第38話 黒土地帯

 ●○●


 さらに数日後、僕らはようやく第二王国最西端の町、サイタンへと辿り着いた。といっても、まだ丘からその外観が確認できただけだが。


「おおっ! あれがサイタンですか!」

「そっすよ。流石に、アルタンやシタタンよりも大きいっしょ?」


 僕の感嘆に、なぜか得意げに答えるフェイヴだったが、その言葉自体に間違いはない。

 流石はゲラッシ伯の居城がある町だけあって、僕がこの世界でこれまで見てきた、どの町よりも大きく、発展している様子だった。ただ、単純に栄えているというよりも、外敵に対する防御を意識した城塞都市といった風情であり、立派な城郭に投石機やバリスタ、あとはなにやら、巨大な剣のついた大砲のようなものが、遠目からも確認できる。あれも、マジックアイテムの兵器だろうか。

 軍用マジックアイテムは、いくら金やコネがあってもなかなか手に入れられない代物であり、こうして実際に目にする機会は貴重だ。まぁ、ダンジョン攻略に用いられる事は稀なうえ、実際に使われている状況を目にする機会もない為、あくまでも遠目から観察する程度しかできないが。


「やはり、アルタンやシタタンとは一線を画す作りですね」


 僕がサイタンの町の全容を確認しつつ感想を述べると、フェイヴが訳知り顔で頷いた。


「なんせ、最西端の町っすからね。第二王国も王冠領も、この辺りを領有した際には、それなりに手厚く防備を揃えたみたいっすよ。そのときは、現ゲラッシ伯はまだここの領主じゃなかったっすしね」

「へぇ。まぁ、第二王国にとっては、以前の悪夢が再来するのは、なにより避けたい事でしょうからね」


 以前の悪夢というのは勿論、かつてこの辺りを縄張りにしていた遊牧民たちの、第二王国侵攻である。この攻撃によって、第二王国は直系の王族が全滅してしまい、いまなおその後継が決められずにいる。

 第二王国の民には、未だに根強くその悪夢が脳裏に焼き付いている。だからこそ、サイタンはこうして立派な要塞都市となったようだ。


「でも、たしかに堅固な城塞ですけど、実際に第二王国と帝国とが戦争になった際は、この立地で守り切れるんですか?」


 僕らがこの旅で通ってきたように、このサイタンはアルタンの町から峠を越え、シタタンを通って、ようやく辿り着くような場所だ。僕らはまだ、少人数だったから数日で到着できたが、集団の人数が多くなればなる程、その足は遅くなる。また、隘路である峠道は、大軍が一度に通り抜けられる場所でもない。

 そうなると、一旦帝国と戦争になったとしても、サイタンに兵力を結集させるまでには、尋常ではない時間が必要になってくるはずだ。もしも突発的に戦争が起こったとしたら、援軍はまず間に合うまい。


「うーん……、流石に軍事的な事はよくわかんねっすけど、たぶん無理じゃないっすかね」


 どうやらフェイヴも同感だったようで、あっけらかんとそう言った。

 まぁ、そうだよね。いくらアルタンよりも大きな町といっても、総人口は十万程度の都市だ。いや、それでも普通にデカいが、人口における兵士の割合は二、三%が最大だったはずだから、戦時動員できるのは多くおおよそ二〇〇〇程度だろう。

 ここに、周辺の農村から徴兵したとしても、いって五〇〇〇~七〇〇〇といったところか。つまり、サイタンの兵力はいいところ一万程度という事だ。

 とてもではないが、一国を相手に抗し切れる兵力ではない。勿論、あの町がコンスタンティノープルのような防御力極振りの要塞都市であれば話はまた別だが、残念ながらどう見てもそこまで立派なものでもない。

 まぁ、立地的にコンスタンティノープルのような都市を築くなら、サイタンじゃなくウェルタンだろう。


「時間があれば、伯爵領の他の町や村からの援軍も期待できるんでしょうけどね。シタタンからなら、比較的短時間で援軍が駆け付けられるでしょうし」

「でもシタタンって、アルタンと同じ宿場町で、周囲に農村が少ないっすからね。ぶっちゃけ、集められる兵士の数は微々たるもんっすよ?」


 まぁ、それもたしかに。誰が好き好んで、竜さえ出現するパティパティアの山中に、村を拓くというのか。わざわざパティパティア山中に鍬を入れるくらいなら、帝国の黒土地帯チェルノーゼムまで逃れてから、開拓したいのが人情だろう。そちらは、モンスターからの被害も比較的少ない。

 黒土地帯というのは、腐植層が降水量の少ない天候で流出せず、堆積した場所で、非常に農業に適しており、【土の皇帝】とすら称されるらしい。まぁ、そんな肥沃な地帯も、最近までは農業に使われず、遊牧民たちが割拠してたんだけどね。

 神聖教が連合を構築してまで、遊牧民を排除しようとしたのも、この黒土地帯を農耕民族の手に取り戻して、北大陸全土の食糧生産量を高めたかったのではないかという見方もある。そのせいで、この地域一帯では、遊牧民からの食肉供給が減って、肉が高騰しているわけだが……。


「いち王国民としては、ゲラッシ伯には是非とも頑張ってもらいたいですね。アルタンまで帝国兵が押し寄せないように……」

「適当っすね……。まぁ、俺っちも同感っすけど。厄介事はこっちに飛び火しないところで始まって、関わり合いにならない内に終わってくれってもんっす」


 まぁ、大丈夫だろう。いまの帝国に、第二王国と正面切って戦をできるような体力はない。サイタン、シタタンを落としたところで、パティパティアを間に挟んでの睨み合いになるわけだが、そうなると帝国は、塩とスパイスの供給源が絶たれてしまう。

 とはいえ、その状況もナベニポリスを取ったら、変わってくるだろうが……。



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