第30話 鋸鮫
「駆れ――【
三本の水の尾を生やした僕に、それまで喧騒に包まれていた船上が、一瞬で静まり返った。潮騒と海鳥の鳴き声に包まれた船上に、コツコツと落ち着いた足音が響く。
「ショーン、敵ですか?」
足音の持ち主はグラだ。その無表情に、若干の不機嫌さを滲ませながら、彼女は最近愛用している曲刀を佩いて現れた。僕は首だけで彼女を向くと、口元に笑みを作る。
「そのようだ。万一この船が海賊に負けてしまうと、島に渡れなくなるか、そうでなくても到着が遅れる惧れがある。だったらまぁ、虫よけくらいは担ってあげようかと思ってね」
「そうですね。船が敗北した後に出張るよりは、先んじて片付けた方が面倒が少ないでしょう。あえて己のテリトリー内に、汚物を散乱させる趣味はありません。どうせ汚すなら、己の目も耳も、ついでに鼻も届かないところがいいでしょうね」
まったくもってその通り。ついでにいえば、あれを僕ら二人で拿捕したら、少々古い二本マストとはいえ、キャラベル・ラティーナが手に入る。古いのが嫌なら、この船のような三本マストの、キャラベル・レドンダに改造してしまえばいい。普段はウワタンの適当な商家にでも貸し出しつつ、必要なときには自分たちの足にすれば、今回のように船の手配に手間取る事もなくなるだろう。
あとはまぁ、当局に海賊共を引き渡せれば、そこそこの実入りにもなる。とはいえ、個人に懸賞金が懸かっているような札付きは、やはりコ・ケーシィ諸島のような美味しい狩り場にいるだろうから、得られる懸賞金なんて微々たるものだろうけど。
重要なのは、僕ら姉弟が一般ピーポーに対して役に立つアピールになるって点だ。これを怠り過ぎたのが、前回の暴動騒ぎの遠因ともいえるので、たまには見えるところで、派手に活躍しようじゃないか。
「ショーン、手を」
グラに言われて、彼女の手を取ってから抱き寄せた。くすりと笑うグラに、僕も微笑む。
そのままお姫様抱っこで彼女を抱えると、船の舳先からぴょんと海に飛び込んだ。背後で驚愕のどよめきが追ってきたが、すぐに潮騒に搔き消されてしまう。
僕は【橦木鮫】で作った水の尾で海に着地すると、グラを抱えたまま海上を滑走する。その速さは、帆船を遥かに凌駕するだろう。
この世界でも、魔力の理を用いての船舶運用という思想は存在する。実際、王侯貴族用の御座船なんかは、マジックアイテムの推進装置を積んでいたりして、高速航行が可能らしい。
ただ、一般の商人や漁師にしてみれば、魔石がなくなれば海のど真ん中で立ち往生するしかないそんな船は、棺桶と同義の代物でしかないとの事。いざというときの為に、推進装置を積んどいた方が、便利だとは思うんだけど……。まぁ、普段使わないものにかけるには、お高い買い物になるしね。
などと考えている内に、どんどんと海賊船たちが近付いてきた。まずはヨットのような、
「まずは私が」
「そうだね。あまり殺さないようにだけ注意して」
「善処しましょう」
どうせなら、稼げる分は稼いでおきたい。それに、海上ではいくら殺しても糧にならないうえ、せっかく拿捕したこのスループを動かせる連中がいなくなると、沈めるしかなくなる。勿体ない。
「よっと!」
最初の船に近付いたところで、投げ入れるようにグラをそこに送り出す。僕は次の船だ。グラが乗り込んだ途端悲鳴が聞こえてきたが、まぁ、仕方ない。
こちらに攻撃を加えてきた以上、僕だって気兼ねなく攻撃をできる。それは別に、以前からもできていた事だ。ダンジョン内でないから、食らう必要すらない。
僕は水の尾で水面を蹴るようにして、最初のスループ船に乗り込んだ。
●○●
水上戦闘は、特筆するところもなく片付いていった。まぁ、誤算があったとするなら、スループ船の半分が逃げ始めたせいで、そこで大半の拿捕を諦めざるを得なかった点だろう。そして、旗船であるキャラベル・ラティーナも、ここにきて逃げようとしている。流石にキャラベル船が回頭し始めた段階で、すべてのスループ船の制圧を諦めて、キャラベルの制圧に動いた。
「クソ、クソ、クソォ!! なんなんだよ、テメェらはぁッ!!」
僕がキャラベル船に乗り込んだところに、男が絶叫しながら襲い掛かってきた。船内作業用でもあるカットラスを、【
僕は【
最初の一撃で武器を破壊され、戦意を喪失しかけている男の脳天に斧を振り下ろすと、「ぶぺっ!」という泥の塊を地面に叩き付けたような悲鳴を上げて、男は床に倒れ伏した。勿論、斧頭の裏側で気絶させただけだ。グラが何人生かしているかわからない分、僕はできる限り生け捕りにしたい。
さぁ、サクサクいこうか。
「か、かかれぇ! 相手は一人だ!!」
船長らしい、革の
最初に襲い掛かってきたヤツに、まずは【橦木鮫】を投擲する。いきなり斧を投げると思っていなかったのか、その男は顔面でそれを受けてしまった。あーあ、あれはもう助からないな……。
次に腰の後ろから、別の斧を抜く。あれから僕は、投げたりして斧が手元から離れる状況も考慮して、通常装備時は四つの斧を常備する事にしている。両腿に一つずつと、腰の後ろに二つだ。腰の後ろの斧は、使わない際には鎧代わりにもなるしね。
「さぁ、本邦初お披露目だ。刈れ――
双斧の刃から伸びる、透明な水の刃。【箕作鮫】の方は真っ直ぐな刃、【鋸鮫】の方は歪なギザギザな刃を構えて、襲い掛かってくる海賊たちに相対する。船長の号令で襲い掛かろうとしていた彼らは、突然僕の両手に現れた水の刃に臆して動きが止まっている。
だが、悠長にしている暇はないぞ。僕ばかりに気を取られていると――……
「【
「あ――?」
「あギ――……」
「ギャァッッ!!?」
一気に二人が斬り捨てられ、一人は片腕を落とされて悲鳴を上げる。その奥、三人分の血風の先には、刀を振り抜いた姿勢で船の
ホント、手加減とか端から考えてないよねぇ……。スヌープの船員も、何人生き残っている事やら……。
「やれやれ……」
これでは弱い者いじめのようで嫌なんだけど……。そういえばマスのときも、そんな事を考えて【箕作鮫】を貸したんだったか。あの行為もまた、紹運とショーンとの意識の軋轢だったと、いまならわかる。
これもまた化け物になる為の登竜門だ。今度こそ、舐めプという名の『相手に手加減をしない理由』など求めず、本気で相手を倒そう。
水の大剣と水の大鋸を両手に構え、僕は臆する海賊たちに対して、一歩踏み出した。
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