第33話 ゴルディスケイル島
ゴルディスケイル島の港は、ウワタンよりも粗末な造りだった。ゴルディスケイルのダンジョンが見付かってから、それなりに時間も経っているだろうに、やはり治める者のいない化外の地におけるインフラ整備など、なおざりになってしまうのだろう。
町全体も、どこか掘っ立て感のある木造小屋が乱雑に建ち並んでおり、漂う雰囲気もどこか荒っぽい。だが、町全体の活気としては、どちらかといえばウワタンよりもあるように思える。
人口そのものは五〇〇人もいかない、小さな集落だ。印象としては、小ぢんまりとした漁村のような印象である。アルタン、ウワタンと、それなりに大きな町ばかりを見てきたからか、こういう小さな集落の光景というのは、どこか新鮮だ。
「早速ダンジョンにもぐりますか?」
「いや、それは流石に悪目立ちする」
せっかちに問うてくるグラに苦笑しつつ、僕は彼女の提案を却下する。時刻は黄昏時を過ぎて、そろそろ宵の口という頃合いだ。ダンジョン内は昼夜の区別がないとはいえ、わざわざ夜になる頃合いに入ろうとする者は、まずいない。
「今日のところは宿に入って、明日以降の相談をしよう」
「わかりました」
海賊の引き渡し手続きをしながら、僕らはこれからの予定を話し合う。ついでに、船舶の所有権の仮証明も取っておく。でないと、僕らがこの船でウワタンに戻った際、海賊と間違われる惧れがある。仮証明なのは、やはりここが第二王国でもナベニポリスでもないせいで、正式な照明を出せないせいだ。
「お待たせしましたっ! こちら、船舶の所有証明の仮証文となりますっ! この度は迅速なる海賊の討伐、まっことお見事なお手並みでございました! いやはや、お恥ずかしながら、この辺りの海域は安全だと思い込み、船や船員の装備がいささか疎かになっておりまして……。あのままでは、どれだけの被害を被っていた事か……。ハリュー姉弟様には、お礼の言葉もございませんっ!」
海賊の引き渡しや船舶の所有権の諸々、ついでに港湾料云々の面倒事をすべて頼んでいた、僕らを運んでくれた商人が、戻ってくるなり満面の笑みでそう言ってくる。名も知らぬ子供が二人、いきなり「海賊捕まえたー」なんて言っても信じてもらえないだろうと、状況説明をお願いしていたのだ。
案の定、海賊たちの懸賞金はたいした額ではなかった。まぁ、あの船長は見せしめの縛り首になるだろうし、その他の海賊たちも一緒に吊るされるか、犯罪奴隷として使い捨てのような人材にしかならないだろうしね。
今回は、船が手に入っただけで良しとしよう。ウワタンに戻ったら、さっさとポーラ様に直接許可を貰いに行こっと。どこでどんなケチを付けられてもいいようにね。
「こちら、些少ではございますが、船を守っていただいたお礼と思って、お納めください」
そう言って商人さんが皮袋を手渡してくる。大きさからかなりの額が入っているのが窺える。やはり、商船の護衛という点を踏まえれば、護衛の報酬はかなりのものになるのだろう。
とはいえ、僕はその皮袋をそっと商人さんの手元に押し返す。
「いえいえ。船の上では呉越ですら手を取り合うのです。呉でも越でもない僕らが、協力し合えない理由がどこにありましょう?」
「ええっと……? は、はは……、そうでございますね。えっと?」
顔を引き攣らせながら笑う商人に、僕も笑いかける。呉越同舟とか、この世界の人間には意味のわからない言葉か。僕の他に前世の記憶がある人間がいないとも限らない。こういうボロの出し方は良くないな。
「報酬は必要ありません。どうしても心苦しくお思いであれば、船員たちの今晩の酒代としてお使いください」
「よ、よろしいので?」
「ええ、勿論。僕らからの奢りだと伝えてください。報酬は今晩の酒場のヒーローとなる程度で十二分です」
