第37話 ビバ、拝金主義!
●○●
「ショーン様……」
「ん……?」
睡眠をとっていたら、枕元から潜めた男の声がして目を覚ます。咄嗟に枕の下に忍ばせていた【鎧鮫】の柄を掴むが、直後にそれがホフマンさんの声だと気付く。
「どうしました?」
「我々を尾行していた冒険者風の連中が、二名の騎士風の者との合流後、離れていっておるのです。そちらの口を封じてこようと思うのですが、よろしいですか?」
「……まぁ、いいんじゃないですか?」
正直なところ、どちらでもいいというのが本音だ。恐らくは、万が一にも僕らやカベラ商業ギルド、あるいはウル・ロッドの手の者だった際にも、問題とならぬように確認してきたのだろう。
ウル・ロッドは既にこの件からはほとんど足抜けしているので問題ないし、カベラもシュマさんという手勢を送り込んでいる以上、無為にこちらとの関係悪化を招きかねないスパイなど放つまい。もし放っていたとしても、その場合はこちらに気付かれた時点で、消されても文句は言えまい。
結論として、その尾行者たちが【暗がりの手】に囚われようと、僕らには関係がない。
その連中が、どれだけ僕らの情報を持っているのかはわからないが、僕らにとってのデメリットはそこまでない。人工ダンジョンについては、周知されてしまうのは少し困るが、秘密裏に知っている人間が増えるのはそこまで困らない。
まぁ、あの夜は十分に警戒して実演したから、見てないとは思うけどね。帝国にとっては、まだ誰にも知られるわけにはいかないだろうし。
「わかりました」
ホフマンさんが冷たい声音でこくりと頷く。瞬間、部屋の中をいくつかの人影が、音もなくスルスルと動くのが確認できた。
僕、ホフマンさん、フェイヴの三人で使っていたこの部屋に、他の闖入者がいたという事実に、いまのいままで気付かなかった……。もっと緊張感を持たないと……。いくらスペアの利く依代だからといって、DP消費的に使い捨てにできるようなものではないのだから。
「うん? しかしそうなると、いま僕らについているのは、残った騎士風の二人だけという事ですか?」
それはそれとして、気付いた事をそのままホフマンさんに問う。
「ええ、そのようで」
「となると、襲撃の可能性は低いと見るべきでしょうか……。わざわざ、襲う前に手勢を減らすとは考えづらいですし……」
「さて。冒険者が相手であれば、単純に依頼料の折り合いが付かなかった、という事も考えられます。あるいは、腕と口の堅さに信頼をおける者だけで画策しているのやも……」
「なるほど。気を抜くのは早すぎましたね……」
ついさっき、緊張感が足りないと実感したというのに、目の前の情報を自分たちに都合良く解釈してしまった……。ホフマンさんは苦笑すると、彼も腰を上げて部屋から出ていく。襲撃に加わるのか、単に部下に指示を出しに行ったのかはわからないが、尾行者たちの冥福を祈ろう。まぁ、相手も野生動物やモンスターを相手に、切った張ったを生業としている冒険者なので、必ずしも彼らが勝てるとは限らない。
その勝敗がどうなろうと、結局僕らには関係ないが。
「ショーンさん、あの人たちとなにしてんすか……?」
暗闇の蟠る部屋に、ハッキリとフェイヴの声が響く。どうやら起きていたらしい。
「まぁ、いろいろと面倒な事をしていますが、僕の個人的な見解としては、単純にお金儲けを企んでいます。それ以上でも、それ以下でもありません」
まぁ、表向きにはね。
「へぇ。それって、どれくらいの儲けになりそうか、聞いてもいいっすか?」
「いいですけど、他言無用ですよ?」
「え? ホントにいいんすか?」
僕が答えると思っていなかったのか、調子っ
「別に構いません。無闇矢鱈に言いふらさないなら、セイブンさん含め【
「やっぱ帝国っすか……。じゃあ、あのホフマンさんは【
やっぱり、ゲームの商人キャラみたいな外見しといてあの人、凄腕のアサシンユニットらしい。くわばらくわばら……。
それから一拍、室内の闇に沈黙が滲んだところで、僕は今回の件の取引額を明言する。
「妖精金貨十万枚です」
その額は流石に予想外だったのか、フェイヴが寝床からガバッと身を起こす。それから、事の重大さを再認識してか、周囲に目を配ってから、声を潜めて訊ね返してくる。
「マジっすか……?」
「マジですよ。だからジスカルさんも、この一行にシュマさんをつけたんでしょう。まぁ、カベラ商業ギルドは僕らと帝国との取り引きも、その額も知りませんが。凄いですよね、あの人の嗅覚……」
元々は、シュマさんがウチで食事をするついでに居合わせただけだったというのに、いまや帝国のナベニ侵攻にガッツリ食い込んでいるのだから。
なお、どうやらシュマさんは、ジスカルさんからタルボ侯宛の書状を預かっているようだ。内容はまぁ、軍需物資の格安提供を餌に、今回の一件に参入し、商圏を帝国側に広げる布石だろうな。
カベラ商業ギルドは、スティヴァーレ半島、第二王国、キャノン半島という北大陸南東に大きく影響力を有している。また、南大陸のショーア半島や、北部にもそれなりに影響力を持っている。要は、地中海を中心とした交易が、彼らのメイン武器なのだ。
それが、ここにきて北大陸北部にまで影響力を広げようという腹積もりらしい。あとはまぁ、彼らにとって海洋国家であり、商売に軍艦まで使うジェノヴィア共和国とナベニポリスは、商売敵も同然の相手だしね。
あとは、僕らと帝国がどんな商売をするのか気になっている、といったところか。上手くすれば、そこに食い込む事もできると踏んでいるのだろう。
「はぁ……。なんか、全然俺っちの手に負えるような規模じゃねーんすけど……」
「僕の手にだって余りますよ。国家間のあれこれなんて、できれば触りたくないですからね」
「じゃあなんでこんな事を?」
「それは勿論、お金です!」
僕も体を起こして、満面の笑みで人差し指と親指で輪っかを作って見せ付けると、呆れ半分、納得半分の顔でフェイヴが言う。
「はぁ……。まぁ、妖精金貨十万枚っすからね……」
お金っていいよね。それだけで、余計な言い訳をしなくてもいいし、あればあるだけ人間社会における自由度が確保できる。ダンジョンにも、お金みたいな概念があればなぁ……。
そしたら、グラを神様にするのが、格段に簡単になるのに……。
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