第34話 カラメッラ&ジェラティーナ

 〈4〉


「だぁーかぁーらぁー、そんなヤツぶっ殺しちゃえばいいって言ってるでしょ? なんでそんな当たり前の事もわっかんないかなぁ!?」


 法国からやってきた聖騎士カラメッラ&ジェラティーナの片割れ、カラメッラがキンキンと耳に響く声で怒鳴る。説得もそろそろ限界だ……。

 蛍光ピンクの髪色に、明るいグリーンの瞳。華奢な体躯に所々白銀の鎧を身に付け、聖騎士の証たる純白のマントを羽織っている少女は、なおも居丈高に言い募る。


「そのナントカって悪魔は、こっちの聖戦の勧告まで蹴ったんしょ? だったらもぉ、バチクソにやり合わなきゃケリ付かないじゃん? それともなに? ボクらの教会が、んなクソガキ相手にイモ引くような真似しろって? ガチで言ってんなら、徹頭徹尾笑えないんだけど」

「下手に出ろと言っているわけでも、屈しろと言っているわけでもない。だが、無闇矢鱈に対立をすれば、状況は更なる混迷を招きかねんのだ。貴様らの軽挙妄動が、神聖教全体の不利益となる惧れすらあるのだという事を理解せよ」

「ハンっ!」


 拙の言葉を鼻で笑う声にそちらを見れば、カラメッラと髪色と目の色以外は瓜二つの少女が、こちらを小馬鹿にするように唇を吊り上げて笑っていた。


「無闇矢鱈に対立しなきゃダメだろ? オレたちの教会に楯突くって、それもう神の敵じゃん? 神の敵に迎合するってなら、テメェも神の敵だろ? どうするメラ? こいつもぶっ殺しちまおうか?」


 蛍光グリーンのツインテールが、ジェラティーナの首の向きに合わせて揺れる。その真っ赤な瞳が、拙を見据えている。その端正な顔には、変わらず笑みが浮いていたが、その目だけは微塵も笑っていない。そこに湛えられているのは、紛う事き敵愾心であり、殺意に近い苛立ちだ。

 そちらに顔をも向けずに問うたジェラティーナの言葉に、彼女もまたツインテールをフルフルと振りつつ応答するカラメッラ。


「うーん、流石にダメじゃない? それやっちゃうと、またおやつ抜きの罰食らっちゃうだし、ジジイどもがカンカンになってセッキョーしてくるよ? ソイツ、そんなんでも【神聖術】の使い手だし。やるなら、ボクを巻き込まないカタチでやってよティナ」


 酷くつまらなそうにそう言うカラメッラ。本心では鬱陶しい拙をどうしたいのか、よく伝わってくる口調だ。それは、その言葉を受けて舌打ちしているジェラティーナも同じだろう。

 冷や汗が頬を伝う。いまこの瞬間、彼女たちが襲いかかってきたら、拙など一瞬で物言わぬ骸と化す。拙はたしかに【神聖術】を使えるが、その本質は戦士ではなく研究者なのだ。

 対して、眼前の少女たちは生粋の戦士。生きる事と戦う事を同義とし、殉教こそ正義と信ずる、神聖教の聖騎士だ。戦闘というものに対して、前提となる認識からしてまったく違う存在なのである。

 彼女たちを思い止まらせているのは、ひとえに拙が【神聖術】の使い手である為だ。

 拙は、教会における己の価値というものを自覚している。【神聖術】の使い手は貴重であり、また、その研究者ともなれば、人材としての価値は倍増する。拙一人を育てる為に、手間も時間ヒマ資金カネもかかっているのだ。それが、善意の奉仕などではなく、リターンを見込んでの投資であるという点も、重々承知している。

 教会の基底を成す【神聖術】の発展に寄与する。その為に拙は、個人どころか、貴族家ですら青褪めるような、有形無形の支援を受けて、研究をしているのだ。そして拙は、これまでその期待を裏切らない働きをしてきた自負もある。

 それを、子供の癇癪で台無しにして、怒られる程度で済むはずがない。ただ、それをいま、この二人に言ったとても理解はすまい。彼女たちにとって、己の判断基準がすべてなのだ。彼女たちの認識では、あくまでも拙は『殺したら怒られる』程度の存在でしかない。


