第12話 ギルドのテンプレ対策
「こんにちは、ショーンさん。本日は、そちらの方のご用件でしょうか?」
流石はセイブンさんだ。もう普段通りの態度で、僕らに応対している。
「はい。姉のグラです。グラ、こちらセイブンさん。僕がいつもお世話になっている、受付さんだよ」
「よろしくおねがいします、グラさん」
「ええ、どうぞよろしく」
しっかりと頭を下げるセイブンさんとは対照的に、少し首肯したようにしか見えないグラ。実に気位が高そうだ。いやまぁ、高そうというか、普通に高いのだが。
「普段は引きこもって研究ばかりしているのですが、今日は冒険者の登録に。今度、僕が壁外にでるのについてきたいようで、だったら冒険者の肩書きがあった方が便利だろう、と」
「ふむ、そうですか……。ですが、冒険者は階級に応じて、一定数のモンスターを狩る義務があります。その点は了承していますか?」
「ええ、構いません」
「そうですか。それでは、グラさんは十級冒険者からのスタートとなります。階級に関して、説明が必要でしょうか?」
「必要ありません。ショーンの知っている事ならば、私も既に知悉しています。余計な手間は省いて結構」
澄まし顔でキッパリと申し出を断るグラに、セイブンさんは苦笑しつつ「かしこまりました」と答える。
「それでは、登録料に関しても説明は不要ですね?」
「ええ。銀貨一枚でしょう。問題ありません」
そう言って懐から金貨を取り出すグラ。さっき、ジーガから受け取ってたヤツだ。
「…………」
セイブンさんの表情が、一瞬強ばった。それが、こんな場所で金貨なんてだすなって顔なのか、それとも両替が面倒くさいという表情なのかは、僕には判別が付かなかった。彼であっても表情を崩す程に、稀な事なのだろう。
「少々お待ちください」
グラが必要書類を書き上げると、セイブンさんはそう言って奥へと下がっていった。必要書類といっても、名前と現住所が記されただけだ。実は、僕の登録情報にも、もう住所が記載されているらしい。
あの事件があって、僕の住処は有名になってしまった。周知の事実をあえてギルドに知らせないというのも、不自然だったので仕方がない……。
そう、仕方がないのだが……、なんだろうこの、最初から魔王城の場所を、勇者に知られているようなハラハラ感。川挟んだ向こう側に、最初から見えてる感。僕はもっとこう、こそこそ隠れて裏工作したい派だ。
ダンジョンぶっ殺し隊の総元締めたるギルドに、住所を知られてしまったのは、正直失敗だったかも知れないと、いまでも思う。
「おいおい嬢ちゃん。あんたが冒険者ってマジか?」
最初僕は、その声はどこか別の場所で放たれたものだと思って無視していた。
「しかも、金貨を支払って登録たぁ。悪い事は言わねえから、帰ってパパに護衛でも雇ってもらえよ!」
ここでようやく、話しかけられているのがグラだとわかった。いや、わかったところで、僕はなかなか、その理解し難い現実を受け入れられなかった。
なぜなら、グラに喧嘩を売るような輩というものが、僕の想像の埒外だったのだ。いってしまえば、幼稚園児が自信満々に、ヒグマを挑発している光景を目にしたようなものだ。数秒後の惨劇を、予想できない人間などいないだろう。
そしてその事は、ある程度この町の事情に通じていれば、誰にでもわかる事だった。ここにいるのは、悪名高いアルタンの町のアンタッチャブルと、瓜二つの容姿の少女。ヒグマの隣にいるヒグマが、可愛いテディベアであるなどと、誰が思うだろうか。
だがそれは、どうやら僕の隣で喚く男の脳内では、いままさに起こっている現実らしい。信じられない……。
見れば、薄汚れた格好で、実に下級っぽい姿の冒険者だ。皮脂の浮いた顔に無精髭を生やし、髪もボサボサ。取り立てて、見るべきところなどない男だ。
勿論、見た目で侮るような事はしない。フェイヴの例もある。小物臭いヤツが実は有能で、グラをダンジョンコアだと見抜き、背中を見せた瞬間ブスリなんて、可能性もないではない。いやまぁ、たぶんないだろうけど……。
「そこの受付」
「は、はいっ」
グラは男を一顧だにせず、セイブンさんのいなくなった席の隣に着いていた受付女性に、話しかけた。
「こういう場合、我々はなにもせず、ギルドの人間に任せればいいのでしょう? だったら、ささとこの小虫を払いなさい。それとも、私が払ってもいいのですか?」
「い、いえ! そ、そうですね! ちょ、ちょっと、そこのあなた! 他の冒険者に絡むのは、やめてください! これ以上の行為が認められた場合、資格の剥奪もあり——」
「小虫だぁ!? おいおい嬢ちゃん、大きくでたなぁ! おうよ、払えるもんなら払ってみやがれ!」
最初こそ青い顔をしていた受付女性が、グラの後ろにいる冒険者に注意を促すも、どうやらその男はちっとも聞いていないらしい。顔を真っ赤にして憤っているようだ。
僕は呆れつつ、あわあわし始めた受付女性に声をかける。
「それで、こっからどうするのが正解? ウチのグラが犯されるまで待てってなら、アレ、殺すけど問題ない?」
「ちょ、ちょっと待って! け、警備員さぁーん! は、早く来てぇ!!」
「対応おっそ。二回目なんだから、迅速にでてこれるようにしといてよ……」
以前僕らが、モッフォとかいう冒険者に絡まれたのと、ほとんど同じ状況だ。あのときは、僕がまだ冒険者資格を有していなかったおかげで、モッフォだけが裁かれる形になった。だだし、本来なら両成敗の案件だったと、釘も刺された。しかし、だったら再発防止の義務はギルドにこそあったはずだ。
絡まれて、一方的に被害を受けてからでないと動けないというのなら、反撃は十分に自衛行為の範囲内だろう。
グラと冒険者の間に一触即発の緊張感が漂い始め、僕も参戦の準備を始める。とはいえ、身体能力が落ちているのがわかったいま、どれだけの事ができるのかは未知数だが。
そんななか、バタンと勢いよく扉が開かれたかと思うと、黒い影が受付の机を飛び越え、グラと冒険者との間に割って入る。
偕老同穴を構えていたグラも、いまにも彼女に掴み掛からんとしていた冒険者も、呆気に取られてしまうような身のこなしだ。
「まったく……。なんとタイミングの悪い……」
両者の間でため息を吐いたのは、セイブンさんだった。
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