第41話 悪巧み
「一つ、あなたは第二王国に忠誠を誓っていますか?」
僕は淡々と【
もしもそうなら、第二王国の国益を漸減させる惧れのあるこの計画に、こいつを加えるわけにはいかない。
「いんや。別に、国にはそこまで思い入れはねっすよ。まぁ、やっぱり出身地っすからね、そういう意味での愛着はあるっすけど」
「できれば、是非を明確に答えてもらえないですか?」
「否っす。第二王国に忠誠を誓ってはいませんっす」
うん。反応なし。どうやら本気で、国に忠誠を誓うタイプではないらしい。まぁ、こいつはスラム出身だったらしいし、これまで支配者側から然したる恩恵を受けてきたわけでもないようなので、それもむべなるかなだ。
「二つ、僕らの旅に同行したいというのは、僕らハリュー姉弟の監視の為ですか?」
「まぁ、そうっす。ぶっちゃけ俺っちは、師匠とセイブンから、お二人がまたぞろ面倒事に巻き込まれないよう、見守って来いって言われただけっすよ」
うん。まぁ、これは予想通り。逆にこれを否定していたら、その背後にいるのが誰かわからない為、さっさと追い払っていただろう。【
ただ、手元から離したら離したで、特級冒険者の斥候である彼の尾行を常に警戒しなければならない。機密保持の観点から、それは非常に面倒臭い。また、その場合、フェイヴがどこかに雇われる危険もある。だったらもう、この浮き駒はこちらの手においてしまった方が、手っ取り早い。
「三つ、これから僕らと同行するに際し、その過程で知り得たあらゆる情報を、誰に対しても秘匿できますか? 第二王国だけでなく、パーティメンバーにも、です」
「…………」
流石にその質問には即答できなかったのか、フェイヴが腕を組んで押し黙る。
僕らの監視者としては、失格の行動である。即答できないのも当然だろう。故にこそ、それに見合ったメリットを提示する必要があるわけだ。
「報酬は、妖精金貨十枚です」
「乗ったァ!!」
即答だった。僕がこの仕事で得る報酬の一万分の一だという事はわかっているだろうに。
だが満面の笑みのフェイヴは、実に嬉しそうに、それでいながら卑屈に揉み手をしながらにじり寄ってくる。やめろ、胡散臭い。
「いやぁ、いいっすよね! きちんと報酬が発生するお仕事って! 師匠もセイブンも、俺っちを顎で使うだけ使いやがって! おかげでこっちは、ショーンさんの尾行のついでに仕事しなきゃ、ここ数日はタダ働きだったんすよ! 酷くねっすか!?」
「ああ、それは嫌だな……」
タダ働き程嫌なものは、そうはない。だというのに、世の中は他人にはタダ働きをさせようとする人間がいる。まぁ、積極的にタダを謳い文句にして利益を掠め取ろうとする側もいるので、どっちもどっちといえばどっちもどっちだが。
要は、タダより高い物はない、という事だ。
僕が現段階でフェイヴを信用できないのも、彼にメリットがないからだが、メリットがあるならある程度信じてもいいとは思う。それがダンジョンに関わってこない限りにおいては、という注釈はつくが。
「いつまで経ってもミソッカス扱いで、パシリ扱い! タダ働きさせるにも、限度ってもんはあるでしょうよ!」
「まぁ、たしかに」
僕らを監視する為に、アルタンからこのサイタンまでの旅程を、すべて無料で行わせたとしたら、なかなかにブラックな労働環境である。
まぁ、そう思って頷いてみたものの、僕はこれまでフェイヴが【
それはそれとして、不満もあるのだろうが。
僕はちょいちょいとフェイヴを指で招く。腰を曲げて頭を下げた彼の肩に腕を回し、低い声音で耳打ちする。まるで、余人に憚るような内緒話をする、悪人のように。
「なぁに、フェイヴさんが頼まれたのは、僕らが余計ないざこざに巻き込まれないように見守る、だけでしょう? そして、ゲラッシ伯に届け物をしたように、その道中で別の依頼を受ける事までは、禁じられていない。であれば、僕らを監視しつつ、僕らの護衛として雇われるというのも、別に悪い話ではない。違いますか?」
「そ、そうっすよね。ただの護衛と考えると、報酬が高すぎっすけど……」
「いやいや、フェイヴさんは一級冒険者パーティ所属、上級冒険者かつ特級冒険者の斥候ですよ? それなりの対価を払わないと、その技術に対して失礼というものです。僕は、技術者の腕に対する報酬は、惜しまない性分なのです」
払う立場でも、もらう立場でも。まぁでも、今回の報酬の内訳は、九割方口止め料なんだけどね。
当人もそれがわかっているからか、僕のおべっかには胡散臭そうな顔をしていた。これで天狗になるようなヤツなら、ある意味御しやすいんだけれどねぇ。
「別に、旅の道中で得た報酬についてまで、逐一報告しているわけではないでしょう?」
「そらそうっしょ。俺っちは子供じゃねーんすよ」
「だったらいいじゃないですか。大人として、あちらの依頼をこなしつつ、自らの利益を優先する。自らの利益の為に、元々の依頼を蔑ろにするというのならまだしも、これなら僕らの一番近くで監視が出来ますし、護衛という名目で厄介事から守ってくれればいい。同じ依頼を二つ受けたと思えばいいんです」
勿論、こんなのは詭弁だ。僕ら自身が厄介事に頭から突っ込んでいこうとしている現状を、セイブンさんやフォーンさんたちが知れば、なにをおいても止めにかかるだろう。それが、第二王国にとって不利益となるなら、なおさらだ。
そしてそれは、フェイヴにも判断ができる。だがしかし、一度契約を結んでしまえば、完全にあとの祭りだ。後々そんなつもりじゃなかったと言ったって、ある程度情報を有してからでは、足抜けもできない。
本気で抜けようとすれば、ホフマンさんたちとのガチ喧嘩が勃発するだろう。
僕は、餌をぶら下げた金網の中に、おっかなびっくり入っていこうとするネズミを見ている感覚で、黙って考え込んでいるフェイヴの表情を見詰める。その葛藤の、なんと心地のいい事か。
「……そっすよね」
やがて、ネズミ捕りにかかったフェイヴが、そう言った。にんまりと弧を描きそうになる口元を、なんとか営業スマイルの範囲で抑えて、僕はフェイヴの肩から手を離した。
「では、これでフェイヴさんは僕らに雇用されたという事で、いいですね?」
対するフェイヴは、やれやれとばかりに肩をすくめた。
「まぁ、了解っす。でもあれっすよ? 殺しとか、盗みとかはなしっすからね!? まぁ、ショーンさんがそんな真似するとは思ってねぇっすけど」
うーん、どうだろう……。ぶっちゃけ、僕が帝国に協力する事で、ナベニ共和圏ではそれなりの戦死者が発生するのは間違いない。中世世界の戦争の常識として、現地徴発という名の略奪や、それに伴う殺人が起こらないとは、断言できない。というか、起こるだろう。
それらすべての責任を、僕が一人でこの背に背負うつもりはないものの、責任の一端は担うべきである。
「…………」
「え? ちょ、なんすかその沈黙? もしかして、ガチで押し込み強盗とか計画してたんすか?」
僕が考え込んでいたら、焦るフェイヴが身を引きつつ問うてきた。だが、いまだ契約が成立していないような状態で、これをどう説明するべきか。面倒臭いので、一度【
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