第42話 騎士たちの処遇

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 その日の夜、僕はベアトリーチェの部屋を訪ねていた。正直、宿とはいえ空が昏くなってから淑女の部屋をおとうなうのは、非常にマナーに反している行為だ。僕とベアトリーチェとの間にあらぬ噂が流れる惧れもあるので、正直気乗りはしなかったのだが……。

 しかし、いまは事を急ぐうえ、ベアトリーチェもベアトリーチェで、保つべき体面もない状態である為、それらの諸問題は丸っと無視した。

 ちなみに、当然ではあるが、寝間着姿である彼女が室内着に着替える為に、訪問後結構な時間を、部屋の外で待たされた。きっと、化粧もしていたのだろうが、そういうのに費やされる時間も無駄に思え、ベアトリーチェの肌にも悪いと思うのだが……。適当にするのがWin‐Winではなかろうか……。

 いやまぁ、そういうところに手を抜けないのが女性のさがであるというのは、なんだかんだ女ばかりの家族で育ってきた僕としては自明ではある。だが、その理由を納得しているかといわれると、こういう緊急時にイライラするくらいには、していないと言わざるを得ない。


「エウドクシア家の騎士、ですか?」


 一連の騒動を説明し、最後に、捕えた騎士風の二人がエウドクシア家所属だったと伝えると、ベアトリーチェはきょとんと問い返してきた。


「そう。その処遇をどうするかって話」

「それは、わたくしが決定権を持つ話なのでしょうか?」


 ヘレナに淹れてもらった湯気の立つカップに口をつけつつ、ベアトリーチェが首を傾げる。

 まぁ、彼女の言ももっともだ。捕らえたのは【暗がりの手】であり、彼女たちはそれに一切貢献していない。本当は囮役として使ったわけだが、それはこの際貢献として換算しない方が、僕らにとっても彼女にとってもいいだろう。


「まぁ、そうなんだけれどね。帝国にとっては、このまま殺してしまった方が、後腐れがない。ただ、君にとってはどうかな?」

「わたくしにとって?」

「僕が調べた限り、彼らは時流に乗ってフィリポの――つまりは現エウドクシア家当主の命令に従って、弟のエンツォの下についていただけだ。そして、いまはその事をひどく厭うている」

「まぁ、然もあろう事ですわね」


 誇りを持たぬ騎士など、野盗と変わらないと鼻で笑うベアトリーチェ。

 その意見はもっともだが、正直庶民からすれば、誇りを持っていようと、騎士も野盗も脅威という意味では変わらない。違いがあるとすれば、存在が有益か害悪かという一点のみだ。


「ふぅむ……。つまりあなたは、わたくしにその者らを配下として引き入れろ、と?」


 僕が訪ねてきた理由を推測し、そう問うてくるベアトリーチェ。話が早くて助かる。


「判断は君に任せる。いらないというのなら、ホフマンさんたちにしてもらうさ」

「配下にするとして、わたくしにメリットがございまして? また、裏切りのリスクはどうしますの?」


 そもそも、どうして僕が、常識も無視してこのような時間帯に、女性の部屋を訪ねたのか。こちらの論旨を理解してなお、ベアトリーチェにはそこが判然としないようで、訝し気に問うてきた。


「メリットとデメリットに関しても、最終的には君が判断すべきだ。ただ、このままでは君は、帝国に都合のいい傀儡でしかない」

「それが、あなたたちの目的ではございませんの?」


 まぁ、それはそうなんだけれどねぇ。ただ、だからといって、帝国にとって都合のいいだけの存在となるつもりは、少なくとも僕にはない。


「もしも、帝国にとっての存在が都合が悪くなったら? そのまま消されるつもりか? それとも、なにがあっても唯々諾々と、帝国の奴隷として生きていく事を受け入れたのか? だとすれば、とんだ見込み違いだな」


 僕は鼻白んだとばかりに、ベアトリーチェを見下す。その視線を受けても、彼女は狼狽える事はなかった、その薄紫色の瞳が真っ直ぐこちらを見据えていた。


「少なくとも、僕は帝国に対して、カベラ商業ギルドと【雷神の力帯メギンギョルド】という牽制の為の手札を、二枚は用意した。だが、お前が帝国を信じてすべてを委ねるというのなら、好きにするといい」


 相手は国家なのだ。それが国益となるのなら、条理も仁義も擲って、僕らを切り捨てるという判断を下す可能性はある。勿論そうなった場合、ベルトルッチ平野の領土をどう維持するのかという話にはなるだろうが。

 ベアトリーチェは、しばし黙考してから口を開いた。


「…………。なるほど。たしかに、周りをすべて、帝国の息のかかった者で固めるのは、あまり好ましくない状況ですわね。元来、エウドクシア家に忠節を尽くしてきた騎士ならば、当主が代わった際には、それに従うのも道理です。わたくしに敵対したからと、それを咎め立てするは筋違いというものです」

「彼らが現当主やその弟に対して、悪感情を抱いているのは間違いない。かつてのエウドクシア家が保ってきた権勢と、それに伴って矜持を保てていた時代を惜しんでいるのも。そこは、僕が調べたのだから、間違いない」


 戦闘よりもよっぽど向いている、尋問に幻術を用いたのだから、齟齬はないだろう。生命力の理で抵抗レジストは可能だろうが、いつまでもそれができるわけもない。


「思うところはあるだろうが、いまのお前に、手札をえり好みしていられるような余裕はないだろう?」

「それもそうですわね。少しでも、わたくしの手札を増やさなければ、本当に帝国の傀儡としてしか、生きてゆけませんわ。わたくしは、誇り高きエウドクシア家を取り戻したいのであって、帝国にとって都合のいいだけのお人形になるつもりはございません!」


 ベアトリーチェはそう言って立ち上がると、颯爽と部屋を出ていこうとした。ヘレナが慌てて、それを呼び止める。


「お嬢様、そのお姿で外に向かわれるのは、非常によろしくありません」

「あら、それもそうね。ショーン、外出着に着替えますので、外で待っていなさい」

「はいはい」


 はぁ、またベアトリーチェの着替え待ちか……。ホント、この時間が勿体ないなぁ。ベアトリーチェの容姿なんて誰も気にしない、なんて言ったりしたら、流石にデリカシーが足りていないというのはわかるが、実際誰も気にしないからなぁ……。



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