第39話 サイタンの町の食べ歩き

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 やはりというべきか、サイタンの門で四頭のラプターは問題となった。だが、幸いな事に、ゲラッシ伯の配下には僕ら姉弟の事を知っている者もおり、その人のとりなしで、ひとまず四頭はゲラッシ伯が有している施設で預かってもらえる事になった。

 ただし、いま現在ゲラッシ伯は第二王国の新年の行事の為に王都へ赴いている為、面会は叶わないとの事。また、その間のラプターたちの餌を、伯爵領で賄う事も出来かねるという。

 まぁ、当然だけどね。でも、そうである以上、このあと一、二頭消えてたって、文句は言えないよとだけ、忠告しておいた。


「一応、伯のご子息であるディラッソ様が、当主代理としておられるのですが、いまはモンスター討伐で、騎士たちを率いて当地を離れておられます。あと数日もすれば、戻って来られるとは思いますが……」


 僕を知っている官吏の人は、申し訳なさそうにそう言う。

 要は、その間のラプターたちの食費をどうするのか、という話だ。無理をして伯爵領で賄えば、領の財政や、民の食料を圧迫する。しかもこの年末にだ。

 つまりそれを、僕に担わせたいのだろう。それ自体はやぶさかではない。そもそも、二頭は帝国に売り払う予定なのだ。ここで伯爵領が無理をしてでも保護すると言われた方が、ちょっと困る。まぁ、ある程度はわかっていた事だ。

 以前、カメラのマジックアイテムを作って届けた際に、ゲラッシ伯から直接、この時期は領主として王都に出向くという話は聞いていたしね。なお、カメラのマジックアイテムは、構造的には全然カメラではない。だが、白黒とはいえ紙にその映像を残すという機械はなかなか珍しかったようで、結構重宝されているらしい。


「とりあえず、明後日までお願いします。それまでなら、餌も預けた分で持つでしょう。その後は、餌の確保の為にも、僕らは町の外で野営します。適当なタイミングで戻ってきますので、ゲラッシ伯のご子息にはそうお伝えください」

「はい。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる官吏に背を向け、僕らは宿へと戻った。

 ひとまずはこれでいい。流石に、ラプターを手に入れたのを黙って帝国に売り払うのは、第二王国に睨まれそうなので却下。なので、維持に窮して、旅の仲間であり、ラプターたちの食費を賄ってくれたホフマンさんに売った、という体裁をとる事にしようと思っている。

 まぁ、僕らが自前で餌を調達できると知れれば、こんな嘘は早々に露見するだろうが、向こうに落ち度がある以上は、うるさい事は言うまい。そもそもが濡れ手に粟なのだ。四頭の内、二頭が手に入るのだから、それで納得してもらいたい。

 もしも僕が、他のラプターも手懐けられるなら、そっちの方が重要だろうしね。なお、本当に同じやり方でラプターが馴致できるのかは、まだ全然自信がない話だったりする。

 やっぱり、こんな簡単な方法で従えられるなら、これまでダンジョンコアや人類国家がやっていないわけがないと思うんだよなぁ……。ダンジョンにとっても、それで受肉したラプターが大人しくなるなら、わざわざ外界に放たなくてもいいという話になるし。


「まぁ、それは第二例が現れてから考えるべきか。現状じゃ、仮説以上にはならないしね……」

「どうしました、ショーン?」

「いや、ちょっと考え事」


 サイタンの大通りを歩きながら独り言を零したら、グラが首を傾げつつ問うてきた。なお、いまの一行は僕、グラ、フェイヴ、シュマさんの四人だけである。

 ラプターたちを領の施設に預けるだけだったし、スパイであるホフマンさんたちは、あまり官吏たちに顔が売れるのを望まないだろうという配慮から、別行動を提案した結果だ。ちなみに、ベアトリーチェは、宿でダウンしており、ヘレナはそれにつきっきりだ。明日も筋肉痛だろう。


「ショーン君。あれ食べよ」


 シュマさんが指差す先には、肉串が売っていた。しかも、伯爵領では珍しい羊肉の串焼きだ。


「いいですよ。人数分買いましょう」

「え? ショーンさんの奢りっすか?」


 図々しいフェイヴのセリフに、僕はため息を吐いて肩をすくめる。別に屋台の食べ物をいくつか奢るのを惜しむ程、汲々とした財布事情ではないのでいいのだが、フェイヴの奢られて当たり前という態度にはイラっとする。

 なにが悲しくて、年上の男に奢らないといけないのか……。


「んん……」


 ラム肉特有の味わいを、シュマさんが目を瞑って堪能する。彼女は食事を邪魔されるのをなにより厭うので、こういうときは放っておくのがお互いにとって最善だ。


「んめぇ! アルタンだと、肉っていったらウサギか鳥っすからね。最近は、ショーンさんの事業のおかげで、鳥肉は十分にあるっすけど、やっぱこれくらいガッツリした味の方が、食いでがあるんすよね」


 一方、そんな情緒とは無縁なフェイヴが、取りようによっては僕らの事業に対する当てつけ紛いの事を言う。まぁ、こいつにそこまでの裏表などないのだが。


「これは帝国からの輸入品ですかね? この町だと、安く仕入れられるのかな?」

「もしかしたら、遊牧民が枝分かれしてゲラッシ伯爵領にも進出してきたのかも知んないっすよ? まぁ、もし本当にそうだったら、噂にならないわけがないんで、まずないっすけど」


 美味そうに肉を咀嚼しながら、行儀悪くそう嘯くフェイヴ。

 第二王国は、以前遊牧民族に滅ぼされかけた経験があるからな。国内にその系譜が入り込んだとなれば、神経質にもなるだろう。そんな噂が一切ない以上、やはりこれは輸入品である可能性が高い。

 帝国に敗北した遊牧民族は、しかし根絶やしにされたわけではない。いまでは帝国の一民族として、あの国を形成する主要な氏族の一つとなっている。元々帝国は、南北民族大移動時に、北の妖精半島から追い出された流民の末裔が集まってできた国家だしな。


「ショーン君。あれ、なんだろ?」

「あれは氷菓子の一種で、たぶん牛乳が使われたものですね」

「牛乳!? そんな高価なものを?」


 シュマさんが、無表情で驚いているのが面白い。フェイヴも驚いているようだ。

 第二王国じゃ、乳製品は滅茶苦茶高価だからなぁ……。いっそ、乳を搾れるモンスターとか、ダンジョンに配置したら人気が出るかも知れない。いや、ないか。



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