第42話 アリの巣ダンジョンと即席パーティ

「ホントにあったし……」


 そう言って、しげしげと空の宝箱を観察するシッケスさん。そんな彼女に、僕は好奇心から問いかける。


「シッケスさんは、これまでそういうものがダンジョンにあったという情報に、聞き覚えはありませんか?」

「うん? うーん、こっちの記憶にはないなぁ。もしあったら、結構騒ぎになるともうし、これまではなかったんじゃね?」

「僕らがいまこうしているように、隠蔽工作がなされていなければ、ですけどね」

「あ、そっか」


 いま僕らは、ギルドの意向という名目のセイブンさんの指示で、全力でこのダンジョンと宝箱の存在を秘匿する為に動いている。できればダンジョンの存在そのものから秘匿したいものの、次点、というか安全策の宝箱の存在秘匿が最優先だ。

 こんな例が、他になかったとはいえない。もしかしたら、宝箱を用意するという方法でなくても、なにかしらのメリットを提供する事で、侵入者の増加を目論んだダンジョンは、これまでにもあったかも知れない。だが……――


「まぁ、こんな危ないダンジョン、人に知られる前に潰しちゃった方がいいと、こっちも思うけどね」

「……そうですね」


――そういうダンジョンは、危険視され、秘密裏に潰されてきたのかも知れない。それ故に、これまでダンジョンに這入る事で得られるメリットは、魔石と多少のモンスターの素材だけだった。

 あ、あとは、ダンジョンコアを倒せば、その者が使っていた装具と、ダンジョンコアの残骸が得られるが、それはごくごく少数の実力者だけだ。大多数の冒険者は、それを求めてギルドの制止を振り切ってまで、ダンジョンにもぐろうとはしない。

 まぁ、これ以降はもはや、隠しようがないけどね。僕らがこの情報を拡散させるから。そういう意味でも、このダンジョンは衆目を集める前に潰しておくに如くはない。


「それでは、ここから本格的に探索を始めましょう。一応、俺とチッチが斥候を務めますが、皆さんも警戒してくださいね。即席パーティなんで、連携に齟齬が生じる惧れもあります。十分に注意してください」


 ラベージさんの注意喚起に各々が返答し、ここからいよいよ未知のダンジョンの探索を始める事となる。戦力的にも探索能力的にも、不安要素はほとんどないダンジョン探索だ。その言葉から受ける印象程、危険はないだろう。

 まぁ、だからって油断するような面々ではないだろうが。さらに僕的には、未知ですらない。当然、緊張感など皆無である。


 それからも、アリ系のモンスターを倒しつつ、入り口周辺の選択肢を潰すように探索を続けた。入り口付近は銅胴アリの配分は少ないようで、今日はまだ三体しかその姿を見ていない。

 モンスターに関しては、グラの作ったプログラム任せなので、ここは新鮮な驚きがある。勿論、自分で作ったダンジョンだからといって、興味がないわけではない。研究する要素はいくらでもあるのだが。

 入り口付近なら二、三体の顎アリに、場合によって銅胴アリが一体いるかいないかといった組み合わせのようだ。なお、魔石以外の受肉した部位ドロップアイテムはなし。まぁ、あたり前だ。


「少し、道が広くなった……?」

「……たしかに」


 先頭を歩いていたラベージさんが、奥に進むにつれ少しずつ道が広くなっている点に気付いたようだ。流石の観察眼である。ラベージさんの言葉をシッケスさんも肯定した事で、全員がそれを認識したようだ。

 全員が、このダンジョンを作った者の意図を、過たず予想できたのだろう。まぁ、虫系の特性を知っていれば、当然の思考だろう。


「前方! 足音二! 羽音二――ッ、さらに足音一追加! 天井からだ!」


 ラベージさんが敵の気配を感じ取り、全員にその数を通達する。案の定、道が広くなり敵の数が増えた事に、パーティメンバーの動揺はない。事前にラベージさんからの注意喚起があったおかげだろう。

