第70話 先鋭化する【新王国派】とその思惑

〈6〉


 現在の王都は活気に溢れていた。いままさに、着飾った主流派貴族の連中と、新品の鎧に身を包んだ兵士たちが、王都住民たちに見送られて出征しているところだろう。

 そんな華やかな王都の活況とは裏腹に、室内の空気は重い。窓から差し込む日差しと、薄暗い室内が、まるで彼らと我らとのおかれた立場を物語っているようだ。


「……忌々しい」


 室内にいた誰かが、ポツリとこぼす。ニスターリ男爵か? それともピステル準男爵だろうか?

 どちらにしろ、この状況でそれを口にしても、さらに空気が澱むだけだろうに。……気持ちはわかるが。


「【王国派】の連中、まるで自分たちが勝ったとでも言わんばかりの態度ではないか。意気揚々と壮行パレードなど催しおって……」

「仕方あるまい。この状況で、ルートヴィヒ殿下御自ら軍を率いての御出征だ。もしもつつがなく、ヴェルヴェルデ大公の旧領奪還が成れば、殿下の御即位は間違いないものとなる」

「そして、ラクラ宮中伯、ドゥーラ大公、フィクリヤ公、そしてヴェルヴェルデ大公という、我が国の選帝侯の半分以上が協力し合った軍勢だ。東の異民族など、本国の軍勢を総動員したところで、鎧袖一触であろう」

「おまけに、西には王冠領、南には大司教が睨みを利かせ、後方撹乱の懸念すら皆無。これでは、万に一つもこの遠征が失敗する事などあるまい」

「そして、成ればそのまま……」


 そこでシンと、室内が静まり返る。誰もその先を、口にしたくないのだろう。

 新たなる新生ボゥルタン王の即位。それは本来、この国に住まう誰にとっても慶事である。我々とて、きっとここまで状況が悪化していなければ、素直に慶び、謹んで新王即位を寿げただろう。

 だが、既に我々は【新王国派】という派閥を立ち上げてしまっており、引き返すには道を進みすぎていた。誰もが、ここで引き返すのが正解とわかっていてなお、それを躊躇してしまう程には。

 そうだ。この選択は間違っている。十中八九、我々はこの政争に敗れ、零落の憂き目にあう。それを理解できない程、我らとて馬鹿ではない。


「マクシミリアン殿下のご様子は?」

「荒れておられる。選帝侯の多くがルートヴィヒ殿下を支持し、自分についたのは我ら弱小貴族のみだ。せめて一人でも、選帝侯がお味方くだされば話は別なのだが……」


 まったく、この状況で自暴自棄になっても仕方なかろうに、殿下にも困ったものだ……。


「無理だろう。旗幟の明らかでない選帝侯は辺境伯と大司教だけだ。大司教が危うい橋を渡るならば、わざわざどちらかの殿下を頂かずとも、自らの奥方を立てれば良いだけの事。その方が得られる実も大きく、少なくともマクシミリアン殿下よりも勝利の目は多い」


 もっともな意見に、誰一人として反論ができない。室内には、鬱々とした沈黙が蟠る。


「ヴィラモラ辺境伯はどうだろう? 可能性としては一番あり得るのでは?」

「可能性だけならばそうだが、それは新王の即位に対して、一番消極的だからだ。わざわざ我々に協力する意義はあるまい」

「だが、利があれば……」

「辺境伯に与えられる利が、我らに用意できるとでも? 精々が、殿下が御即位の際には、王冠領にウェルタンを戻す程度の、口約束が関の山であろう」

「ではそれを約せば良かろう! 元々王冠領だった港湾都市だけで選帝侯の一人が味方になるのなら、安いものであろうが。我らに、形振り構っていられる余裕などなかろう!?」

