第31話 暗がりの手

 ●○●


「はぁ……。ダメだな。海賊風情が相手では、まるで参考にならん」


 私はマジックアイテムの単眼鏡を下ろして、部下に告げる。


「あれだけの数があっても、件の幻術は使いませんか?」

「どうやらそのようだ。ちまちまと、どちらも武器を手に戦っている。生かして捕えようとしている節があるな」


 だから件の幻術を使わなかった? だとすれば、場面と駒のチョイスを間違えたといわざるを得ない。生かして捕えているのは、操船技術を持つ賊を残して、ゴルディスケイル島まで航行させるつもりか。


「仕方あるまい。ショーン・ハリューの持つ武器の能力だけでも知れただけ、マシだったと思おう……」

「ランブルック隊長。逃走している賊どもはどうします?」

「処理しておけ。ヤツらの口から漏れた言葉が、巡り巡って姉弟の耳に入ると良くない。心配のし過ぎかとも思うが、あの姉弟はとんでもないトラブル体質のようだからな。関係悪化はなるべく避けろ」

「は」


 部下が小舟から海に飛び込む。すぐに隣にあった小舟に乗り込むと、それはオールを漕いで我々から離れていく。あの海賊どものねぐらである小島に戻り、口封じに動くはずだ。

 とはいえ、拘束された海賊連中から、何者かが姉弟を狙っている点は露見するだろう。幸いな事に、いま姉弟を取り巻いている状況は混迷している。自分たちに敵がいるのはわかるだろうが、即座にそれが我々であるとまでは辿り着けまい。

 しかし、コ・ケーシィ諸島を追い出されたような木っ端海賊では、やはりなんの役にも立たなんだか……。


「ランブルック隊長」


 別の部下が声をかけてくる。その男の示す先に、海原にポツンと豆粒のような船影があった。単眼鏡で確認すれば、どうやらあれもまたこちらの手の者が用意した船のようだ。とはいえ、あちらは三本マストの立派な商船に偽装してある。

 海賊に潜入していた我々を拾いに来たのだろう。私は部下に指示を出し、商船に近付いていく。もはや、あの戦いで得られる情報はあるまい。隠密は引き際が肝要なのだ。


 やがて商船と合流した我々は、甲板にて陸にいた部下からの報告を受ける。その一つに、私は眉をしかめた。


「【客殺し】のチューバが? ヴェルヴェルデ大公は、姉弟と良好な関係を築こうとしていたのではないのか?」


 チューバの詳細な情報は流石に待ち合わせていないが、噂を聞く限り、間違っても交渉の役には立たない男だ。むしろ、障りとなる事が容易に想像できる。どうしてそのような人材を、この場面でウワタンの町に送る? 考えるまでもないか。

 私の予想を肯定するように、部下が言葉を続けた。


「そのようですが、ウワタンにはドゥーラ大公やラクラ宮中伯の手の者もおります。交渉が失敗し、他所の選帝侯に姉弟を取られるのを惧れ、始末の為の手札を送り込んできたのだと思われます」

「まぁ、そうだろうな……」


 つまりは、第二王国内の政争の具として姉弟を取り合っている、という話だ。こういう状況は、上手く利用すれば相手国の政情を混乱させ、帝国の利ともできる。ただ問題は、その混乱がスパイス街道上で起こると、帝国の害にもなり得るという点だ。

 ただでさえ香辛料の値段が青天井に上がり、塩まで高騰し始めている状況で、ゲラッシ伯爵領においてこれ以上の混乱が起こるのは、帝国にとっても看過し難い事態である。


「双子聖騎士の【甘い罰フルットプロイビート】もまた、姉弟を狙っているような動向が窺えます。また、この二人もゴルディスケイル島に渡る手筈をしている模様。放置すれば、高確率で当地にて両者はぶつかるでしょう」

「そうだな」


 私は頷きつつも考える。姉弟と【甘い罰フルットプロイビート】がぶつかる事そのものは、問題ではない。海賊どもでは役に立たなかったが、連中であれば姉弟の実力の一端を窺う試金石にはなろう。

 問題は、我々の立ち位置だ。どちらかに与するのか、あるいは与せず第三者として観察に努めるのか……。

 今後を考えれば、ここで姉弟に死んでもらえるのなら、それは帝国にとって大きな利益となる。だが、もしも生き残り、さらに我らの存在を姉弟に知られ、帝国に敵対されてしまうともなれば、事態は最悪だ……。勿論、これは考えられる限り最悪の予想だが、あり得ぬと言い切れない程には、起こり得る未来だ。

 ならば傍観に徹するべきかとも思うが、どうせならある程度状況をコントロールできる立場から、こちらに利する結果を導きたい。ナベニポリスが得られるならば、第二王国ともハリュー姉弟とも、別段争う必要はないのだから。


「ナベニポリスですか……」


 部下が憂い顔を浮かべる。やはり、ナベニポリスを得るよりも、公国群や連合王国の大陸領土を得る方が、遥かに容易で維持もしやすい。このドルストも、それは理解しているのだろう。

 だが、帝国貴族たちはトルバ海の港を得たという成功体験を有している。当然ながら、外交的に既に最悪の状態であるナベニ共和圏と、一応は良好な関係を築いている連合王国や、良くも悪くもない公国群とでは、侵略して外交関係が破綻してもいいと思えるのは、前者になるのだ。得られるかどうかもわからない北西の海よりも、一度得られた南の海を目指したいと思うのも、むべなるかなである。

 それだけ、帝国貴族は海を欲している。塩と香辛料に飢えている。ナベニポリスを得られれば、その二つが同時に得られるのだ。北西の海では、得られるのは塩だけだ。地中海貿易にだって、携わりたいと考えているだろう。

 皇帝陛下も含めて、帝国の王侯貴族の目は南方に向いている。ウーディ様はその期待を一身に受けており、こうして第二王国及びナベニ共和圏に我々を派遣した。つまり帝国の総意として、第一目標はあくまでもトルバ海であり、アリア海やゼーレーヴェ海は第二第三の目標でしかないのだ。


「我らは主の影。主の意思が最優先であり、余計な考えは技を曇らせるぞ」

「は……」


 頭を垂れて黙るドルストに頷き、私は目的地であるゴルディスケイル島がある西へと視線を向ける。そこで起こるであろう騒動が、我々、タルボ侯爵家、そして帝国にいかな影響を及ぼすのか考えながら……。



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