 ううむ。やはり中級冒険者というのは、侮れない……。

 やがて現れたのは、顎アリ二体に羽アリ二体、そして天井をカサコソと這う糸アリだ。

 羽アリは、その名の通り飛行能力を持ったアリ型のモンスターで、糸アリはクモのように糸を使い、秘かに頭上から奇襲をかけるタイプのモンスターだ。なお、クモのように巣を作ったりはしない。完全に、気付かれずに頭上から忍び寄って、奇襲を仕掛ける能力に特化している。

 まぁ、こうして襲撃前から存在を察知されては、奇襲など不可能に近いのだが。


「グラちゃんは糸アリ! こっちとラダは顎アリと羽アリ! ショーン君は支援! できれば羽アリ優先!」

「おうさ!」

「了解です!」

「…………」


 前衛であり、戦闘経験も豊富な四級冒険者のシッケスさんの指示に、ラダさん、僕、グラの順で応じる。まぁ、グラは無言だったが、それでも微かに顎をひくようにして頷いていた。かなりの仏頂面だったが。

 ラベージさんとチッチさんは、戦闘が始まっても周囲の警戒を怠らない。糸アリのような、明らかに不意打ちを狙うようなモンスターも現れたからか、かなり警戒心が強くなっているようだ。


 とはいえ、流石にこの面子にあの程度の敵では、ほとんど苦もなくアリ駆除は成功する。なんなら、戦闘能力的にはシッケスさん一人でも対処はできたと思う。


「……やっぱり、数が増えてきましたね」

「うん。案の定だったね」


 道が広くなった事で、物量作戦を取りやすくなったフィールドで、敵の数が増えるのは想定内だ。特に、相手は群れを作りやすい虫系モンスターの、しかもアリのモンスターである。


「念の為に確認しますけど、アリ系モンスターに効く毒とかは持ってきてます?」


 虫系モンスターには毒が利く場合が多い。それ故に、対策を講じている人がいるかも知れないと、確認してみた。僕の問いに、ラベージさんとチッチさんが手を挙げる。


「俺はバフモアの枝を持ってきてます。ただ、こういう洞窟だと、こっちも煙に巻かれかねないんで、最悪の状況で逃走用の煙幕だと思っておいてください。これだけ狭いダンジョンだと、攻め手としては使えません」

「あっしも同じくバフモアの枝と、一応ガッシュの煙玉も持ってきました。ただ、これもあまり密閉空間で使うべき毒じゃないです。危なくなったときや、切羽詰まった逃走時に、一か八かで使うものと思っていてください」


 本当に、こういうところが流石だと思う。バフモアの生木の煙は、かなり一般的な虫よけだ。ガッシュというのも、たしか燻蒸式の痺れ薬だったと思う。どちらも、地下空間で使うのは、あまり望ましくない。とはいえ、逃走時の煙幕代わりに使うなら、たしかに有用だろう。

 ラベージさんもチッチさんも、最悪の場合を想定して持ってきたのだと思う。


「了解です。逃走時には、お二人に頼る事にしましょう」

「戦闘では、強い者から私の属性術で対処するのがいいでしょう。大抵のアリ系には、温度変化が通用します」


 僕の中で、斥候二人の評価がうなぎ登りしているのを察してか、グラが己の有用さをアピールする。やっぱり、自分にない技能を有する人って、どうしても好印象になるからね。

 単純な火属性だけでなく、温度を下げる水属性など、やはり臨機応変な使い方ができるのが、属性術の強味だ。温度の変化に弱いのもまた、大抵の虫系モンスターに共通する弱味である。


「うん。じゃあお願いね。前衛のお二人も、それを念頭に動いてください」

「りょーかーい」

「あいよ」


 グラに頷いてから、前衛陣にも声をかける。シッケスさんとラダさんからも、了承の言葉が返ってきた。即席パーティなので、こまめに声掛けをして意思疎通ができるよう、心掛けよう。

 それから三時間探索を続け、本日の探索は終了した。見付けた宝箱は二つ。成果は漆器が四と、磁器が一。宝石はなしだった。



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