第11話 不具合の発見

 依代の性能について、一通り確認し終えた。さらなる稼働実験がてら、僕らはアルタンの町の散策に移っていた。

 ダンジョンから離れられる距離と、時間の検証である。なので、屋敷を中心に、ギルドと下水道あたりを巡って戻る予定だ。なにかしら不具合が生じても、通い慣れているだけに、土地勘がある。

 これで戻れないような事態に陥るなら、それはもう仕方がなかったと諦めよう。


「ショーン、不具合は感じませんか? 痛みや違和感等、ほんの少しでも感じれば、私はあなたを引き摺ってでも帰りますよ?」

「大丈夫。いまのところ、変化はなにもない」

「そうですか……」


 心配性のグラが、事あるごとに僕の体調を訊ねてくる。まぁ、いまの僕の状況としては、魂は別、霊体の本体からも離れ、偽物の肉体で外を出歩いているというものだからな。本物が一つもないような依代に、精神だけ宿っているともなれば、心配も当然か。

 もしグラが僕の立場にいたら、僕だって心配する。


「おい、あれ……」

「嘘だろ……。二人になってんぞ……」


 歩いていると、そこかしこからヒソヒソと声が聞こえてくる。チンピラから一般人まで、十把一絡げにこちらを注視しているようだ。目立っているなんてレベルじゃない。

 まぁ、こんなに似ている二人が、連れ立って歩いてりゃあ、目立ちもするとは思う。だが、だからってここまで注目するかって話ではあるのだが、僕は僕で、この町ではちょっとした有名人でもある。そんな人間が、いきなり分裂していれば、住人たちだって驚くというものだろう。


「鬱陶しい。まったく、これだから地上生命というものは」

「こらこら。みだりに地上生命なんて、呼ばない。せっかく潜入工作に向いている姿なんだから、身バレの危険はなるべく下げてね」

「一理あります……。わかりました」


 僕らが歩く先は、ざざざと人が引いて勝手に道ができる。普段は、たしかにちょっと敬遠されてる節はあるが、ここまでではない。

 今日はグラが一緒だから、こんなモーゼの海割り状態になっているのだろう。


 そんなこんなで、特に邪魔が入る事もなく、冒険者ギルドへと到着した。いつも通りの重厚な扉が、僕らを出迎えてくれる。

 この、一見大きく重そうな扉が、実は手入れが行き届いていて、スムーズな開閉が可能であるというのは、何度もここに通っている僕には自明である。なので今日も、僕はなんの気なしに扉に手をかけた。


「あれ?」


 だが、今日に限って扉はびくともしなかった。グラの前で恥ずかしいと思いながら力を込めるも、やっぱりうんともすんとも言わない。

 今日は休みで、鍵がかかっているのだろうか?

 そんな事を思ったら、後ろから盛大な笑い声が飛んできた。


「ハハハ! やめとけやめとけ! その扉を開けねえような坊主に、冒険者は無理だぜ!」


 そう言って、僕の隣を通り抜けたワイルド系イケオジが、片手で冒険者ギルドの扉を押し開き、悪戯っぽく笑いかけてきた。おいおい、カッコいいな。


「ま、どうしても冒険者になりたきゃ、素振りでもして鍛えてきな! ガハハハ!」


 こちらに背を向けつつ手を振って去っていくイケオジ。ふぅむ。どうやら僕を、冒険者になる為にここを訪れた子供だと勘違いしたようだ。

 しかしどうしようか……。既に七級の冒険者が、この扉を開けなかったとは言い出せないぞ、これ……。


「どうやら、支障が見付かったようだね……」

「そのようです。身体能力の検査が不十分でした」

「しっかし、依頼人が訪問する事もあるのに、扉がこんなに重くてどうするんだろうね?」

「重いといっても、成人男性であれば余程非力でもない限り、開けられる程度の重量です。問題ありません。行きましょう」


 そう言って、ひょいっと扉を開いたグラが、周囲の視線など気にせず屋内へと足を踏み入れる。僕はそんな視線から逃れるように、ギルドの扉をくぐる。

 扉も開けないような貧弱男が、開ける女の子の尻を追いかけている様子を見る視線が痛かった……。

 どうやらこの依代の筋力は、成人男性にも劣っているらしい。まぁ、見た目通りになっているといわれれば、割と納得ではあるが……。


 ギルド内は、静寂に満ちていた。


 室内にいる人間の注目は、すべてグラに集まっている。まぁ、僕も冒険者の界隈では、ちょっとは名の知れた存在だしね。主に悪名だけど……。

 グラは周囲からの視線をうけて、ぐるりと見回してから、蔑むようにふんと鼻を鳴らして彼らを睥睨する。

 そのうしろから僕が現れ、彼女の隣に並んだ事で、一気にギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


「おい! なんで小悪魔が二人もいんだよッ!?」

「俺が知るか! 今日はもう、俺ぁ帰る! 仕事はやめだ!」

「俺も! なんかあっても、俺を呼ぶなよ!」

「嘘だろ!? 白昼夢が二人だと!?」

「町を滅ぼす気か!?」

「いきなり女装してきて、頭イカれたのかと思ったが、どうやら二人に増えてやがったらしい。ハハハ、こりゃあ、イカれてんのは俺の頭だな! ハハハ、ハハ、ハハハ……」


 ざわざわという喧騒のなかから拾えたのは、こんな声だ。どうやら、僕にも二つ名のようなものが付けられていたらしい。しかし、小悪魔って……。そういうのは、可愛らしい女の子に相応しいあだ名だろうに。白昼夢ってのもなぁ……。


「行きますよ、ショーン」

「はいはい」


 周囲の騒ぎになど一切構う事なく、グラは受付へと向かう。そこには、珍しく驚いたような表情を浮かべている、馴染みの受付男性、セイブンさんがいる。


 はぁ……。前途多難……。



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