第40話 味方になる条件

 ●○●


 聞き込みの結果、遊牧民ではないものの、生きた家畜を引き連れて商いをしに来た隊商キャラバンがいたらしい。肉はともかく、牛乳は足が早すぎて輸出入には向かないうえ、旅から旅への商売ではチーズ等の乳製品に加工する時間もない。

 そういうわけで、いまのサイタンでは庶民でも乳製品を楽しめているらしい。まぁ、庶民は庶民でも『裕福な』という言葉を冠する人に限られるだろうが。

 しかし、この世界にも隊商なんてあるんだな……。護衛の為の戦力を維持する費用や、大所帯である事の足の遅さを考えると、盗賊や野生動物だけでなく、モンスターまでいるこの世界では、デメリットの方が大きいように思えるのだが……。それだけ、保有する戦力に自信があるという事だろうか。

 まぁ、現段階での第二王国西部での肉や乳の需要と、帝国内での塩と香辛料との需要を考えたら、結構儲かるのかも知れない。勿論、生きて辿り着ける動物の量にもよるだろうが。


「しかし、危なかったぁ……」


 もしいま、サイタンに決済を下せる人間がいたら、隊商の家畜を買い占めれば、ラプター四頭はゲラッシ伯預かりになったかも知れない。まぁ、その出費はどう考えても、領の財政に穴をあける事にはなるだろう。恐らくは、第二王国で補填して余りある金を支払ってくれるだろうが、それまでは大赤字が確実だ。もし仮に、件のご子息君がいたところで、その判断が下せたかどうか。

 あるいは、先の【扇動者騒動】がなければ、徴発という形で取り上げようとしていたかも知れない。そうすれば、出費は最悪餌代だけで済む。

 ただまぁ、いまはもうそんな短絡的な者は、この辺りの官吏にはいないだろう。良くも悪くも、あの騒動で僕らの名前は、ゲラッシ伯とその麾下の者には知れ渡った。僕らと直接揉める方が、伯爵領全体にとって悪影響であると判断するはずだ。

 そうでなければ、まぁ、実際に悪影響を及ぼせばいいだけだ。

 なんにしても、こういうイレギュラーはやめて欲しい……。あとから、危ない橋を渡っていたと気付くというのは、危機に直面するよりも嫌な汗が流れる。

 とはいえ、その隊商に罪はないので、そちらへ赴いていろいろと交渉させてもらった。先方も然る者で、既に僕らがラプターを従えたという情報を得ており、顔繋ぎも兼ねての商売は上首尾に終わった。


「いやぁ、なんだかこの旅はのんびりできていいですね」


 前回のバカンスはなんだかんだで忙しく、観光どころではなかったのだが、今回はかなり穏やかな日々が送れている。どちらが休暇かと問われれば、迷わずこちらと答えられるくらいには、実に優雅ではないか。


「ショーン様……」


 まぁ、そうですよねぇ……。

 いつの間にか人ごみの間から近付いてきたベルントさんが、固い声音で耳打ちしてくる。


「宿に残っていたベアトリーチェ様を襲撃しようとした、騎士風の二人を捕えました。彼らの狙いはやはり、彼女だったようです」


 可能性としては他にもいろいろあった。僕らや、ホフマンさんたちだったり、あとはまぁ、ジスカルさんの商売敵だったりだ。だがやはり、タイミング的にもベアトリーチェ狙いという可能性が一番高かった。

 だからこそ、あえて二人を宿に残してみたわけだ。

 結果、僕らというわかりやすい戦力の不在をチャンスとみた襲撃者は行動を起こし、それを手ぐすね引いて待っていたホフマンさんたちに、あっさりと捕まったというわけだ。

 どうしてこの状況で、一番のウィークポイントであるベアトリーチェたちが、フリーであると確信したのだろう。どう考えたって罠を警戒する場面だろうに……。短絡的というかなんというか……。途中で頭数を減らした事といい、どうにも敵方にやる気というものが感じられないな。