「ウェルタンの莫大な交易利権を、みすみす手放すと? 流石にそれでは、他の中央貴族らからの反発が強まりましょう」

「どうせ【王国派】連中が独占している利権だ。他国に売り払うでもなし、王冠領が有するのであれば第二王国そのものの国益を害すわけでもあるまい」

「ウェルタンを返還するとなれば、それを領すのはゲラッシ伯爵家となろう。彼の伯爵は、一応は王冠領ではなく中央に属す貴族である。であれば、然程の問題とはいえまい」

「問題大ありです。いま以上に力を得ては、いよいよ王冠領独立が現実のものとなりましょう。ゲラッシ伯とて、いつ王冠領側にその立場を移すか、わかったものではないのですよ?」

「左様。外様の貴族どもが力を持ちすぎれば、すぐに好き勝手を始め、中央の統制など利かなくなる。それがわかっているからこそ、ウェルタンの返還などすれば、いよいよもって我ら【新王国派】に対する支持は地を這おう。それではマクシミリアン様の即位など夢のまた夢……」


 侃侃諤諤、ああでもないこうでもないと言い合う、派閥の貴族たち。ぼんやりとそれを眺めつつ、私は密かに嘆息した。

 我ら【新王国派】は、いままさに水泡に帰さんとしている。その存在理由が失われつつあるのだから、それもむべなるかな。日々鞍替えする末端の貴族は増え、別派閥の者らからの視線は、敗北者へ向けられるそれとなりつつある。


「……それは、まぁ良い」


 実際、我らの派閥が政争に敗れつつある事は事実なのだ。


「モーラー伯爵、なにかおっしゃられましたか?」


 私の独り言を聞き取った、ジャロー術士爵が問いかけてくる。私はそれに、「なんでもない」と首を振って答える。

 だが、これでも一応はこの派閥の長の挙動であり、どうしても注目を集めてしまう。

 室内の多くの目が、私に向いているのを自覚して、思わず出そうになったため息を飲み込んだ。


「蓋し、我らに迫られている選択肢は二つであろう」


 仕方なく、私は口を開く。自明の理を改めて説くように、それを選ばせるように彼らに提示する。


「一つは、このまま座して【王国派】の勝利を見守る事。一つは、なんらかの形で逆転を期する手を打ち、殿下の御即位を目指す事。その二つの間にある曖昧な選択肢のすべては、この場合害悪にしかなるまい。栄光か破滅かオールオアナッシング。我らが進む道は、このいずれかしかないのだ」


 前者を選べば、当然ながら敗北者である我らに待ち受けているのは、徹底した冷遇であろう。少なくとも、三代の間は取り返しはつくまい。

 さりとて、後者を選んだからとて、必ずしも栄光が約束されているわけではない。いや、勝利の目は限りなく小さく、我らが栄光を得られる可能性は一〇〇の内、三〜七といったところだ。

 それを、こう言っておけば二分の一のように聞こえるのだから、不思議なものだ。


「勿論、我らは伯爵と共に一度立った身。ここで座して敗北を受け入れる事などできぬ!」

「左様! モーラー伯爵閣下! どうか、我らと共に栄光を掴みましょうぞ!」

「然り! どうせここで引き返そうと、すべてを失う事に変わりはない! なればこそ、己が信念、貫き通しましょうぞ!」


 意気込みを示すように、各々気勢を吐く【新王国派】の面々。私はそれに、一つ一つ頷いていく。

 自らが立ち上げ、心血を注いで育てた派閥が先鋭化していく様を目の当たりにするのは、なんとも虚しく、それでいて背徳的な感慨を禁じ得ぬ。

 このまま、彼らを誘導して第二王国中を混乱の坩堝に落とせれば、我が主人のご期待にも十全に沿うのだろうが【新王国派】そのものが、ここまで弱体化してしまったいまでは望むべくもない。このまま霧散させるくらいならば、せめて目的の為に使い潰すというのが、主人の計らいだ。


 精々踊ってくれよ、人間ども。グレイ様の御為に。



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