第8話 依代の性能実験
では、どうして依代に僕の精神が乗り移ったのかについては、これでいいだろう。仮説でしかないが、これ以上は検証のしようがない。同じ条件を整えるには、コストがかかりすぎるので無理だし、僕自身に及ぶ危険を、グラは看過しないだろう。
そんなわけで、いまの僕の状態を、確認する。
「僕の魂魄はどこにあるの?」
「それはこちらにあります。擬似ダンジョンコアに宿っているのは、あくまでもあなたの霊体のみです」
「ふぅむ。つまり、こっちの肉体が死んでも、そっちに精神が戻るかも知れないんだね?」
「その可能性は高いですが、同時に戻らない危険性も無視し得ないレベルで存在します。軽率な行動は控えてください」
「了解」
まぁ、魂があっちで、肉体的にも借り物、霊体が宿っていても、どこまで定着しているのかって話だしね。こっちで死んだらどうなるのか、実際にそうなってみないとわからないのが実情だ。
「この依代を作る為に、どれくらいのDPを使ったの?」
「だいたい五MDPです。ただし、依代として利用可能な生命力は、試算段階では一M程度だろうとみていました。ショーンの体感としてはどうです?」
「っていってもなぁ……」
ぶっちゃけ、体の感覚が全然違うせいで、わかりづらい。ダンジョンコアの、外部からの影響に対して、万全ともいえる耐性がある状態が当たり前だった依然といまとでは、基礎が違い過ぎる。生物に限りなく近い状態の依代では、その感覚が根本からして違うのだ。
人間だった頃には、当たり前だった感覚なのに……。
例をあげるなら、体感温度だ。ダンジョン内の温度は、結構低い。地下に延びている影響だろうが、ダンジョンコアだった頃は、寒さそのものは感じていても、特に不快感を覚えなかった。依代に移ってから、寒さを強く感じるようになり、不快感も危機感も覚えるようになった。たぶん、対策を立てないと、いずれ体調を崩すだろう。
「生命力に関しても、僕は細かい測り方ができないからね。僕の生命力の総量が、一Mよりも少ないのか、五Mに近いのかは、ちょっとわからない」
「そうですか。ふむ……」
顎に手を当てて考え始めたグラ。そんな知的な姿が、実に絵になる。うん、やっぱり依代を作ったのは正解だった。
それにしても五Mか……。ダンジョンの保有している総DPから見ても、かなりの量だったはずだ。再吸収するつもりだったから注ぎ込んだのだが、ちょっと失敗だったかも知れない。
ここは早急に、下水道を取り込まないといけないようだ。
「ともあれ、人間の保有生命力が、平均で二〇〇KDPでしょ? 一Mあったら、十分じゃない?」
僕個人の身の安全を、これ以上心配する必要はない。むしろ、ダンジョンコアだったときの、自制しないと酔ってしまいそうな全能感がなくなった事で、ちょっと安心しているくらいだ。
「人間の保有するDPには、かなりの個人差があります。人によっては、一Mを超える者もいるかも知れません。また、人間はネズミ系のモンスターなどとは違い、武具や作戦を整える知能を有し、魔力、生命力の理などを用い、さらには徒党を組んで、自身よりも強大な相手を倒します。安易に生命力量で侮ってはいけません」
「それはたしかに」
もしも総エネルギー量だけですべてが決まるなら、ダンジョンが人間に狩られるなどという事態は起こらない。ダンジョンはたしかに、人間よりも大きく、強く、様々な権能を有してはいるが、常に人間に対して勝利してきたわけじゃない。
むしろ、かなりの数のダンジョンが、人間に狩られている。そのうちのいくつかは、あのフェイヴやセイブンさんたちによって、討伐されているのだ。
グラがそうならないなどとは、口が裂けても言えない状況である。侮るなど、愚考の極みだ。
「それでは、ここからはショーンに、ダンジョンコアとしての能力が、どれだけ残っているのかを検証していきましょう」
「オッケー。まぁ、三ヶ月前の復習って感じかな」
えーっと、最初はなんだっけ? あ、そうか。服を作ったんだった。
僕は床に手をつくと、保管庫から布を取り出すべく生命力を流した。
「あれ? ちょっと違和感が……」
保管庫にアクセスできない。なんというか、これまではすんなりと物資を取り出せていた箱が、急に厳重な金庫になったような感じだ。いつも入力していたスマホの暗証番号が、違うと表示されたときくらい焦る。
ああ、そうか。これもまた、ダンジョンコアとしての能力だった。おまけに、保管庫ってダンジョンコアしかアクセスできないよう、僕自身で縛りを付けていたんだ。
「なるほど。依代は、ダンジョンコアとして認識されない。しかし、ダンジョンそのものに対するアクセスは可能、と……」
冷静に現状を分析するグラ。僕としては、ちょっとだけ疎外感がるから、保管庫にアクセスできるよう、セキュリティを解除して欲しい。もしくは、僕にもアクセス権ちょうだい?
なお、布を糸状にしてから織り上げる事自体はできた。ただし、グラのサポートがなくなったせいで、非常に拙い出来になってしまった。
どうやら布の折り方も勉強しないといけないらしい。いや、その前段階の紡績から? やらなきゃならない事がいっぱいで、頭がこんがらがりそうだ。
仕方がないので、少し難易度を下げて革製のコートを作った。使えるようになった幻術を刻む事もできたのだが、正直霧を発生させられるインバネスとか、使い道ないかも。生命力の無駄遣いだったような……。
まぁ、寒かったので防寒着としては丁度いいか。
「ダンジョンコアとしての能力には、然程影響はないようですね」
「そこはグラが、きちんと依代を設計してくれたおかげってヤツじゃない? 僕が作ってたら、もっと杜撰な依代になってたよ」
「ええ、過去の自分を褒めたいというのは、こういう場面で使う言葉なのでしょうね。試作品だからと手を抜かなかったのは、最善の判断でした」
まぁ、生真面目なグラが、そういう手の抜き方をするとも思えないけどね。むしろ、試作品だからこそ、万全の機能を持たせていそうだ。
大丈夫かな? 緊急脱出装置くらいならともかく、自爆装置とかは積んでないよね?
ホント、大丈夫だよね? 下手に起動して、ダンジョンごと自爆、なんてゴメンだよ? グラが巻き添えになるから。
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