第33話 小手調べ

 ●○●


 「チッ、鬱陶しい小鬼が!」


 現れた小鬼を、ケーシィさんが適当に三日月斧クレセントアックスで両断する。一度に四体が相手だったが、然して苦もなく全滅させた。まぁ、五級冒険者の前衛ともなれば、この程度の実力はあって当たり前か。まして彼らは二人組で、ジョンさんが斥候となればケーシィさんに求められる戦闘能力は、並みのそれではない。

 それまで背後や周囲の壁、天井、床を調べていたジョンさんが、前方が片付いた事で動き出す。入念に罠の有無を調べつつ、慎重に、そして確実にダンジョンを進んでいた。


「もっと血気に逸って、迂闊な真似とかしてくれないかなぁ……」


 このままだと、ダンジョンの主側としても手を出せない。精々、支配下の小鬼を操って包囲する程度だが、その小鬼がいくらいても相手にならないのだから仕方がない。

 まぁ、バスガルで僕らがやられたみたいに、物量で圧し潰そうとすればいかに小鬼とはいえ、彼らの手にも余るだろう。いずれはジリ貧で倒せるかも知れない。

 だが、現状はそれをする程切羽詰まってはいない。変にモンスターの布陣を弄って防衛網に穴を生じさせる程、僕は【愛の妻プシュケ】の二人に脅威を感じていない。頭数が少ないというのも理由だ。

 ハッキリ言って、防衛側からしてみればどれだけ実力がたしかであろうと、たった二人でのダンジョン攻略など無謀だ。

 もしもの過程だが、ここが小規模ダンジョン並みの広さで、このままダンジョンの奥に進み、僕らの元まで辿り着く程の探索を終えたとする。その頃にはもう、二人の消耗は限界を超えているだろう。

 斥候一人、前衛一人では、初めから最短の侵攻ルートが定まっていたとしても、戦い詰めでダンジョンコアと直面する事になる。あまりにも無謀がすぎる。


「まぁ、だからって退路を空けておいてはあげないけど」


 僕はダンジョンの主として、彼らが通ってきた道に小鬼たちを再配置していく。これで彼らは、スムーズな撤退など望めないだろう。

 いくつかの場所で、受肉した小鬼とこちらの支配下にある小鬼が争っていたが、まぁ問題はいない。

――おっと、お客さんだ。

 僕は壁から背を離すと、ダンジョンの外へと意識を向ける。そこには、ずんぐりとした体形ながら、鋭い視線でこちらを見ている角の生えたウサギがいた。体毛は茶色で、体の大きさは中型犬くらいはあるだろうか。

 アルタンの近くでもよく見かける、角ウサギだ。


「夕飯には丁度いいか」


 僕はそう言ってから、腰の斧を一丁抜く。それと同時に飛び込んできたウサギの攻撃を回避し、ダンジョン内に誘き寄せてから土手っ腹に斧を叩き込み、絶命させる。少ないながらも、上手い事DP回収ができた事にホクホク顔で、ウサギを捌く。

 おっと、【愛の妻プシュケ】の二人にもきちんと気を配らないと。

 出来る事なら彼らには、生きて帰ってもらいたい。生まれたてのダンジョンで、ベテラン冒険者が命を落としたという風聞が出回ると、変な注目をされかねない。

 こちらの思惑としては、普通の洞窟型に見える三層までで音を上げて欲しい。そこまでなら、このダンジョンも普通の小規模ダンジョンに見えるレベルだろう。まぁ、無理だったら残念だが、我がダンジョンのDP肥やしになってもらおう。

 まだ、四層のフィールドダンジョンの存在を知られるのは尚早だ。


 小鬼と豚鬼――ゴブリンとオークだけで、なんとか追い返せるよう、上手く駒を動かすとしよう。


 ●○●


「なぁ、宝箱ってのは、どれだけ探せば見つかるもんなんだ?」

「…………」


 ケーシィの問いを、俺はあえて無視した。わからないとしか答えようがないのは、こいつもわかっていての問いだ。意味がない。


「ジャドの話じゃ、それなりの数があって重すぎて持ち帰れない金銀があったって話だったろ? だとすれば、そろそろ一つくらい見付かってもいいだろ?」


 だが、ケーシィはしつこく食い下がる。ジャドは、宝箱の情報をもたらしたパーリィの四級冒険者だ。たまに、ニスティスの大迷宮にも駆り出される程の手練れである。

 そんな男が、すぐに意味がなくなるからと、ギルドの守秘義務を破ってまでバラした情報が、いまあちこちのダンジョンに現れる『宝箱』だったのだ。

 俺はうんざりした口調で問い質す。


「なにが言いてえんだよ?」

「……。ここには宝箱はないんじゃないか? あっても、数が少ないとか……」


 俺はケーシィの言葉に嘆息する。そんな事は、予想の範疇内だ。もしそうでも、少しでもダンジョンの内部構造を知っておく事は、今後の攻略においてアドバンテージだ。

 流石に、たった二人でダンジョンの主を攻略できると考えるのは、無謀が過ぎる。この探索における第一目標は、たしかに宝箱だが、それがない事も想定した第二目標は、あくまでも情報収集だ。宝箱がないと判明したら、早々に撤収する予定である。

 ったく。あの双子が功名に逸る連中だったら、上手い事乗せられたのだが、どうにも食い付きが悪かった。短期間で上級冒険者になるような奴らだから、てっきり話に乗ってくるだろうと思ったのだが……。

 ダンジョンの主の討伐は、冒険者だけでなく貴族や教会からも一目置かれるだけの偉業だ。それを成すという事は、英雄の末席に名を連ねるに等しい。


「宝箱に関しては、半分は諦めよう。元々、賭けの要素が強かったんだ」

「わかった」


 俺の提案に、ケーシィも神妙な面持ちで頷く。ギルドからのウケが悪くなり、得るものも特になかった。ハリュー弟やチッチたちの言う通り、さっさと切り上げておけばと思わない事もない……。


「せめて、攻略に加われるよう、地形とモンスターの情報、罠の傾向、その他なんでも、ダンジョンの情報を持ち帰るぞ」

「応よ。このままだと、本当に骨折り損だからな」


 ケーシィが頷くと同時に走り出し、逆に俺は下る。手信号で合図していた通りの数が、通路の分岐から現れると同時に、ケーシィの鉞の露と消える。


「にしても、本当に小鬼ばかりだな」


 呆れるケーシィの言葉通り、倒されたのはまたも小鬼だけだった。

 たしかに。この辺りにいた、新種と思しき鳥系モンスターの事を思えば、これは少しおかしい。そもそも、鳥系のモンスターと洞窟型のダンジョンは、相性が悪いはずだ……。

 これは、どういう……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る