第32話 別行動

 そう言われて、僕とチッチさんラダさんは、思わず再び顔を見合わせる。当然、脳裏にあるのは、ミルメコレオのダンジョンで見た宝箱だ。


「あん? その反応、もしかして知ってたのか?」


 こちらの様子に不審を覚えたジョンさんが、険しい表情で問いかけてくる。だが、こちらはそれに対して、首を横に振りつつ答える事しかできない。


「その件に関しては、僕らには守秘義務が課されていますので、明言できません」

「言ってるようなものだ」


 ケーシィさんが、色気のある苦笑いで揶揄してくる。まぁ、こんな言い方されたら、宝箱の存在を認めているようなものだろう。さりとて、この状況ですっとぼける方が、不信感を招くだろう。結局は、こう言うしかない。

 しかしなるほど。この二人が、ギルドの意向を無視して、僕らの反対を押し切ってなお、ダンジョン探索を強行したがっている理由はこれか。たぶん、さっきの上級冒険者云々よりも、こっちの方が強いだろう。


「知ってるなら話が早ぇ。その、所謂『宝箱』があるなら当然、最初にダンジョンに入る冒険者にアドバンテージがある。もし、ダンジョンの攻略が叶わずとも、そのお宝があれば、お釣りがくるだろ?」

「宝箱の中身がわからないのにですか?」

「聞いた話じゃ、宝石や金銀だったって話だ」


 自信満々のケーシィさんだが、いくらなんでも情報の精度が荒すぎやしないかい。こんな情報に命や将来、社会的評価を賭け皿に乗せての一攫千金など、こちらからすれば冗談じゃない――と、通常時なら判断する。

 そして、故にこそここでは、その通常時の判断に従うのが最善だ。僕らが普通の発見者であると印象付ける為にも。


「一応、言える範囲で僕らの有する情報を伝えておくと、、」宝箱に金銀など入っていませんでしたよ」


 僕の言葉に、一度顔を見合わせてから【愛の妻プシュケ】の二人は、チッチさんやラダさんを見る。当然、二人も首肯していたが、ラダさんの顔には後ろめたさがあった。

 まぁ、たしかに金銀はなかったけど、代わりに宝石である尖晶石スピネルがあったしね。裸石ルースだったけど。

 そんなラダさんの表情を見咎めたのか否か、【愛の妻プシュケ】の二人は顔を寄せ合い、こちらに届かぬ声音で話し合いを始める。その秘かな話し合いを待たず、僕は話し始める。


「ですから、ここは一旦退きましょう。このダンジョンはサイタンからはそれなりに遠いですし、報告してからとんぼ返りしても、他の冒険者に発見される可能性は、そこまで高くありません。もしいても、一パーティていどでしょう。それに、すべて掻っ攫える程度のものであれば、やはりここで無理をする意味が薄い。ハッキリ言って、命と天秤に懸けられる程の利になるとは思えません」

「そうだぜ兄弟。言うて、あっしらのときも、別に一番乗りじゃなかったんだ。第一発見者を含めてのパーティを結成して、情報封鎖の依頼を受けるって流れだった。一度ここで戻ったからって、絶対損をするってワケじゃねえ」


 そういえばそうだった。まぁ、第一発見者が僕らとラベージさんだったというのは、この際説明する必要はないだろう。

 こちらからの提案を受けて、二人の出した結論は――


 ●○●


 結局【愛の妻プシュケ】の二人は、頑として新ダンジョン探索を譲らなかった。これ以上の問答は時間の無駄だと判断し、僕らとチッチさん、ラダさんの四人は彼らと別れ、帰路についていた。

 彼らには悪いが、あのダンジョンは悪目立ちしたくないから、四層に至らない限り宝箱はない。生きて帰ってきても、手ぶらでギルドの評価だけ落す事になる。まぁ、彼らが自分で決めた事だし、それはそれだ。第一、以前のラベージさんでもなし、わざわざ生きて返してやる予定もない。

 新ダンジョンの洞窟から少し離れた場所で、僕はおもむろに足を止めて、チッチさんたちを振り返る。


「さて、少々相談なのですが」

「相談ですかい? 連中の事なら、もうどうにもなんないと思いやすぜ?」


 僕の声に振り向いたチッチさんが、ウンザリとした表情で嘆息しつつ答えてくれた。まぁ、その意見には僕も概ね同意だ。


「それはそうなのですが、もし彼らが不測の事態で撤退してきた際、状況如何によってはサイタンまで自力で戻れない場合もあるでしょう。僕らが、ギルドの判断を仰いでここに戻ってくるまで、最短でも五日はかかる。いえ、たぶん実際は一、二週間はかかるでしょう」


 そうなった際に、ここまで撤退してきた【愛の妻プシュケ】は、二進も三進もいかず野垂れ死ぬしかない。


「それは、流石に哀れでしょう?」

「そうですかね。自業自得だと思いやすけど。連中だって、リスクは承知で別行動を取ったわけですし、こっちがそこまで気に病む必要はないでしょう?」


 まぁ、それもその通り。僕だって別に、本心からあの二人の心配をしているわけではない。


「そうかも知れませんが……――」

「待った。要は、ショーンの旦那は一人で残って、あの二人を待ちたいと、そういう事かい?」

「まぁ……、端的に言えば……」


 煮え切らない僕の態度に、焦れたようにラダさんが問いかけてくる。僕はそれに、まるで大人に叱られているような心持ちで答えた。


「やめましょうや。アイツらは、勝手に欲をかいて独断専行したんす。あっしらはそれを止めた。だけど奴らはこっちの忠告なんざ聞かずに、危険を冒した。だったらもう、この話はこれまででしょう?」


