第29話 レトロな航海

「お気に召しましたか?」


 やがて、十分に指先の感触を堪能したのか、満足げな表情を浮かべたシュマさんに、僕は問いかける。


「うん。お気に召した。特に、指先の感触があるのがいい。この義手は、細かな作業もできる程細密な動作ができるけど、やっぱり感触があるのとないのとでは大違い。これは、普段の探索にも使える」


 まぁ、シュマさんは斥候というより軽戦士らしいが、それでもやはり冒険者なのだから、細かな作業が必要な事態も起こり得る。魔術師である僕らですら、最低限のサバイバル技術を求められるくらいだしね。

 いやまぁ、いまのシュマさんは冒険者ではなく、ジスカルさんの護衛か。


「なにか気になる点があれば、どんな些細な事でもおっしゃってください。僕も初めて作ったものですから、より良く改良していけるかも知れません」

「わかった。すぐ知らせる」


 己の手の具合を見せ付けるように、二つの手で親指を立てて見せるシュマさん。やはり、無表情ながらなかなか剽軽な人だ。と、そこで本日の本来の予定を思い出し、些細な懸念点を口にする。


「あ、でも僕たち、しばらくはゴルディスケイル島に行くんですよね……。まぁ、ミルとクルをおいていきますので、ご用件がおありの際は、彼女たちに言付けください」

「ん。ゴルディスケイル島に行くの?」


 シュマさんの問いに頷く。そういえば、出航が延期になった話はしたが、目的地までは伝えていなかったな。


「はい。海中ダンジョンというものがどういうものなのか、この目に入れておきたいと思いまして。資料では知っているのですが、やはり実際に見てみないと、わからない事も多いですから」

「ん。その通り。でも、二人だけだと危ない」


 シュマさんの心配ももっともだが、残念ながら同行者がいると困るのだ。なにせ、今回の探索の本当の目的は、ゴルディスケイルのダンジョンコアとの接触なのだから。余人にそれを見られるわけにはいかない。


「少しダンジョンの様子を確認するだけですし、僕らもダンジョン探索は初めてではありませんからね。どうしても深くもぐりたくなったら、地元で適当な冒険者でも雇いますよ」


 ゴルディスケイル島は、別に無人島ではない。いや、元は無人島だったらしいが、ダンジョンが発見されてからは、冒険者ギルドと冒険者、それと彼らの生活を支える為の商人などが常駐し、小さな町になっているらしい。

 それは、ゴルディスケイルのダンジョンが中規模ダンジョンになり、下級冒険者の侵入が制限されるようになってからも続いている。まぁ、元から探索者は、バスガルのダンジョン程多くなかったらしいが。


「あのダンジョンは特殊。だから、最初から人を連れて行った方がいい」

「……ご忠告、感謝します」


 その忠告に従うか否かを明言せず、お礼を述べておく。ただ、シュマさんの言はいちいちもっともなのだ。

 ゴルディスケイルの海中ダンジョンは、探索するのに相応の専門技術を要求される。それは斥候技術とはまた別の技能であり、それ故にゴルディスケイルの攻略は、半ば諦められている節すらある。

 だからこそ、第二王国もナベニポリスもこの島の領有権を押し付け合っているのだ。攻略の目途の立たないダンジョンなど、ただ氾濫スタンピードが起こる危険性を有するお荷物でしかない。それが他国との国境線上にあるのだから、その厄介さも一入だろう。

 ただ、その特殊性故に、ゴルディスケイルのダンジョンから得られる素材を目当てにした商人たちからの需要は存在し、町が形成されるまでになっているのが現状だ。


「気を付けて」


 シュマさんは最後に、それだけ言って席を立つ。ひらひらと手を振って、彼女は帰って行った。


 ●○●


 それから数日。天気明朗、波低し。絶好の出航日和となった。


「ふふぅ♪」


 木造の商船の舳先に立つ僕は、大きく揺れる船で満足の笑みを浮かべていた。地中海用の三角帆ラテンセイルのキャラベル船に乗っているという、実に胸躍る体験に、どうしても表情が緩む。

 船員たちが忙しなく動き回り、怒号のような指示が飛び交い、彼らが一丸となって船を動かしている姿も実にいい。ホント、映画のような光景だ。ちょくちょく大型のキャラック船が、遠くをすれ違うのも趣深い。

 ゴルディスケイル島までは、ウワタンからそれ程遠くにあるわけではない。今日中には到着する。短い間だが、このレトロな航海を楽しもう。


「うん?」


 騒がしさに振り返ったら、マストの上にいた船員がなにやらがなり立てていた。その他の船員たちも、慌ただしく駆けずり回っている。しかも、なにやら物々しい雰囲気で、杖やカットラスを抜いている者もいる。

 マストの上の船員が指差している先を目を細めて確認すると、二本マストのキャラベル・ラティーナがこちらに向かってきている。さらにヨットのような小型船が、いくつもこちらに向かってきているのが見えた。


「ああ、なるほど……。はぁ、せっかくの気分が台無しだな……」


 要は海賊の襲撃だ。正直僕には、どうしてさっきのキャラック船はスルーで、あのキャラベル船が海賊船だとわかったのか、とんとわからない。ただまぁ、船員たちの動きからみても、彼らがアレを海賊船だと確信しているのは理解できた。

 比較的暇そうな、下っ端の少年を捕まえて話を聞いた。どうやら、メインマストに船籍を表す旗が掲げられていないのが理由らしい。そこら辺、もっと狡賢くやらないのかと思ったら、偽の所属を掲げる海賊船も勿論いるらしい。

 だが、いま目の前に展開している船団は、お行儀よく自分たちが海賊であるとアピールしながら向かってきているようだ。


「バカじゃないの?」

「バカだから海賊なんぞに身を窶してんだろ!」


 ごもっとも。少年船員の言葉に肩をすくめて、さらに気になった事を質問していく。

 どうやらこの辺りでは、あまり海賊の活動は活発じゃないようだ。まぁ、港湾都市ウェルタンがあるヒストリア半島とベルトルッチ平野に挟まれている内海なので、治安維持も簡単な海域だ。ついでにウワタン自体がそれ程栄えておらず、交易の中心も海路ではなく陸路だから、海賊にとっても美味しい海域じゃないのだろう。

 トルバ海で海賊活動が活発になるのは、港湾都市ウェルタンの南方にあるコ・ケーシィ諸島周辺からだそうだ。身を隠せる島がいくつもあり、ウェルタンやナベニポリスからの交易船が、地中海に出ていく航路だからね。獲物も多いのだろう。

 そこまで話したところで、少年船員は上役に怒鳴られて走って行ってしまった。可哀想に。あとであの上役さんに手土産でも持っていきつつ、弁明しておこう。


「はぁ……」


 ホントに最悪……。最高の気分に水を差してきた海賊の船団を睨み付ける。どうやら僕らは、ああいう胡乱な連中に対して、妙な縁があるらしい。

 そう思い、僕は腰の斧をポンと叩いた。



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