第28話 無表情を読むプロ
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ゴルディスケイルの海中ダンジョンに向かう手続きは、なかなかスムーズには進まなかった。まず第一に、ダンジョンのあるゴルディスケイル島が、第二王国では外国扱いであるという事があった。
同国の大公相手にすら、引き抜きを警戒するような身で、軽々に領有権すらハッキリしない場所に赴く許可が下りないのは、ある意味では仕方のない事だった。ただ、これには一つ、抜け道がある。
そこがダンジョンであるという点だ。つまり、冒険者であれば、それも上級冒険者であれば、ダンジョン探索の為に入島の許可が下りるのだ。もしも中級のままだったら、それでも許可が下りなかった可能性はあるが、侵入に制限をかけている中規模ダンジョンに上級冒険者の探索すらままならなくなると、
故に、上級冒険者である僕らの探索希望を、ウワタンのギルド支部も許可せざるを得ない――はずだった。
残念ながら、それでも身長百センチ未満でありながら、髭が五〇センチ以上もある、冒険者ギルドのウワタン支部における
そして、僕ら姉弟はついこの間、理不尽に群衆の八つ当たり対象にされ、十二分に国外脱出を決意するような環境にあると見られているらしい。いや、ウチのダンジョンを放棄してまで、外国に逃げるつもりはないよ。
とまぁ、そんなギルド
「なんで、こうなるんだよーい……」
ウワタンの町は嵐に見舞われ、当然出航は延期となった。
余談だが、ウワタンの町は天気が悪いとき程書き入れどきだ。ウェルタン=ナベニポリス間を行き来する交易船が、嵐を避けて寄港するのに適しているのが、このウワタンの港になる。ウェルタン、アルタン、ウワタンを経由し、さらに輸送路上の
そんな船たちが、時化を避けてウワタンに寄港すると、当然船乗りたちはウワタンで金を使う事になるし、場合によってはウェルタンまでいかず、どうせ同じ第二王国だからと、ウワタンで商売をする輩も出てくる。結果、天気が悪いとき程、ウワタンは儲かるというわけだ。
「なので、完成したマジックアイテムをお引渡しいたします」
「むぅ。適当?」
非難がましいシュマさんの瞳から目を逸らす。本日、この部屋を訪れているのは、彼女だけだ。まぁ、今日の用事は、彼女のマジックアイテムの受け渡しだけなので当たり前だが。
表情の乏しいシュマさんがジト目を向けてくるのに、僕は苦笑しつつ、降参とばかりに両手のひらを見せる。
いい素材を惜しげもなく使ってマジックアイテムが作れるという、趣味と実益がこれでもかというくらいに噛み合った結果、最優先で仕上げたので目を瞑って欲しい。なにせ、ゲラッシ伯の肖像画用のマジックアイテムよりも優先してしまったくらいだ。
いやまぁ、あっちはあっちで、すぐに製作にとりかかれるところまでは、設計を進めているんだよ。いまは、ポーラ様の使いの魔術師に、設計段階での不備や、危険な理が隠されていないか、確認をしてもらっているところだ。領主相手のマジックアイテムの製作依頼ともなると、その辺りは結構慎重だ。
まぁ、万が一おかしな理が発見されれば、とんでもない信用問題になるので、そうそうおかしな真似をする者はいない。僕だってしない。むしろ、何重にも安全弁を設けている。
とはいえ、使いの魔術師も幻術が専門でない為、四苦八苦しているようで、なかなか確認作業が進まないようだが。
なお、どうやらいまジスカルさんは、あちこちの商人から引っ張りだこらしい。雨で立ち寄ったウワタンに、まさかカベラ商業ギルドの御曹司が滞在しているとは思っていなかったらしく、あちこちから商売の話が舞い込んでいるんだとか。
わざわざウェルタンに行くよりも、ここでジスカルさんと知己を得られる方が、値千金の価値があるだろう。なんとなれば、贈り物としてタダで渡してでも、付き合いを持ちたい商人ばかりのはずだ。
まぁ、ジスカルさんの事はいい。本題は、義手を手に見せるマジックアイテムだ。
「ふむん? これがそのマジックアイテム? 可愛いデザインだね」
「はい。ありがとうございます」
興味深そうに、首を傾げつつマジックアイテムを眺めるシュマさん。
僕の手にある箱に納められたそれは、可愛らしい二つのアクセサリーだ。留め具は金で、透明な赤色の樹脂で象られた、小さな星型の意匠のイヤリングである。
「こちらの【
二つのイヤリングは、同じ星型でも模様が違う。だから見間違う事はないだろう。本当は、僕の趣味的に
「わかってる。警戒されない為のものだから、発動を気付かれたくない。一度の発動で、どの程度の時間持続する?」
「だいたい五分程度です。効果持続中に再発動させると、そこからまた五分といった感覚です。必要な魔力量は、だいたい下級の属性術二つ分で、それが一対なので倍だと考えておいてください」
「思った以上に低燃費。持続時間はあまり長くないけど、再発動できるなら問題ないね。ふむぅ♪」
ホクホク顔で【
まぁ、これは別に火が出たり、突風が吹いたりするようなものじゃない。不意に発動したところで、手を覆う幻が形成されるだけだ。当人にも周囲にも実害はないだろう。
「ん。どう?」
「良くお似合いですよ」
左右の耳にイヤリングを装着したシュマさんが質問してきたので、素直に褒める。
少々大人っぽい顔立ちのシュマさんだが、そんな姿はまるで子供が初めてのおしゃれをしたかのようで、実に愛らしい。星形のイヤリングも、ちょっと子供っぽいかとも思ったのだが、彼女には似合うだろう。
「おお……っ」
やがて、無言のままに二つのマジックアイテムを発動させたシュマさんは、本物と寸分違わぬ手を見詰めながら、その感触をたしかめている。彼女がいつ、どうして両手を失ったのかは聞いていないが、それでも久しぶりに感じる手指の感触というものは、感慨深いものがあるのだろう。
しばらくはそうして、表情の薄い彼女が楽しそうに、いろいろなものを触っている光景を眺めていた。デフォルトの表情が無表情な姉を持つ僕には、彼女が満面の笑みを浮かべているように見える。
ふふふ。グラに比べれば、彼女の表情は、かなり感情豊かだ。
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