 ちなみに、ベアトリーチェたちに、囮にするという事は伝えていない。まぁ、なにもなかったので、別にいいだろう。

 個人的には、もう少し観光を楽しみたかったのだが、今後のナベニ侵攻を考えれば、ベアトリーチェに関する情報はあった方がいい。彼らが有しているであろう情報は、僕らにとっても帝国にとっても重要だ。


「はぁ……。案内してください。あ、フェイヴさんはここで別れましょうか? 間違いなく面白い話にはならないでしょうし」

「ええ!? そんなつれない事言わないで欲しいっす! 俺っちだって、いろいろ気になるっすよ!」

「いやでも、そもそもフェイヴさん部外者じゃないですか。というか、本来の依頼はいいんですか?」

「それはさっき、役人に直接荷物を手渡して終わりっす。この後の予定はフリーっすよ!」


 じゃあ帰れば? と思ったが、口にはしない。流石に、そんな邪険な扱いは軋轢になるしね。


「ではとっとと帰ればいいでしょう。我々が、部外者がいる状況ではできない話があるのも承知しているでしょうに、図々しい」


 あー……、うん。そうね。グラは言っちゃうよねぇ、そういうの……。

 帰ったら、もうちょっと対人訓練を積もう。あの、グラにベタ惚れだった魔術師だったら、喜んで付き合ってくれるかな。


「ひ、酷いっす……。だ、だったらアレっす! 俺っちも、皆さんの計画とやらに一枚噛ませて欲しいっす!」

「いえ、信用できないんで大丈夫です」


 今度は僕がきっぱりと断る。なにが悲しくて、利害関係もない一級冒険者パーティのメンバーなんぞを、行きずりで加えなければならないのか。そんなもの、単に情報漏洩や裏切り者が紛れるリスクを孕むだけで、メリットらしいメリットがないではないか。

 完全に僕らの味方になってくれるというのなら話は別だが、フェイヴ側のメリットがないというのは、納まりが悪くて信用できない。それならまだ、ウル・ロッドから手を借りた方がマシだ。


「フェイヴさん。ここから先は、洒落や冗談で終わらせられない領域です。本気で今回の件に取り組むつもりがない人間は、ハッキリ言って邪魔です」

「…………」


 僕が真剣だと察してか、フェイヴも常のヘラヘラとした表情をひそめて、真っ直ぐにこちらの目を見てくる。まぁ、彼の真意は監視だろうから、ここで僕らから目を離したくないというのは理解できる。特に、キナ臭そうな計画とやらが、ちらほらと耳に入っているのなら、なおさらだろう。

 とはいえ、こちらとしても背後関係が見えないこいつに、周りをウロチョロされると邪魔なのだ。


「では、三つの質問に、嘘偽りなくお答えください」


 僕はそう言って、手の平の上に理を刻む。非効率な為多少時間はかかるが、それでもものの数十秒で術式の構築は完了する。


「【真実は一つウェリータースウィンキト】」


 これの効果は、ただ相手の嘘を吐くという意識に反応して、光るだけの幻術だ。この『光る』という部分の理も、比較的簡単に他の理につなげられる為、結構いろいろな術式に用いられている。

 たぶん、この世界では【安らかな眠りをレクゥイスエスカトインパーケ】の次くらいには、需要のある幻術だと思う。普通に生命力の理で抵抗レジストできたり、当人に嘘を吐いている自覚がないと発動しない等の抜け道がなければ、間違いなく不動の一番だっただろう。そういえば、ウルさんもこの【真実は一つウェリータースウィンキト】が付与されたマジックアイテムの指輪を持ってたな。

 フェイヴに【真実は一つウェリータースウィンキト】をかけると同時に、彼の背後で鯉口を切る音がする。そこにはグラがおり、彼が生命力の理や、なんらかの別の手段で嘘を吐こうとすれば、即座に斬り捨てると、行動だけで示している。また、僕の隣にいるベルントさんも、剣呑な気配を放ち始めた。

 唯一、この場ではフラットな立ち位置のシュマさんだけが、我関せずとばかりに露店で売っていた、塩コショウと香辛料を用い、オーブンで焼きあげた牛の骨髄を、もくもくと木匙でほじって食べていた。

 美味そうだな……。



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