第13話 三級冒険者の実力を超えるトラブルメイカー
多少締まった体付きだが、どこにでもいそうなおじさん。ただし、笑顔の裏でなにを考えているのかわからない、怖い人。
それが、僕のセイブンさんに対する印象だった。だが、いまの動きは素人目にも、ものすごい身のこなしだったと理解できる。
それは、いままで話にしか聞いていなかった、セイブンさんが三級冒険者であるという事実を裏付けるに十分な動きだった。
「な、なんだてめえはッ!?」
「…………」
突然目の前に現れたセイブンさんに、喚き散らす男と、油断なくセイブンさんにも警戒するグラ。
「申し訳ありません、ショーンさん。グラさん。このような不埒な輩の対処に、ギルドとしては現役の冒険者を、常に一人は受付に配置するよう対策を立てていたのですが……」
折り悪しく、セイブンさんがいないタイミングで、問題が起こってしまった、という事か。そう考えると、金貨を見せられたときのセイブンさんの表情の意味もわかってくる。
金貨を人目に晒した事で、トラブルが発生する可能性は高まった。だが、受付の仕事としては、登録を受理して、プレートを用意してこなければならない。必ずしも問題が起きるとは限らないし、受付業務をなおざりにするわけにもいかない。ギルド内の、しかも受付の前で問題を起こすような輩が、モッフォの他にそうそういるとも思えないので、他の職員に業務を代わってもらう程でもない。
そういう葛藤が、あの一瞬でなされたのだろう。そして、バカは意外と多いという結果が導き出されたわけだ。
「まぁ、冒険者なんて社会の底辺を寄せ集めて、鳴子代わりのカナリアにしているだけだもんね……」
ボソリと呟いたら、セイブンさんがギョッとしたような目で僕を見てきた。そして、セイブンさんに食ってかかるも無視されていた冒険者も、こちらを見ている。そこには、明白な敵意が浮いていた。
「このガキィィッ!?」
「え? なにこの人。なんでキレてんの?」
「ッ! それは、ショーンさんのいまの発言が、夢を持って冒険者になった者の憧憬を、踏み躙る言葉だったからです!」
僕に掴みかかってきた男の手を払い、肩で弾き飛ばすように押し返したセイブンさん。後ろに飛ばされてたたらを踏んだ男は、なおも僕に敵意を向けてくる。
ああ、なるほど。要は、冒険者ドリームを抱いてギルドの門を潜ったはいいものの、鳴かず飛ばずで下級に甘んじている男にとって、その憧れこそが幻想だと突き付けられるのは、あまりに痛すぎた、という話か。
でもね、夢なんて往々にしてそんなものだよ。夢を実現するには、どこかで夢を現実にしなければならない。それは、どんな業界、どんな分野であろうと、きっと辛く苦しい作業なのだ。
……と、音楽家として世界を飛び回る母が言っていた。含蓄のある言葉にも聞こえるが、夢を叶えたヤツがそれを言っても、金持ちには金持ちの苦労がある、みたいな台詞にしか聞こえないと思う。こういう言葉は、挫折した人間が語ってこそ、味がでるのものだ。
などと益体もない事を考えていたら、無視されたと思ったのか、もう一度男が飛びかかってきた。もう、僕との間にはセイブンさんがいるというのに、果敢な事だ。
「——しまったッ!?」
セイブンさんの焦った声。彼の目は、男にではなく、僕にでもなく、別の誰かに向いていた。
男の横から飛び込んだ影は、その小さなシルエットを最大限に活かし、相手の懐に飛び込むと、思いっきり腕を振り抜いた。赤い残光の軌跡が、そのストロークのシュプールとなって、空間に残留する。
右手を振り抜いた姿勢で、その小さな影——グラは口を開く。
「捕らえなさい――
本当、あのときの焼き直しのようだ。前回はまだ名付ける前だった提灯鮟鱇で、そして今回は偕老同穴で相手を惑わしたグラ。唯一違うのは、僕はその光景を客観的に見られるという点だろう。
そして、特等席で眺めるグラの妙技は、僕の男の子な部分を、どうしようもなく刺激する。僕も、あんな風に戦ってみたいと、年甲斐もなく思ってしまうくらいには、格好良かった。
「うわあぁあぁああ!? な、なんだこりゃあ!?」
悲鳴をあげる男を見れば、恐る恐るなにかに触れるように、両手を前にあげている姿で直立していた。
幻術の一つ【監禁】。それが、偕老同穴に刻まれた理である。害意を糧に、対象を捕らえる檻の幻を見せる。
当然、幻術にかけられていない僕らにはその檻は見えない。なので、単に男が両手を晒しながら、ピンと背筋を伸ばして立っているようにしか見えないのだ。
それにしても、随分と狭い檻が見えているようだな……。
この【監禁】で見る幻覚は、その者の敵意の鏡像でしかない。相手を害しようとする意識が強ければ強い程、檻は狭くなり、己の行動は制限される。
敵意を煽る幻術を使わなくてもこれというのは、流石にキレすぎだと思う。
「ふむ。ではここでもう一手【
「やめなさい!」
さらなる追い打ちとして、グラが偕老同穴とは別に、自分の手で男に幻術をかける。それを注意するセイブンさんだが、とき既に遅しだ。
「いてぇぇぇええええ!? と、棘がぁ!? せ、狭ぇぇええ!?」
どうやら、こちらに対する敵意が強すぎて、檻に棘が生えたらしい。これは、なるほど。少し面白い。
こういう、相手が勝手に作り上げた幻覚というものが、どういうものになるのかというのは、術者にもわからないところがある。だからこそ、こうして実際に使ってみて、予想外の結果に至るというのは、純粋に興味深い。
相手? 死んでないんだし、グラに絡んでこの程度ですんだなら、むしろ幸運に感謝すべきだろう。僕は別に、人間なら無条件で守りたいわけでも、死んで欲しくないってわけでもない。
敵意や悪意を向けられれば、それに反発したくもなるし、強烈な殺意に対しては、こちらも殺意に近い感情を抱きもする。勿論、殺してしまってから罪悪感を抱く事もあるだろうが、それまでは強い感情に支配されたりもする。後悔というのは、いつだってしてしまってからするものだ。
ちなみに、グラに対しては、無条件で守りたいし、その為のどんな行為だって肯定する。それが大切な家族に対する、普通の心持ちだろう。
それこそ、なにかあってからでは、後悔しかできないのだから。
「はぁ……。ショーンさんだけでも大変だっていうのに、またとんでもないお嬢さんが現れたものですね……」
ただ、やれやれと首を振ったセイブンさんには、ちょっと申し訳ない気持ちになった。たぶん、僕が余計な事を言わなければ、彼は穏便に二人を仲裁できたのだろう。
セイブンさんは、僕を守る為にグラから意識を外し、さらにおそらくは冒険者の男にも怪我をさせないよう配慮したせいで、彼女の攻撃行動を抑止できなかったのだ。
僕がいなければ、たぶんもっとすんなり、話はすんでいたと思う。グラも、流石にセイブンさん相手に無茶はしない……と、思いたい。しないよね?
まぁ、たぶん僕に危害が及ばなければ、大丈夫だと思う。
あれ? だったら事の原因って、だいたい僕って話にならない? いや、ならないと思う。ならないよね?
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