第36話 刃旋風のシュマ

 アルタンまで戻ってきた我々は、ベアトリーチェ様に付けていた冒険者たちから報告を受けた。だが、それは頭の痛くなるものでしかなかった。

 もしも、件のマフィアどもが、当初の予定通りベアトリーチェ様を娼館に売り払ってくれていたら、我々の任もここで終わっていたのだが……。

 だが、どうやらそうは問屋が卸さなかったらしい。よりにもよって、彼女を連れた一行は、帝国方面に旅立ったという事だった。一応、一パーティがそちらの尾行も続けているが、シタタンやサイタンで売られるという事は、まずないと見るべきだ。


「わかった。お前らへの依頼は、ひとまずこれで終了だ」

「へい。ああ、それと【旋風ウィリーウィリー】と一緒にいたガキの情報もありやすが、どういたします?」


 冒険者の男がそう言って、物欲しそうに細められた目でこちらを見てくる。要は、情報料の催促だ。


「わかった。それも教えろ」


 私はそう言って、フェレイラ銀貨を一枚投げ渡す。満面の笑みでそれを受け取った冒険者は、すぐさま少年の情報を語る。その内容に、我々の表情は一段と曇っていくのだった。


「幻術師の【白昼夢の悪魔】だと? 聞いた事がないな……」


 しかし、単独でダンジョンの主を倒したというのは眉唾だが、単独で竜種を倒せたという噂はどう見るべきか。また、二〇〇〇人超の群衆を瓦解させしめた、地底から死神を呼び出す幻術というのも、いかにも大風呂敷臭い。

 だが、我々はその少年が、幾体もの小鬼を歯牙にもかけない様子を確認している。少なくとも、それなりの実力者であるという事は間違いない。すべてを噂と断ずるのは早計だろう。だが、だとすれば、どこまで信じればいい?


「ベルトルッチまで名が轟くようなもんじゃなさそうでやすが、この町じゃたいそう恐れられているようです。冒険者としても四級らしいですし、ガキで幻術師って割には、すげぇ剛力って話でさぁ。あ、これは噂話なんで、どこまで信じられっかは、わかんねえっす」

「ふむ、上級冒険者か……。少なくとも、ギルドが相応の実力があると認めている、という事だな」

「へぇ」


 そうなると、ただの大口少年というわけではないのだろう。私は、情報の追加報酬として、シヴァーナ大銅貨を投げ渡して、冒険者どもと別れる。


「シモーネ様、いかがいたします?」

「【白昼夢の悪魔】とやらの実力が話半分だったとしても、【刃旋風アッシュデビル】と一緒だという時点で、我々だけでは手に余る。ひとまずは、そのあとを追うしかあるまい」

「暗殺の機会があると思いますか……?」

「…………」


 私は答えず、替え馬を曳いて町の門へと向かった。それこそが答えだと理解した部下も、渋々とばかりに馬を曳く。

 そもそも、あのシュマがいる時点で、我々二人ではどうしようもない。【旋風ウィリーウィリー】【刃旋風アッシュデビル】、忌み嫌う者は単に【斬り裂きシュマ】と呼んで恐れる、いくつもの異名持ちの軽戦士。スティヴァーレ半島において、彼女の名を知らぬ者はいない。当然、その異名はベルトルッチ平野にまで轟いている。

 一時期、片手を失ってその戦闘能力を大幅に減じさせたらしいが、すぐにカベラ商業ギルドに匿われる形で、かつて以上の脅威となって戻ってきたという話は、スティヴァーレ圏の冒険者たちにとっては、一種の怪談らしい。そこにきて、得体の知れない悪魔まで加わっているとなれば、間違っても敵に回したくない相手だ。

 だが、主命は主命。騎士たるもの、目標がいかに困難であろうと、それが主人からの命令であれば、その達成に全力を尽くすべきだ。


 ●○●


 馬を駆り、パティパティアの峠を駆け抜けた我々は、シタタンを抜けた農村の一つで、ベアトリーチェ様に張り付けた冒険者たちと合流を果たす。しかしそこでもまた、我々は最悪の報告を受ける。


「竜を従えた、だと……? ベアトリーチェ様がか?」

「いんや、従えたのは【白昼夢の悪魔】の方だな。ただ、お嬢様の方も普通に乗りこなしてるように見えたぜ。足や腰のラインが丸わかりのズボンが、スゲーエロかったぜ」


 下卑た顔で付け加えた下世話な言葉にも、私は驚嘆を禁じ得ない。あのベアトリーチェ様が、庶民のようにズボンを履く? しかも、この下品な男が言うような、煽情的な代物を? にわかには信じられん。

 乗馬も嗜み程度に、横乗りができるだけのお嬢様が、いきなり竜を乗りこなせると言われて、どうして信じられるだろうか? 私も、以前ポンパーニャ法国に赴いた際に、彼の国が有する騎竜を目にする機会に恵まれたが、自分があれを乗りこなせるとは、露とも思えなかった。

 なにより、竜は頭が良く誇り高いのだ。群れの長として認めていない者に従う事はない。

……いや、元々尊大で、矜持が服を着て歩いているようだったベアトリーチェお嬢様だから、竜を従えたといわれれば、脳裏にその姿が如実に思い浮かぶのだが……。だからといって、本当に竜を従えているというのは……。


「本当に竜だったのか? なんかこう、竜っぽいトカゲ系のモンスターだったとかは……?」


 冒険者からの報告を信じられず、部下が問い返すと、その者は不機嫌そうに顔を顰める。

 だが、私も部下と同じ思いだった。たしか、モンスターの中にはいかにも竜のような外見の、フェイクドレイクとかいうのがいるという話を聞いた覚えがある。ベルトルッチにはモンスターが少なく、私もあまりモンスターには詳しくないが、それでもやはり、竜に関してはいろいろと聞き齧っている。

 だが、そんな私たちの浅知恵を、冒険者であるその男は鼻で笑う。


「フェイクドレイクとラプターを見間違うかよ。最下級とはいえ、竜は竜だ。なにより、群れたラプターの厄介さを知らねえなら、ご大層な口を聞いてんじゃねえ。あれとフェイクドレイクを一緒にするとか、騎士と野盗が武器を持ってるから同類っていってるようなもんだぜ」


 そう言って地面に唾を吐く冒険者。いくらなんでも無礼にも程があるとは思うが、それだけ彼らの中の竜というのは、大きな存在なのだろう。冒険者にとって、竜殺者は一種のステータスだという話は聞いた覚えがある。勿論、その種類や状況にもよるらしいが。

 この者らは、元々はスティヴァーレ半島で活動をしている冒険者だ。つまりはそれだけ、我々よりもモンスターには詳しいという事。その意見を蔑ろにするのは、愚かな真似だ。


「彼らが竜を従えたという点は、ひとまず了解だ。我らはこのまま、主命により尾行を続行する。お前たちはどうする?」

「まぁ、おあしが出るってぇなら、付き合うのはやぶさかじゃねえぜ? ただ、あの集団に仕掛けるってぇなら、ごめん被る」


 最悪襲撃を仕掛けねばならない以上、行動を共にする事はできない。彼等にはこれまでの依頼料を支払い、ここで別れる事とした。



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