第31話 独断専行と不和

「は?」


 僕は思わず素っ頓狂な声をあげた。


「だからよぉ、このままむざむざ生まれたての小規模ダンジョンを、他所の冒険者にくれてやるのなんざ、惜しいじゃねえか! しかも、出没モンスターは小鬼だ!」


 ジョンさんは意気揚々と、ダンジョンの入り口に転がる二体の小鬼を短剣で指し示す。折良くというべきか、悪しくというべきか、僕らがこのダンジョンを発見したそのタイミングで、ダンジョンの出入り口に二体の小鬼がうろついていたのだ。

 勿論、それだけではただの洞穴とダンジョンの区別がつかないのだが、内部に少し足を踏み入れて探索し、遭遇した小鬼を倒した結果、霧となって霧散し、魔石だけ残した。

 出入り口の二体は、ちょうど受肉して外部へと出ていくところだったようだ。


「小鬼のダンジョンなんて、シチュエーションとしては最高にお誂え向きだ。そうだろ相棒?」

「ああ。生まれたてのダンジョンで、鬼系が徘徊してるって事は、十中八九ダンジョンの主も鬼系なんだろう。だとすれば、ダンジョンの主としては比較的弱い。ダンジョン討伐の実績としては、これ以上ない状況だ」


 ジョンさんの言葉に、ケーシィさんも大きく頷いた。

 一般的に、鬼系のモンスターは群れる事が厄介ではあるが、単体では比較的対処の容易なモンスターと考えられている。というのも、その姿は人様であり、つまりは対人用の戦法が通用するのだ。

 剣術、槍術だけでなく、ものによっては体術すら有効になる。文字通り化け物ばかりのモンスターの中では、戦争の要領で戦える鬼系は、有史以来戦争を繰り返してきた人類には、比較的容易な相手といえた。

 しかし、だからといって……――


「ギルドからは、そこがダンジョンであると確認を取れたら、すぐに戻ってくるよう厳命されたでしょう? 意図的にそれを無視したら、降格もあり得るんですよ?」

「そうだぜ、ジョン、ケーシィ。せっかく五級まで昇ったんだ。こんな事で階級を下げられるなんざ、バカらしいだろうがよ?」


 僕が自明の理を説けば、チッチさんもそれに同意して頷く。相手が同業だからか、やや口調が乱暴だ。


「わかってねえなぁチッチ。俺たちゃ、いつまでも五級に留まるつもりなんざねぇんだぜ? いずれは上級冒険者になって、そこのおチビちゃんたちみてぇに、ガッポガッポ稼ぐんだ。そうすりゃ、女なんざ選り取り見取りよ!」

「俺たちのプシュケだって、すぐに見付かる。なにより、受けられる依頼の報酬がダンチだ。今回みたいにな。日銭稼ぎに汲々とする中級冒険者と、ギルドから名指しで依頼が来る上級冒険者とは、まるで別世界だぜ」


 いや、それとこれとは別の話だろう。降格なんてされたら、それこそ上級冒険者どころの話ではない。

 全員の脳裏に浮かんだ思考を代弁するように、ラダさんがつまらなそうな口調で、二人を諭す。


「上級になりたいなら、なおさらこんなつまんない事で、降格なんてされてたらマズいんじゃないのかい? 少なくとも、二人とも五級のあんたらなら、あと一つで上級じゃないかい」


 だが、その言葉にすぐさまケーシィさんが、冷静っぽい口調で反論する。


「上級冒険者に上がるのに必要なのは、お行儀良くギルドの言う事を聞く事じゃない。そこのハリュー姉弟がそうであるように、実力を付け、それを示す事だ。それが出来なきゃ、どれだけお利巧さんだって、上級には上がれねえ」

「実力さえ示せれば、七級からだって四級になれるし、冒険者のノウハウも知らなくても、上級冒険者として扱われんだ。そこの坊ちゃん、嬢ちゃんを見てみりゃわかんだろ? 山の歩き方一つ、獣の捌き方一つを取っても、てんで素人じゃねえか。そんでも、俺たちの上に立つ上級冒険者様だってんで、このパーティのリーダーだ」