 お説まったく御尤ごもっとも。チッチさんが虫でも払うように手を振ると、ラダさんも同意するように頷いた。

 二人が冒したリスクは、その二人だけが負うべきものであって、飛び火を覚悟してまで、危険を回避した僕らが負うべき責ではない。それならまだ、同行した方がマシだ。


「そこで相談、というか提案なのですが……」


 僕は話を元に戻すようにそう言ってから、チッチさんたちへと今後に行動について――というか、今後の別行動について話す。


「要は、あっしらはグラ様の【転移術】にてサイタンに戻り、ショーン様はここに残る。ショーン様は、あの二人が撤退してきた際に、必要なら手当てをしつつ、この場に押し止める。そんで、四日後にグラ様がサイタンから【転移術】でこの場に戻って人員の回収を試みる、ですか……?」

「はい。最悪の場合でも、お二人にはなんのリスクも生じません。サイタンに戻った際の、ギルドへの報告は、申し訳ありませんがチッチさんにお願いする事になりますが……」

「そんなのは、別に構いやしやせんが……。どうしてそこまで?」


 独断専行を試みた二人に対し、必要以上に肩入れしている点を訝しんだチッチさんが、真剣な眼差しで聞いてくる。僕はそれに、苦笑しつつ肩をすくめて返した。


「いや、あの二人の言う通り、僕らは上級冒険者として、まったく頼りになりませんからね。現に、これまでの山歩きでは、五級である皆さんに頼りきりだった、情けない四級です。そして、ダンジョンの入り口を見付けて帰る以上、これ以降も特にやる事などありありません。だからまぁ、せめて尻拭いくらいは、この集団の長として担いたいな、と」


 僕らは冒険者としては、二流もいいところだ。その点で彼らが反発を覚えたのも、仕方がないといえる。僕らが、フェイヴやィエイト君、シッケスさんくらい、きちんと冒険者できていたら、きっと彼らもこちらの説得に従ってくれただろう。

 だからまぁ、せめて殿しんがりくらいはやってあげようと、そういう態だ。


「つまり、意地ですかい?」

「まぁ、そう言って言えなくもありません。僕らが四級冒険者に見合わぬ経験しか持ち合わせていないのは事実ですが、さりとてミソッカス扱いを受け入れて、頭を低くして生きるつもりはありません。あの二人にも、こちらのだけは認めさせておきますよ」


 そう言って、ポンポンと腰の斧を叩く。僕らが上級冒険者である証など、良くも悪くも戦う力だけだ。それ以外が素人紛いであるのは認めるが、あの二人ごときに舐められたままにしておくなど業腹だ。


「少しは四級らしいところも見せておかないと、これからも同じ事が繰り返されそうですからね」


 独断専行した跳ねっ返りの為に、深い森林の奥のダンジョンにて一人、殿を務めるというは、なかなかに冒険者好みの豪胆な話に聞こえるだろう。勿論、実力がなければただの危険行為なので、真似する人間がいないよう、ギルドからは注意喚起をしておいてもらおう。

 チッチさんとラダさんも、残る理由が上級冒険者としての意地と言われれば、これ以上うるさい事は言ってこない。納得する二人から離れ、僕はグラと今後の事について、簡単に打ち合わせる。


「わかってると思うけど」

「ええ、わかっています。ダンジョンの事は任せました」


 以心伝心とばかりに、それだけ言って頷いてくれるグラ。一応、余人もいるこの場で、これ以上余計な密談をしなくていいのは助かる。間違っても、人に聞かれていい話ではないからな。


「わかった。なにがあっても、僕が守るから安心してくれ」

「ええ。一〇〇%の確信をもって、信じていますよ」


 そう言って、グラはチッチさんたちをつれて【門】からサイタンへと戻っていった。彼女たちを見送ってから、僕はダンジョンの入口へと戻る。

 一歩そこに足を踏み入れれば、住み慣れた己のダンジョンの気配に包まれる。思考を飛ばせば、少し離れたところにいる【愛の妻プシュケ】の二人の様子も、手に取るようにわかる。

 入り口の壁に寄りかかった僕は、【フェネストラ】を開き至心法ダンジョンツールと接続して、画面に二人の様子を映し出しつつ、ダンジョン内の様子を確認する。

 いま現在、二人以外に侵入者はいない。

 そう。僕が無理を押してこの場にとどまったのは、冒険者としての意地でも、ましてや【愛の妻プシュケ】の二人の為でもない。単純に、侵入者がいる状況で、僕とグラの二人が依代に宿ったまま、ダンジョンを離れるのが、生理的に嫌だったからだ。


 最奥のダンジョンコア本体には、何人たりとも触れさせない。全身全霊をもって、防衛させてもらおう。



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