第69話 ダークエルフの時間感覚
●○●
家に戻って……。
特にアルコールの影響を受けていないグラと僕、ついでに使用人のシッケスさんが、書斎にて顔を合わせていた。僕らとしては、帰宅と同時に地下に直行しても良かったのだが、シッケスさんたってのお願いで、一度屋敷の方で話しておく事になった。
ちなみに、ティコティコさんはセイブンさんの家に泊めるらしい。前回の事で、アルタンでは木賃宿ですらティコティコさんは門前払いされるそうだ。流石にギルド側も、宿側に赤字を承知で宿泊をお願いする事はできず、このままでは野宿しかない。それは、仲間として流石に忍びないとの事で、セイブンさんが引き取った形だ。
彼なら、寝込みを襲われても返り討ちにできるだろうし、個人的には、大人で仲間なんだから僕より先にそっちで対処して欲しいところだ。
書斎の中は僕の幻術の明かりと、グラの属性術の光源がある為、夜にしては明るい。まぁ、蠟燭数本を灯した程度の光源だが。窓からの青白い月明かりと、ぼんやりと室内を浮遊する、野球ボール大の【魔術】の暖色の光源が、室内を舞う埃の形を浮き彫りにしていた。
「さて。まずはグラちゃん」
「なんです?」
「姐さんを殺さないよう、手加減してくれてありがとう」
深々と頭を下げるシッケスさんから、グラは不貞腐れたように視線を逸らす。
勿論、グラがシッケスさんとの決闘において、完全に手を抜いていたというわけではない。だがそれでも、死神術式も使わなければ、広範囲に影響を及ぼすような属性術も使わなかった事で、バスガルのダンジョンでの共闘経験もあるシッケスさんには、手加減に見えたのだろう。
「手加減などしていません。私は全力で、あの白兎を倒しにかかりました。そういう言い方は、私の矜持をも軽んずる発言であると心得なさい」
「うん、まぁ、そだね。わかってる。ごめん」
そう言ってシッケスさんは、言葉を濁しつつ苦笑する。
まぁたしかに、あんな場所で死神術式や広範囲を巻き込む属性術なんて使えないし、それらは決闘に用いるには殺傷能力が高すぎる。サリーさんのように、攻撃手段のない高空に逃れてから、遠距離攻撃でチクチク攻撃するという方法も取れたのだが、それもしなかった。グラとしても、決闘には不向きな戦法だと判断したのだろうが、形振り構わず勝利を目指すならば卑怯の誹りを受けようと、有利なカードを捨てるべきではなかった。
結果グラは、術士としては枷を嵌められた状況での戦闘を強いられたわけだ。
そこに言い訳をしないのは、実にグラらしいといえる。敗北の後に、グダグダと口舌を垂れるような見苦しい真似は、彼女の矜持が許さなかったのだろう。
……というか、そもそも一対一での決闘自体が、後衛術師にとっては不利すぎる環境なのだが。まぁそこは、端から喧嘩腰でそれを受け入れたグラの落ち度だ。しかも、そこで選んだ武器が【影塵術】というのも……。
いや、グラ自身が黙している以上、ここでこれ以上語るようなものでもない。
「あなたが言いたいのはそれだけですか? でしたら、我らは早々に戻りますが」
「違う違う! それだけじゃないよ。ショーン君!」
「はい」
おっと。今日はもう、徹頭徹尾蚊帳の外だった僕に水が向けられた。蚊帳の外なのに、どういうわけか話の中心に置かれるという『お前の蚊帳、ドーナッツ状かよ』と言いたい状況である。そのくせ最後は、用無しとばかりにティコティコさんにすら捨て置かれ、話題からすらポイされた僕に、いったいなんの御用でしょうか?
