで、人当たりも良さそうなので、その内話す機会はあるだろうと思っていたのだが、まさかグラの方が先に関係を構築するとは思わなかった。成長著しい我が姉に、ついつい口元が綻んでしまう。


「ジーガにまでやらせる意味はあったのかな……?」

「いえ、ジーガはシュマにやらせたあと、たまたまこちらに顔を出したところを捕まえて、やらせてみたのです。それまでは、騎乗成功率は一〇〇%だったんですよ?」

「なるほど」


 つまり、グラとシュマさんが成功したから、リッツェたち最初の四頭と同じように、非戦闘員であるジーガにもやらせてみたと。たしかに、その流れだったらベアトリーチェにさせたみたいに、ジーガにやらせてもおかしくはない。


「その後、ラン、ラベージ、ラスタにもやらせてみましたが、背に乗せようとすると、立ち上がってそれを拒みます。データを集める為に、他の従業員でも試しましたが、成功例は〇です。無理に乗せると、振り落とそうとしますね。ランで確認しました」

「ああ、うん……」


 なんだかんだ、グラもランさんの事を『なにをしてもいい相手』という事で、他とは一線を画す扱いをしているんだよな。それが信頼故か、はたまた便利だからかはわからないが……。ある意味特別扱いで、ランさん的にも満足だろう。


「さらにその後、ラプターたちの危険がないか、ギルドから頼まれて確認しに訪れたフロックス・クロッカスに頼んだところ、騎乗に成功したというわけです。ついでに、そのあとに現れたフェイヴにもやらせました」

「なるほど。やっぱり、そこにある一番わかりやすい差異は、戦闘力だよねぇ……」

「恐らくは」


 しかし、そうなるとマズいな……。つまりそれは、あの七頭の調教に成功しても、しばらくは騎竜としては使えないという事になる。ベアトリーチェの騎士二人は、最初の四頭であれば、鞍に跨るだけなら問題なさそうだったが、気難しい七頭の方は無理だろうな……。

 そうなると、やはり狩りの為の頭数が足りない……。天候不順や、帝国の情勢変化の可能性を考慮すれば、いまの内にできる限り、食肉を確保しておきたいのだが……。

 まぁ、シュマさんやフェイヴ、あるいは【アントス】の面々を借り出せばいけるかも知れないが、そんな事をすれば餌代よりも高くつく……。上級冒険者の、一日分の拘束料金など、結構最近はカツカツな財政状況では、考えたくもない出費である。

 仕方ない。狩りの効率に関しては、別の方策を考えておこう。


「その他の家畜たちは?」

「既にに収容済みです。世話人も、半数は本日の仕事を終えて、アルタンに戻っています」

「そっか」


 まぁ、その辺はディエゴ君に聞いてた通りなので問題ない。ただのクロスチェックだ。ただ、やはり家畜の世話をする従業員たちも、ちょっと考えないとな。

 最初の四頭が、あっさりとベアトリーチェたちを背に乗せていた為、当たり前のように彼らに騎竜を操らせて、番犬代わりにするつもりだったが、現状ではそれも無理そうだ。

 勿論、調教次第でなんとかなる可能性もあるし、いまはまだ手探りでいろいろやっていくしかない。

 もう少し厩舎で竜たちを愛でていたいと文句を言うベアトリーチェを、騎士二人に引っぺがしてもらい、僕ら四人はその急繕いの牧場をあとにする。このあとも、いろいろと仕事が立て込んでいるのだ。


 なお、本気でランさんを厩舎に忘れてきた為、このあとアルタンの門を二往復するはめになった……。衛兵にも嫌な顔をされたし、僕だってこんな事で仕事を遅らせたくはなかった……。なお、当人は放置プレイに対し、それなりにご満悦の様子だった。



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