第32話 鬼に金棒、人間に通信

 ●○●


 ようやく見えてきた、夕焼けに染まるゴルディスケイル島は、緑のない小さな火山島だった。小さいといっても、アルタンの町よりも大きい、プロ野球用のドームが軽く七、八個は入る程度の規模の島だ。

 いま現在僕が乗っている元海賊船のキャラベル・ラティーナの隣には、途中まで僕らが乗っていた商船であるキャラベル・レドンダが帆走している。こちらの甲板では、海賊だった船員たちが忙しなく駆け回り、入港の準備をしている。彼らは一人残らず【贖罪の火プルガトリウム】で服従を誓わせているので、反抗してくる可能性は低い。まぁ、皆無ではないが。

 もっと強力な幻術で服従させる事もできたが、短期間使役する相手に使うには非効率なので、あくまでも急場しのぎとして【贖罪の火】で反抗の意思を挫くにとどめている。


「それにしても……」


 僕は海賊たちの駆け回る甲板を眺めると、眉をハの字にして頬を掻く。船の縁や甲板には、まるで巨大な獣の爪痕のような傷が残っている。恥ずかしながら、僕の所業だ。グラはその辺り、上手く人だけを対象に攻撃できる。

 僕の手斧【鋸鮫】は対物破壊性能の高い装具だ。敵をできるだけ多く、生きたまま制圧する為に振るったが、その余波で船もおおいに傷付いてしまった……。

 自分たちのものになる船だというのに、己が手でそれを棄損するだなんて……。でもねぇ、ぶっちゃけ僕に、相手を無傷で制圧できるような、繊細な技が使えるわけもない。依代のパワー頼りの、ゴリ押ししかできないんだよ。

 実際、【鋸鮫】でも何人か斬ったし、【箕作鮫】はそれこそ対人戦闘用の武器であり、当然【鋸鮫】よりも多くの海賊の命を奪った。ある程度僕らが暴れた段階で、船長も含めて全員が武装解除し、海賊船団の制圧は終了した。


「ショーン」


 入港直前の喧騒を感じ取ったのか、グラがやってくる。船倉で船長を尋問していた彼女も、入港の喧騒に気付いて上がってきたのだろう。


「ようやく到着ですか?」

「うん。船長の方は? 殺してないよね?」

「勿論です。何度か殺してくれと頼まれましたが、肉体的には健康体そのものです。本当にアレを引き渡せば、先の騒動のようなものを抑制できるのですか?」


 心底疑問だとばかりにグラが首を傾げて訊ねてくる。まぁ、その辺り、僕も確信を持っているわけではない。とはいえ人間、敵の敵は味方だと、ついつい思ってしまうものだ。僕らが海賊の敵であるなら、自分たちの味方だと……思ってくれるといいなぁ……。

 しかしながら、そう上手くいくとは限らないわけで、僕はグラの問いに曖昧に笑む事しかできない。ウワタンの町やゴルディスケイル島においては、僕らの知名度はまだ低く、危険視もされていない。これを機に、イメージ戦略の改善を図りたいところだ。


「それで? 船長はなんか言ってた?」

「どうやらあの賊輩は、コ・ケーシィ諸島から流れてきたばかりの海賊だったようです。他の海賊との縄張り争いに敗れ、仕方なくこちらに河岸を変えたと言っていました」

「なるほどねぇ」


 襲われたときにも考えた、どうしてこんな場所に海賊がいたのかという疑問は、これで晴れた。敗残兵たる彼らには、他の海賊の縄張りではない、この海しかなかったわけだ。


「そして、あの者はもう一つ、面白い事を謳いました」

「面白い事?」


 問い返す僕に、グラは口元だけを笑みの形に撓ませて微笑む。


「ええ。あの者が我々の乗船していた商船を襲った理由です」


 そんなもの、単純に獲物を求めての事じゃないのか? 手当たり次第に襲おうとした矢先、運悪く僕らに当たってしまっただけだろう。


「どうやら、あの商船の持ち主の商売敵を名乗る者から、羽振りのいい子供が乗船している商船、として紹介されていたようです。子供を人質に取れば、親元から多額の身代金が期待できる、と」

「へぇ……。それはたしかに、ちょっと面白い……」


 あの海賊たちが、何者かに使嗾されて僕らを襲ったというのなら、そこにはなにかしらの意図があるはずだ。相手は誰だろう? 先の騒動で、僕らに遺恨を持っている連中か?

