第9話 チート投資……に、なる予定

 ダンジョン内での依代の性能検証を終え、僕らは地上の屋敷へとあがってきた。最近は、僕が食事を必要とする体になったのもあって、結構頻繁に屋敷まであがっている。

 グラは少し面倒臭そうだが、僕一人を地上に送るのも心配らしく、いつも不機嫌そうに食卓についている。

 今日はまだ食事の時間ではないので、サロンのような部屋で、二人向かい合って座っている。室内には、執事のジーガも突っ立っているので、ダンジョン関連の話題は控えなければならない。


「それでは、地下したと同じように生命力が使えるのか、検証してみましょう」

「うん」


 これは、霊体であるダンジョンから離れた状況で、依代に霊体を宿している僕がどれだけの事ができるのか、確認する作業だ。

 僕はグラの用意した鉄のインゴットを、光の糸に変えてから、作り慣れたアーマーリングへと編み上げていく。この際、理を刻み込むと、僕らダンジョンが装具と呼び、人間たちがマジックアイテムと呼ぶ、特殊な能力を有する道具が作れるようになる。

 勿論、なんでもかんでも装具にできるわけじゃないが。


「できた」

「ふむ。どうやら現段階で霊体の機能に、致命的な瑕疵はないようです。肉体にも取り立てて問題は見つかっていませんし、おそらくは活動に支障はないでしょう」

「ははは。ちょっと風邪ひいたくらいで、心配しすぎだよ」


 少々ジーガの目を無視しすぎなグラに、釘を刺しつつ、これは体調確認の作業だったんだよ、と誤魔化しておく。グラは軽くため息を吐いて肩をすくめ、ジーガの方は無表情で直立不動を堅持している。

 ジーガはグラがいると、徹底して僕らに関わりを持とうとしない。いまの状況ではありがたいが、普段はちょっと堅苦しい。


「【鉄幻爪】ですか。刻んだ理は?」

「ただの【盲目】だよ。一定時間、傷付けた対象一人の、視覚情報を塗り潰すだけ」

「そうですか。まぁ、性能に問題がないようであれば、来月分に回しましょう」

「そうだね」


 月四個【鉄幻爪】シリーズの装具を作るだけで、この家は金貨で三〇枚程度の収入を得られる。普通に生きていく分には、十分な収入だろう。

 いや、嘘。僕はいまだに、どれだけ稼げば十分なのか知らない。金貨三〇枚といったって、そもそも金貨一枚が銀貨何枚なのかも知らない。十分な収入だというのは、ジーガの言葉の受け売りで、本当にそうなのかも実はわからない。


「あ、そうだ」


 以前ジーガが持ってきた話を思い出し、僕は彼に向き直った。


「ジーガ、偽銀と鉄と、あれば赤系の宝石も持ってきて」

「かしこまりました」


 恭しく頭を下げたジーガが、心なし早足で部屋を辞すのを見送って、グラに向き直る。


「なにを作るのですか?」

「グラ用の【鉄幻爪】。僕の提灯鮟鱇はこれまで通り僕が使うから、グラ用のもあった方がいいかと思って。いらなかった?」

「いえ、嬉しいです。そうですね。ならば私用の装具は、すべてショーンに用意してもらいましょうか」

「いやいや、それはダメだよ」


 いまの僕に作れるのは、幻術の装具だけだ。それも、かなり初歩的な。普段僕が使っている大王烏賊ダイオウイカには属性術が刻まれているし、大樽廻オオタルマワシは結界術だ。

 どう考えてもグラが自分で作った方が、多彩で強力なものが用意できる。装具は自分の身を守る為のものなので、そこに手を抜くのは悪手だろう。


「仕方がありませんね……」


 渋々といった態で頷くグラ。自分用の装具を用意してくれる気になったようだ。


「しかし、いずれはショーンに誂えてもらいたいものです」

「現状、幻術だけでいっぱいいっぱいなんだけどなぁ……」


 しかも、睡眠や食事が必要な体になった為、これまでできていた無茶は、できなくなっている。でもまぁ、いずれは幻術だけじゃなく、属性術やその他の理も学んでいきたい。

 そうこうしているうちに、ジーガが頼んだものを持って戻ってきた。サロンのテーブルの上に並べられたのは、赤のガーネットに鉄のインゴット、それとプラチナだ。


「そういえば、この偽銀ってどのくらい集まってるの?」

「まだ然程でもありませんね。精々が数キロ程度です。まだ集めるので?」

「うん、集められるだけ集めといて。銀より安いうちは、どれだけ買い込んでもいいし、金より安い程度でも、購入を前提にお財布と相談して」


 どうやらこの世界では、プラチナは銀の偽物として、あまり価値がないと思われているらしい。銀として仕入れても、銀より融点が高い為、銀用の設備では加工できず、あちこちで捨てられているんだとか。

 加工そのものができないわけではないらしいのだが、銀の偽物というイメージが付いたせいで、貴金属としての付加価値が低いらしい。

 なので僕は、遠慮なく投機目的で買い込んでいる。問題は、将来的に価値が跳ねあがるか否かだ。まぁ、別にあがらなくてもいいとは思ってるんだけど。

 その場合は、僕が個人で楽しむつもりだ。触媒としても優秀だと思うしね。


「はぁ。まぁ、買えっていうなら買いますよ。いま、ショーンさんがそれなりの高値で買い取るって話を聞いて、この町の商人はあちこちから偽銀を集めようとしているようです。どうしても、あなたと繋ぎをつけたいのでしょうね」

「ああ、なるほど。じゃあ、代金を【鉄幻爪】で払える相手には、それで支払ってもいいよ」

「いいんですかッ!?」


 目を剥いて驚くジーガ。僕としては、特殊な能力があるとはいえ、たかだか鉄のアクセサリー程度でプラチナが買えるなら、詐欺レベルでお得な買い物だと思える。ただし、彼らからすれば、感覚は逆になるらしい。

 これまで量産を渋っていた僕が、プラチナの代価として量産するというので、大袈裟に驚いているようだ。まぁ、現段階でのこの世界では、ジーガの反応の方が正しいのだろう。


「数にもよるけどね。増やせて月二、三〇かな」

「そんなに……。別に腐るものでもなし、翌月、翌々月の予約に回せれば、取り引きの依頼が殺到するでしょうね。ですが、確実に他所の商人の耳にも届くと思います。そうなると、そっちからも次々注文がくるようになりますよ?」

「こちらのキャパを超えない限りにおいて、ジーガに任せる。文句言われたら、そんなに欲しいなら真似していいって伝えておいて」

「またそんな……。勿体ない……」


 ジーガのような商人からすれば、得られる利益を得ずに、他者にその利権を掻っ攫われるというのは、ちっとも面白くない話なのだろう。この話をするといつも、カラスに高級食材で餌を与える人を見るような目で見られる。

 だが、僕にだって言い分はある。そうそうアイテム作りにばかり、かまけていられないのだ。ある程度以上のお金も求めていないしね。


「こほん」


 あからさまな咳払いが聞こえ、ジーガの背筋がピィィィンッと伸びる。見れば、無表情のなかに、ちょっとだけ不機嫌そうな色が滲むグラが、こちらを見ていた。


 どうやら、ジーガとばかり話していたせいで、ご機嫌斜めらしい。



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