第10話 偕老同穴

 まずは、プラチナを精錬しよう。といっても、一旦光の糸に変えてから、それぞれの材質に合わせて分離するだけだ。プラチナ以外はいろいろと混ざっているかも知れないが、貴金属とそれ以外との分離は、比較的簡単だ。

 ちゃんと精錬されていないのだろう。すごい不純物の量だ……。

 不純物を取り除いたプラチナを、もう一度光の糸に変えてから、作り慣れた形に織り上げていく。その際に、ガーネットも取り込んで、装飾も凝った形に整える。最後に、指先の爪部分だけは、強度が必要なので鉄で作る。

 うん、いい感じ。蔦状の細工にガーネットがピッタリはまり、これまでの実用一辺倒な【鉄幻爪】シリーズとは、一線を画す品になっている。


「はい、グラの分の【鉄幻爪】できたよ」

「どうもありがとう。これには、名前を付けてくれないのですか?」

「うん? そーだなぁ……。じゃあ偕老同穴カイロウドウケツで」

「そうですか。偕老同穴……。ふふふ……」


 僕がいつもそうしていたように、右手の中指に偕老同穴を着けたグラが、かざしたアーマーリングに見惚れて、嬉しそうに笑い声を漏らしている。無表情が常のグラだが、表情を変えるときはちゃんとある。

 嬉しそうな顔で笑うグラを見ると、僕も嬉しくなる。作った甲斐があったというものだ。


「そうそう、【鉄幻爪】は左手に着けるといいよ。僕もこれからはそうするし」

「ふむ。そうなのですか?」

「日常で物を掴んだり、書いたりするときとか、結構邪魔なんだよね。剣も持ちづらいし」

「たしかに。しかし、ならば左手で日常生活を送れば良いのでは?」


 普通の人間には、利き手というものがあるんだよ。グラはたぶん、両利きなんだろうけど……。


「まぁ、好きな方に着ければいいんじゃない。僕は左手に着けるし、グラは右手に着けたらいいよ。ほら、シンメトリーって双子っぽいじゃん?」

「なるほど。それは面白いですね。とはいえ、私とショーンとでは、男女という性差や格好の違いもありますから、どちらかといえばアシンメトリーでしょう」

「たしかに」


 格好そのものは似ているし、顔立ちもそっくりなのだが、よく見なくてもその違いは歴然だ。グラは女の子だし、僕は男。ベストのカラーも赤と青で違う。

 シンメトリーというよりは、あえてその形を崩しているアシンメトリーって感じだ。


「うふふふ……」


 また偕老同穴を眺めて笑いだしたグラ。そんな彼女を、微笑ましく思いながら眺める僕。そこに、無粋な声が耳打ちされる。


「な、なぁ、装飾のある【鉄幻爪】が作れるなら、次からの【鉄幻爪】シリーズは、そっちで作りませんかね? 利率がダンチっすよ、ダンチ!」


 口調が一貫していないジーガだった。目が金貨になってんぞ。


「プラチナ、無駄に消費したくないんだよねぇ……」

「銀で! 銀で作りましょう! 偽銀で作るより、そっちの方が価値ありますから!」

「まぁ、手間はそんなに変わらないから、材料買ってきてくれるなら別にいいけど……」

「よっしゃ!」


 そうは言ってもなぁ……。たしかに銀とかプラチナみたいな貴金属で作れば、耐食性はあるだろうけど、その分強度がなぁ……。護身用具としての価値が激減すると思うのだけど、その辺はいいんだろうか?

 爪の先部分も、できれば耐食性のあるコバルト鋼とかに変えたいけど、詳しい配合比率とか知らないし、いまさら調べる手段もない。いずれ研究して、適した鋼を作りたいが、途方もない時間と労力が必要になるだろう。

 一度、各種鉱物をジーガに集めさせてみようか……。って、違う違う! 物作りにばかりかまけていられないって、さっき自制したばかりじゃないか。物性研究みたいな、アホみたいに時間がかかりそうな研究、してるような余裕はないっての! 楽しそうではあるけどさ!


「いいえ」


 僕とジーガがひそひそ話していたら、突然凛と声が響いた。見れば、グラが据わった目でこちらを睨め付けている。


「装飾のある【鉄幻爪】シリーズは、今後私が作ります。ショーンの作る【鉄幻爪】は、基本護身用具としてのものとしなさい」

「えぁ? は、はいッ!」


 初めは自分に話しかけられていると思わなかったジーガが、呆けたような声を発したものの、すぐに居住まいを正して直立不動で応答する。そんなジーガを後目に、僕はグラに訊ねる。


「いいの? そうなるとたぶん、僕よりもグラの方が忙しくなると思うよ?」


 商人としては利益をあげやすい方を欲しがるだろうし、さっき月に二、三〇個作るって約束しちゃったし……。

 だがグラは、問題ないと胸を張る。


「ショーンには、勉強などで時間に制約があります。【鉄幻爪】シリーズの作成は、私の方が適任でしょう。それに、然したる手間でもありません」


 たしかに、【鉄幻爪】三〇個くらいなら、一、二時間もあれば作れるだろう。手間ではないとは思わないが、そうそう億劫がるような作業でもない。


「まぁ、グラがいいっていうなら、それでいいけどさ」


 僕が納得すると、一つ頷いてから席を立ったグラが、偕老同穴の装着された右手を掲げて、堂々たる宣誓を述べる。


「ショーンの特別な指輪は、私だけのものです」


 静かな声音だったが、それはまるで宣戦布告のようですらあった。そこまでありがたがられるような代物じゃないと思うんだけど……。



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