結構な金額を包んだだろう商人が、驚き問い返してくるのに頷く。勿論お金は欲しいが、ここはイメージアップ戦略の方が優先だ。またぞろ暴動騒ぎなんぞ、起こされては敵わないのだ。これ以上悪目立ちすると、本当に僕らの正体の露見につながる危惧になってしまう。
「それでは、僕らは宿の方に向かいます。お世話になりました」
ひらひらと手を振って、僕は商人さんに背を向けた。なんというか、もっと年嵩であれば格好も付いたのかも知れない仕草だが、いかんせん子供の姿では人の話を聞かずにさっさと遊びに行くような、いい加減な態度に思えてしまう。できれば、ちょっとは格好いいと思ってもらえれば、この辺りの商人たちの心証は良くなるだろう。
「あれで良いのですか?」
得心がいかないとばかりに問うてくるグラに、頷きつつ応える。
「現段階ではこれ以上なんて望むべくもないさ。それよりも、さっさと宿を探そう。こんな村で野宿なんてゴメンだ」
「そうですね」
一応、野営用の道具も持ってきてはいる。実際、柵すらない村の外には、冒険者のものだろう天幕が、いくつも張っているのが見える。だが、あれではセキュリティもなにもない。
周囲に気を張りながらでは、気も休まらない。せめて今日くらいは、まともなベッドで就寝したいものだ。
●○●
つつがなく宿は見付かったものの、そこは値段は『ニュンパイの宿』とほとんど変わらないのに、内装は木賃宿のような粗末な場所だった。ぼったくりかとも思ったが、そもそも統治者がいないような村で、法もクソもないような状況だ。
値段に納得ができないなら、外で野営しろと言われれば、仕方がないので支払うしかない。足元見やがって。
「あの宿主を殺しましょう」
「そうやって、すぐに短絡的な結論に至らないの」
ベッドの上で憤慨するグラを諭しつつ、僕もやれやれとばかりに硬い寝台に体を横たえる。正直、船に取り付けたハンモックの方がよっぽど寝心地はいい気がする。
ぼったくりとは言ったが、富士山の山頂でコーラが五〇〇円になるように、こんな離れ小島のインフラもまともに整っていないような宿を経営する為には、必要な値段設定なのかも知れない。そう思おう。
でないと『ニュンパイの泉』のベッドを思い出して、悲しくなる……。
「明日はさっさとダンジョンにもぐってしまおう。ダンジョン内の野営には、それなりに慣れてるし、ある意味そっちの方が気楽だ」
あのテント群で野営したくない理由は、周囲の冒険者が信用できないからだ。グラが襲われたり、こちらの持ち物を狙った泥棒が現れかねない。別にそれで危害が加えられるとは思わないが、騒動になるのは面倒だ。
「そうですね。さっさと――」
さっさと相手のダンジョンコアとの接触が持てればいい、とでも言おうとしたのだろうが、壁の薄いこんな宿で口にするには、迂闊すぎる。僕はグラの唇を人差し指で押さえ、それ以上の言葉を紡がせない。
「まぁ、楽しみだよね」
「……そうですね。なにやら、北大陸一美しいダンジョンらしいですから」
「らしいね。まぁ、他のダンジョンは似たり寄ったりで、別に美しさを競ってるわけじゃない。ゴルディスケイルのダンジョンの主だって、それは同じだろう。たまたま、僕ら人々が美しいと評価する形になっただけだろうさ」
「そうでしょうね」
あえて自分たちを人間と表現しつつ、僕は苦笑し、グラはむすっと唇を尖らせて、そう評す。
別にゴルディスケイルのダンジョンの攻略が諦められているのは、その美しさが故ではない。だが、ダンジョンの厄介さを考慮してなお、このダンジョンを訪れる者は少なくない。
それは、ある意味このダンジョンが、一種観光地のような扱いであるからだ。勿論、相応に危険もあり、正式な保養地のような役割は望むべくもないが。
「なんにしたって、楽しみだ」
願わくは、ウチのダンジョンに取り入れられる要素があればいい。そんな事を思いつつ、僕らは抱き合い眠りについた。ま、睡眠が必要なのは僕だけだけど。
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