「とにかく、あの姉弟との交渉は拙に任された任務だ。それは、大元を正せば貴様らの上役である【布教派】の面々からの指示であろう。その任を妨害するは、貴様ら自身の目論見を、己が手で挫く真似ではないのか?」


 こいつらの上役となると、テラッヴォ枢機卿かトリマ司教あたりだろう。どちらもガチガチの【布教派】だ。

 別に【布教派】のすべてが悪いなどとまで言うつもりはないし、教えを広めるのは必要な行為だ。だが、どうにも彼らは先鋭化しすぎている。その行動が、神聖教そのものの信用を棄損しかねないとすら、危惧してしまう程に……。

 神聖教が信用をなくせば、【神聖術】の弱体化も間違いなく、そして【神聖術】の弱体化は神聖教の形骸化という悪循環にもなり得る。それでは、神聖教そのものが廃れてしまいかねない。


「んなん知らねーし。命じられたってなら、お前らはその命じられた通りに動けばいいだろ。ボクらはボクらで、言われた事するだけだし」

「だな。命令が矛盾したってなら、それはそんなアホな命令を下した連中の責任だ。オレらはただ、命じられるままに動くべきだろ。現場の勝手な判断で、命令を反故にする方が問題だ」

「……確認を取る間だけでも、行動を自粛せよと言っている。ここで貴様らが勝手に動いた事で、我々の責にされては迷惑なのだ」


 拙が眉間に皺を寄せて言い放つも、少女らは同じ顔で一笑に付す。


「それこそ知らねーし。ボクらとキミら、信ずる神は同じでも、信仰の仕方は違うんだからさ。そっちはそっちで好きにしなよ。こっちの邪魔さえしなければ、信仰の追及、だっけ? なにが面白いのか知らんけど、存分にやってればいいじゃんよ」

「そーそー。だいたい、なんだって【深教派】のお前らが、【布教派】のお使いさせられてんの? 意味わかんなくない? 初めっから、オレらに任せてもらえてたらさ、そのガキが舐めた口聞いた瞬間にボコボコにしてやってたぜ?」


 バカを言え。あんな子供に対して、こんな二人を宛がっていたら、それこそ一触即発だ。それでこの二人がやられるとも思えないが、さりとてあのふてぶてしいショーン少年が易々とやられるとも、膝を屈するとも思えない。

 となれば、教会と姉弟との関係は最悪なものになっていただろう。おまけに、姉弟はこの町の代官である、ゲラッシ伯爵家の末娘とも良好な関係を築いているという情報も入ってきている。最悪、ゲラッシ伯爵との関係悪化すら危惧せねばならない状況なのだ。


「とにかく、ボクらはゴルディスケイル島に渡るから。姉弟が屈するなら良し、屈しないなら、生きて戻ってくる事はないと思っといて」

「ヒヒヒ。良好な関係は、オレたちが躾けたヤツか、死体とでも築くんだな」


 そう言って、二人の聖騎士は去っていった。いまから船を手配するのだろう。拙は彼女たちの去って行った扉を見やり、大きくため息を吐いた。


「だ、だだ、大丈夫、かなぁ……?」


 これまでまったくの空気だったクィントゥスが、オドオドと話しかけてくるが、既にそれに答える気力すら残っていない。不毛な会話を繰り広げて、なんとかこれまで時間稼ぎをしてきたのだ。

 姉弟はそろそろ島に渡った頃合いだろう。姉弟の目的など、目的地がゴルディスケイル島である点を踏まえれば、考えるまでもない。まして、彼らはダンジョンを研究しているという情報もある。

 ダンジョンに侵入した二人の人間を、確実に探し出す手段など限られる。なんとかこれで、すれ違いになってもらえれば、とも思う……。


「唯一、懸念があるとすれば……」

「懸念……?」


 つぶらな瞳で問い返してくるクイントゥスに、拙はため息交じりに零す。口にすると実現しそうで怖かったが、胸中に蟠らせるには強すぎる不安だ。


「あの姉弟が、とんでもないトラブルメーカーであるという点だ。あり得ない偶然すらも、平然と引当そうで、な……」

「…………」


 拙の不安を肯定するように、クィントゥスは瞑目しつつ天井を仰いだ。

 はぁ……。キトゥス司教、できれば急いでください。でないと、取り返しの付かない事態になりかねません……。



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