第41話 過剰戦力ピクニック

 血風がくゆる草原に佇んでいたシッケスさんは、こちらを向くとにぱっと子供のような笑顔になる。


「どぉどぉ、ショーン君。この組み合わせ! ガチ究極って感じしない? 特にこっちの蛙鮟鱇ちゃん!」


 そう言ってから、左手の鉄幻想にキスをするシッケスさん。どうでもいいけど、戦闘終えたばかりの指輪なんて、なにが付いているかわからないから、みだりに口を付けるのは良くないと思う。

 蛙鮟鱇に付与した【残像】は、シッケスさんの要望を受ける形で、僕が開発し、グラが洗練させた術式だ。勿論グラは難色を示したものの、僕としても使い勝手がいい幻術だからと、頼み込んで作ってもらったのだ。それ程オリジナル要素はなかった為に、そこまで洗練に手間もかからなかったようだ。

 これがあれば、漫画程常人離れしていない依代の身体能力でも、あの「残像だ」が使えるのである。実にロマンあふれる幻術だろう。


「実践投入がぶっつけ本番で、ちょっと不安でしたが、なかなか使い勝手が良さそうですね」

「うん! いやぁ、無理聞いてくれてありがとね!」

「いえいえ。開発した術式は、僕も使わせてもらいますから。一方的にお礼を言われるようなものではありませんよ」


 オリジナルの術式を作る、などというとかなり高度な事をしていると思われがちだが、結局のところ理の組み合わせを変えて、己の欲するように既存の術式を繋ぎ合わせているだけだ。

 勿論、それで不具合が生じて、効果を発揮しなくなる事も多いのだが……。というか、基本的には効果が減衰したり、消失したりする失敗の連続だ。その中で、上手くいく組み合わせ方や、効果を阻害し合わない法則を見付けていくのだ。

 そうやって、大まかに理を組み合わせる事は、魔力の理を理解さえしていれば、それ程難しくはない。難しいのは、そんな大まかで大雑把なプロトタイプの術式を、きちんと実戦に投入できるまで、洗練させ、実用的でコンパクトな術式にする技術である。

 これこそまさに、知識の応用である。僕はまだまだ、この分野ではグラの手を借りなければならない。組み合わせの知識と経験が足りておらず、つたない組み合わせをしてしまう事が多々あるのだ。

 まぁ、そんな事を魔術師でないシッケスさんに言っても、理解されないだろう。感謝するならグラにして欲しいところなのだが、この二人、あまり仲が良くないんだよねぇ……。

 そんなわけで、姉の代わりにお礼を受けつつ、この戦力過剰なピクニックは続く。といっても、新発見のダンジョンまではそこまで離れていない。まったく危なげなく、例の丘の陰にできた、ダンジョンの入り口に、一行は到着した。


「ここが新しいダンジョン? 確認したのはアリ系だけだって話だけど?」

「そうですね。銅胴アリと顎アリだけです」


 シッケスさんと、斥候のラベージさんが手持ちの情報を確認し合う。ついでにチッチさんが、懐から羊皮紙と一緒に携帯用の筆記用具という、冒険者としてはなかなか珍しい、値の張りそうな道具を取り出していた。


「チッチさん、それは?」

「これは、携帯用のペン入れでさぁ。小型のインク壺付きなんで、外でも手軽にものが書けるんですよ」

「へぇ……」


 要は筆入れなのだが、パッと見た感じかなり便利そうな代物だ。

 黒味の強い灰色で半透明な素材で作られた、四角い入れ物。その三分の一程がインク壺になっているようで、外からインクの残量がわかる仕組みのようだ。

 素材は、半透明でありながらガラスではなさそう。音や重さから、ガラスよりもプラスチックに近い感じで、実に便利使いができそうだ。もしかしたら鼈甲かな? もしくはモンスターの素材だろう。


「インクの減りが、一目でわかるのは便利ですね」

「そうなんですよ! ただこれ、ビッグアーマータートルの鼈甲から削りだした一品で、滅茶苦茶高かったんす!」


 チッチさんの泣き言を愛想笑いで聞き流しつつ、やはりモンスターの素材であり、鼈甲でもあったのかと納得する。あの色では、あまり嗜好品としては珍重されないだろうが、その分日用品としての用途は多そうだ。

 そんな事を考えつつ、ビッグアーマータートルというモンスターの名前だけは、しっかりと記憶にとどめておく。そうか、宝石ばかりに気を取られていたが、鼈甲という素材もあるんだよな。しかも、モンスターの鼈甲だ。

 どれだけの硬度、重量、魔導術的リソースがあるのか、あとで取り寄せて確認したい。面白そうな素材だ。


「おーい、ショーン君。入るよー」

「あ、はい。では行きましょう、チッチさん」

「うっす。まぁ、あっしは周囲の警戒と、地図の作成に専念させてもらいやすがね」

「ええ、よろしくお願いします」


 このパーティにおいて、斥候は二人もいる。ラベージさんとチッチさんという、五級冒険者が二人だ。それなりに安心できる布陣だろう。

 おまけに、戦闘要員としてはシッケスさんとグラ、僕とラダさんという、小規模ダンジョンを探索するには過剰ともいえるようなメンバーだ。

 ラベージさんやチッチさんが、一切戦闘に参加せずとも、問題はないくらいだろう。その分、きちんと周囲を警戒して欲しい。


 相変わらず薄暗い、土が剥きだしの洞窟に入ると、僕とグラは昨日と同じように明かりを灯す。むわっと、湿気の多い空気を感じつつ洞窟の奥へと進んでいく。


「まずはどちらに行きます?」


 僕が訊ねると、真っ先にチッチさんが答えた。


「昨日お二人とラベージが見たっていう、宝箱の元まで案内してくれやせんか? 疑うわけじゃないっすけど、やっぱりこれまでなかったもんですから。最悪、そこにしかないって可能性もあると思うんで」


 チッチさんの要望に反対意見はあがらず、とりあえずは昨日と同じルートで進む事にした。先行するのはラベージさん、その後ろにシッケスさんとラダさん、さらにその後ろに僕とグラで、殿がチッチさんだ。

 チッチさんは、分かれ道がある度に手元の羊皮紙になにかを書き込んでいるが、背後からの奇襲にはきちんと警戒しているようで、一度顎アリが後ろから近付いてきているのに気付き、注意喚起をしていた。流石は、ラベージさんと同じ五級冒険者といったところだ。ベテランらしい立ち居振る舞いである。

 なお、背後の顎アリは後衛の僕ら姉弟が始末した。


「ここだな。宝箱は空のままだ」


 やがて、苦もなく昨日宝箱があった行き止まりまで辿り着く。ラベージさんが指し示す先を見れば、昨日開いた宝箱がそこにある。土の壁を背にしてポツンとおかれたそれは、昨日ここを離れたときと同様、蓋を開いた状態のまま残っていた。

 まぁ、僕が補充していないのだから、空っぽなのは当たり前だが、そんな光景はなんというか、どこか物悲しい風情がある。などと思っていたら、ラダさんが盛大に舌打ちしていた。

 中身が補充されていなかった事に、だいぶお冠らしい。

 流石に、こんな短いスパンで補充するつもりはない。半年ごとくらいかな。





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