 いやまぁ、それはお恥ずかしい限りだけど、僕らを引き合いに出さないでくれるかな? 功名に逸る理由は、君たちの自己都合だろうに……。

 たしかに、上級冒険者になる為に必要なのは、単純な戦闘能力だ。それ以外の能力も、ある方が望ましいとされてはいるが、参考要素ではあっても必要要素ではない。僕らがいい例だ。いや、悪い例か。

 基本的に、冒険者ギルドというものは、冒険者の権利を守る事と、効率的なダンジョンの討伐を旨とする組織だ。ダンジョンの討伐において、より重視されるのが戦闘能力である事は、論を待たない。

 つまりは、中級冒険者までは権利を守る事に主眼が置かれ、上級冒険者からはダンジョン討伐の為に優遇される。彼らが羨んでいるのは、その優遇なのだろう。別にそこまでお金にならないし、美味しい権利とかもあまりないんだけどねぇ……。フェイヴなんて、元々特級で、いまはもう上級になったというのに、いつも汲々としているぞ?


「そもそも、独断専行で探索を続けたとて、本当にダンジョンの主を攻略できるとは限らないでしょう? 鬼系が弱いとされているのは、あくまでもモンスターであって、ダンジョンの主はその限りではありません。そのモンスターでも上級の大鬼あたりは、厄介な敵として認識されているはずです」


 むしろ、強靭な肉体をさらに生命力の理で強化している為、素早く、力が強く、防御力まであるという、文字通りの意味でのフィジカルモンスターである。そこにさらに、各ダンジョンコアが手を加えて【魔法】持ちの階層ボス化した鬼系がいたりしたら、確実に厄介である。

 そして、ダンジョンの主ことダンジョンコアに至っては、確実に生命力の理も、魔力の理も修得しているのだ。前線でバリバリ戦う、魔術剣士のような存在だ。

 唯一希望的観測を述べるなら、ダンジョンコアのエネルギーはダンジョン用のDPと直結している為、生誕直後は比較的弱い傾向が強い。トポロスタン近郊のダンジョンコアがそうであったように。

……いやまぁ、あれもセイブンさんが相手をしたから一方的に見えただけで、あの面子からセイブンさんを引いたら、結構な長期戦になったと思う。勝てなかったとまでは言わないが……。

 この二人も、弱い時期のダンジョンコア討伐を狙っているのかも知れないが、二人というのは経戦能力の面では、脆すぎると言わざるを得ない。そもそも、このダンジョン、生まれたてじゃないしね。


「鳥系モンスターについても、考慮が足りていないのでは? 鬼系はあくまでも地上の囮で、本命は鳥系モンスターという可能性もあります。出入り口付近の小鬼数体を見て、攻略が容易と断じるのは、短絡が過ぎるかと思いますよ。そして、攻略に失敗すれば、損しか残りません」


 たしかに上級冒険者になれるのは実力者だけだが、ギルドの評価を軽視するのは間違いだ。以前の、グラに剣術を伝える為だけにいたような、ナントカ君率いる【幻の青金剛ホープ】を思えば、ギルドや他の冒険者からの評価というのは、結構重要なのだ。

 最悪、ダンジョン攻略において消耗品扱いされかねない。


「悪い事は言いませんから、ここは一旦退きましょう。ダンジョン発見の功績を以てすれば、攻略時にいいポジションを得られますよ。報酬的にも、一度の依頼で攻略してしまうより、二度に分けてもらった方がお得ですし」


 いろいろと文句はあるだろうが、ここは上級冒険者であるこちらの意見に従って欲しい。こっちはその後の攻略に加わらないので、そこで好きにやって欲しい。【アントス】や【雷神の力帯メギンギョルド】の人たちなら、技能的にもしっかりしているし、この人たちもリーダーとして満足できるだろう。

 だが、そんな提案にも【愛の妻プシュケ】の二人は難色を示す。しばらく、言おうか言うまいか逡巡したのち、彼らはまるで秘密の話でも開示するように、おずおずと話し始めた。


「なぁ、こいつぁ最近スティヴァーレの冒険者仲間から聞いた話で、正確でもねえ情報なんだが、他言無用に頼む」


 真剣な面持ちとなったジョンさんが言う。僕と、チッチさんラダさんが一度顔を見合わせてから無言で頷くと、今度はケーシィさんが話し始める。


「実は最近のダンジョンでは、稀にだが金目のもんが入った箱があるそうなんだ」



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