「こっちは今年、もう十二歳だから。待ててあと一年だかんね! 姐さんとのアレコレを優先する前に、こっちとの関係もキッチリしといて欲しい!」
「あ、え? はぁ……」
関係もなにも、僕とシッケスさんも、僕とティコティコさんも、具体的な関係は何一つないのだが……。それに、正直ウサギやダークエルフとの関係って、端から行きずり前提の関係みたいで、あまり気が進まない……。
いやまぁ、そもそもダンジョン側として生を受けた以上は、地上生命との恋愛、婚姻、出産育児は、あったとしてもカバーとしてという事になるだろう。さらにいえば、僕らの正体が露見した際に、相手と子孫に大いに迷惑をかける事になる。
それはちょっと、いや非常に心苦しいのだ……。まぁ、ポーラさんと婚約しといて、なにをいまさらという話ではあるのだが……。
「十五にもなれば、ダークエルフにとっては人生も後半戦なの。それまでに、最低一人くらいは子を成しておかないと、こっちとしてもいろいろと困るワケ。只人のショーン君としては、あまりピンとこない話かも知れない。まだまだ若いんだしね。だけど、こっちも割と切羽詰まってるから、そこんとこきちんと考えといて欲しいの! 話はそんだけ! ごめんね」
そう言って笑うダークエルフのシッケスさん。その快活な笑顔に、罪悪感と寂寥感から胸を締め付けられる思いがする。
ダークエルフの平均寿命は三〇そこそこ。そんな彼女にとって、一年という時間の重みは、普通の人間の感じるものと同じではない。しかも、十二歳の彼女にとっては、いまはまさに出産適齢期であるわけだ。
それでも一年待つという言葉の意味は、それなりに大きい。
「もしも、キッチリと考えて否という結論に達したらどうします? あるいは、伯爵家との兼ね合いで、ポーラさんとの子作りを優先しなければならず、一年以上お待たせしてしまう可能性もおおいにあり得ます」
ハッキリ言って、その辺り僕はもう、自分の結婚とか子孫とかを『ハリュー家』という、地上における諜報拠点の維持に必要か否かという観点でしか見ていない。……性欲が復活したのちの自分が、そのスタンスを維持できるかどうかは、自信がないのだが……。
「あ、勘違いしないでね。一年ってのは、只人のやり方に合わせられるのが、一年って事」
あっけらかんと、僕に対して手を振りつつ、勘違いを訂正しようと言葉を紡ぐシッケスさん。その意図を量りかね、僕は首を傾げる。
「? どういう意味です?」
「つまり、一年経ったらこっちも、姐さんみたいに形振り構わず、アタックをかけるし、最悪ショーン君の事を攫ってでも子を作るって意味。悪いけど、南大陸のアマゾネスの辞書に『狙った男を諦める』っていう選択肢はないから」
「えー……」
さっき、ちょっとしんみりした僕の思いを返して欲しい。それって結局、僕に選択肢ないじゃん。子作りする事は決定事項で、一年後には拉致誘拐も辞さないという犯行予告じゃん……。
いやまぁ、ぶっちゃけ話に聞いているウサギやダークエルフのやり方を思えば、ティコティコさんやシッケスさんは随分と、自制が出来ていると思う。そう、あのティコティコさんですら、南大陸本土のウサギに比べれば、清楚と言っていいくらいに奥ゆかしやり口なのだ。
女性優位の彼女らの部族のやり方なら、もうとっくに僕を拉致にかかっていてもおかしくない。そうなると完全に抗争になるわけだが、南大陸ではそんな小競り合いが日常茶飯事らしい。
そういう意味で、やはり彼女たちは随分と、北大陸に合わせている。少なくとも、南大陸で『ウサギが男を譲って欲しいと、その姉に決闘を申し込んだ』などと言えば『ウサギがそんな礼儀正しい手順など踏むか』と、一笑に付されるだろう。
「つまり、僕にノーという権利はないと?」
「権利はあるよ? その後は意見の相違から、我の張り合いになるってだけ。北大陸だって、意見の対立の末には紛争しかないでしょ? こっちだって、最大限北大陸のやり方には合わせるけど、だからってこっちらのやり方を全否定されても困るっての」
そりゃ、国家間とかマクロな視点ではそうかも知れないけど……、それを単なる色恋沙汰に当てはめるのは大袈裟すぎるような……。いやまぁ、シッケスさんにとって切実な話だというのは分かるのだが。
「最大限、ショーン君の意思を尊重するつもりはあるよ。ただ、だとしてもこっちには、己の意思を曲げるつもりもないワケ。そっちのやり方で折り合いが付かないなら、こっちのやり方を押し通す。要は、それだけの事だよ」
シッケスさんの双眸には、僕らをこの書斎に呼んだときにもあった真剣さが、いまなお宿ったままだ。その様子に、韜晦は無意味であり、状況を悪化させるだけだと嘆息する。
「はぁ……。わかりました。どうあれ、遅くとも一年後までには結論を出しましょう。場合によっては決裂も視野に入れておいてくださいね」
どう短く見積もっても、僕とポーラさんとの間に一年以内に子供ができるなどという事はない。そこは伯爵家とハリュー家との兼ね合いが必要になる。それ以上に、まだ政治的にそこまでの歩み寄りが必要とは思っていない以上、やはり婚姻や子作りは必要ないと見ている。
つまり、この問題においては、近い将来に必ず問題が顕在化する爆弾であるのだ。例え答えがイエスであろうとも、だ。
「うん。それでいいよっ! じゃ、ホントそれだけだから。お休みっ!」
言うが早いか、シッケスさんはパタパタと手を振って書斎を出ていった。はぁ……。やれやれ……。今日は本当に気疲れした一日だった……。
「ショーン。今日は夜通し、話し合いたい事があります」
……どうやら、本日の睡眠時間は消失したらしい……。
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