 あるいは教会という線もあり得る。こういう嫌がらせなら、別に信徒を動かす必要もないしね。とはいえ、あのオーカー司祭が、賊を唆して襲わせるだなんて手を打つだろうか? あんまりイメージにそぐわない気もするが……。まぁ、性別すらわからないような付き合いの僕に、あの人の為人を断言できるわけもない。


「まぁ、なんにしろ、またも誰かに狙われているようだね、僕らは」

「そのようです。まぁ、構わないでしょう」


 気楽に言うグラに、ついつい苦笑してしまう。そりゃあ、僕らは大丈夫だろう。これからダンジョンに向かうのだし、そこに追ってくるようなら、追跡者は全員殺すしかない。僕らがゴルディスケイルのダンジョンコアに接触したと感知されるのは、今回の旅における最大の禁忌だ。

 だが、僕らにだって弱点がないわけではない。そう思って、僕は小指のリングに話しかける。


「もしもし、こちらブルー。こちらブルー。応答願います」


 ややあって、応答はあったものの、それは酷く不明瞭なノイズ混じりの音声だった。


『こち――ルバーだ――。なに――たブル――? こっ――も……――おーい、聞こえ――る? ダ――だ。全――じないわ……――』


 この結果に、グラがこれでもかという程の渋面を浮かべた。まぁ、僕以外には無表情に見えるだろうが。この指輪の装具を作ったのは彼女であり、しかも使った材料は、現在手に入れられるものでも最高品質のものばかりだった。

 つまり、現状これ以上を望むべくもないという通信用装具なのだが、ウワタンから船でわずか一日の距離ですら、直接の会話は不可能という始末だ。やはり、遠距離通信装置というものは、グラにすら製作難易度の高い代物らしい。


「いずれ改良してみせます」


 憮然と意気込む彼女に、僕は苦笑して首を振る。


「そこまでムキになる必要はないよ。どうせダンジョンの外で僕らがそこまで離れて行動するなんて、まずないんだから」


 精々、以前のバスガルのダンジョンで別行動したくらいだろう。ウワタンの町にいる間に試してみたが、あの町の中ならどこからでも『ニュンパイの泉』に滞在していたグラに通信は届いた。

 この通信が届かない程、グラと離れ離れになるというのは、流石に嫌だ。怖い――。


「そうですね……――いえ、それでも性能の向上は追及します。必要に迫られてから、時間が足りないとなっては事です」

「まぁ、そうだけれどね……。でもね、通信というのは、数の多い人間側にとってこそ益となる技術だ。間違っても、人類側に流出させていいものではないってのを、肝に銘じておいて欲しい」


 僕の深刻な声音に、グラもまた神妙な表情で頷いた。


「わかりました……。間違っても、死霊術の二の舞にならぬよう、留意します」

「この指輪も、絶対に量産はしないように。人目に付くのも、できるだけ避けよう」

「はい」


 今回、使用可能距離を確認する為に、他者の手を借りたのも、ちょっと失敗だったかも知れない。まぁ、僕ら二人で確認する為には、離れ離れにならなければならず、それはそれで危険だった。あちらを立てればこちらが立たずという状況なのだから、仕方がない。

 ともあれ、あの二人から他所に情報が漏れる事はないだろうし、漏れたら漏れたで、そのときはそのときだ。

 近付いていくるゴルディスケイル島は、真っ赤な夕日に染め上げられ、どことなく僕らの先行きを暗示しているような気がして、不気味だった。



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