第43話 明日の予定と最後のチェック項目
●○●
「思ったよりシケてたね……」
宝石がなかった事で、ラダさんの表情は暗い。正直、磁器の市場価値も、
まぁ、自分では使い道のない磁器や漆器よりも、わかりやすく価値のありそうな宝石の方が良かったのかも知れない。あるいは、やはり女性として光物が好きだっただけかも。
本日の探索を切り上げた僕らは、ダンジョンの行き止まりで休息をとっていた。本日はここで野営だ。しかも、バスガルのダンジョンと違ってかなり狭いうえに、どれくらいの広さがあるかもわからないこのダンジョンでは、焚火を起こせない。体を温める事も、温かい食事を摂るのも難しいという、腰掛け冒険者である僕らにはなかなか辛い環境だった。
食べられるのは、歯が折れそうな程の防御力を誇るパンとガチガチの干し肉、それと水だけだ。一応、高カロリー携帯食も持ってきてはいるが、あれはいざというときの長期戦用である。食事を必要とせず、それ故に食に頓着しないグラですら、カモフラージュの為に食べるのを嫌がる程の食事内容だった。いや、必要ないからこそか。
そして、そんな食事を終えてしまえば、あとは順番に睡眠をとるまでは、やる事がない。なので、本日マッパーに専念していたチッチさんに、その成果を問う。
「チッチさん、ダンジョンの攻略状況はどうです? 入り口から分岐を潰しながらきましたが……」
「そうでやすねえ……。とりあえず、明日このダンジョンが見付かっても、すぐに宝箱が発見される、って事ぁないと思いやす。とはいえ、あっしらはかなり進みが遅いですから、追い抜かれるって事は十分に考えられるかと」
ずっとなにやら書き込んでいた羊皮紙――ベルトとボタンのようなもので、巻いた状態のまま腰から提げられ、必要時にすぐに広げられるように工夫されたもの――を広げて、こめかみを掻きつつ答えるチッチさん。分岐点を虱潰しに進んでいる現在の進行状況は、このダンジョンの全貌を知っている僕らからすれば、まだまだ二〇%に届かない。
とはいえ、現段階で二割も攻略しているというのは、それだけ小さいダンジョンだという事だ。その分、他の人間が這入ってきて、予定外の事をされる惧れはある。なので、いつの間にかこの即席パーティのリーダーにされつつあるラベージさんに、僕はある提案を持ちかけようと話しかけた。
「どうしましょうか、ラベージさん。最終的に、このダンジョンは隠しきれないと思うのですが、こうして宝箱を探すのを優先しますか?」
「……、……もしかして、ダンジョンを攻略しようとしていますか?」
僕の問いの真意を見透かして、一段飛ばしに質問を質問で返してくるラベージさん。そう。僕が提案しようと思っていたのは、まさしくそれだ。察しが良くて、非常に助かる。
このダンジョンは、僕にとってもさっさと攻略させたい。宝箱が有用だという事が判明した以上、最初の一号にして注目されたくないという思いがある。できる事なら、遠方の中規模ダンジョン辺りが第一人者になってもらいたい。
「それが一番手っ取り早いかと思うのです。ダンジョンの主を倒し、その後でゆっくりと宝箱を回収する。それが一番、隠蔽工作として効率が良くありません? いまのままじゃ、どうしたって鼬ごっこですよ?」
宝箱の中身を回収したところで、彼らにはいつその中身が補充されるのか、わからないのだ。いつまでもここに留まれない僕らに、他の冒険者が宝箱の中身を手に入れる可能性を〇にするのは難しい。僕の提言した方法以外には、まず無理だろう。
それがわかっているのだろう。難しい表情になって腕を組みつつ、土の天井を見上げるラベージさんが、絞り出すように懸念材料を提示する。
「しかし……、いくら出来たての小規模ダンジョンとはいえ、これだけの人数では厳しくありませんか? ラダなんて、六級ですよ?」
「シッケスさんとグラは四級で、僕も一応四級です。バスガルのダンジョンの主並みに強くても、この面子ならそうそう負けませんよ。手に負えなさそうなら逃げて、宝箱の回収に努めましょう。ダンジョンの主が、僕ら以外に宝を託さないよう祈りながら……」
まぁ、別にどうしても秘匿したいという程、僕は切羽詰まってはいないけどね。そう思っているのは、ギルドやラベージさんたちだ。ラダさん辺りは、もしかしたらバレても問題ないと思っているかも知れない。
うんうん唸っていたラベージさんが、やがて疲れたように嘆息してから、翌日の方針を通達する。
「入り口付近の宝箱を開いた以上、ほんの少しだが猶予ができたのは事実。その猶予を最大限有効活用する為に、まずはダンジョンの主を確認するのを目標に動こうと思う。倒せると判断したなら、上級冒険者のお三方を中心に、攻略を目指す。それでいいか?」
「僕は構いません」
「ショーンがそれでいいなら、私も問題ありません」
ラベージさんの問いに、僕が真っ先に応え、グラが追従する。
「こっちも問題なっし! うひひ。抜け駆け一番槍とか、大好き!」
「あー……、まぁ、アタシも一応は頑張るけど、ダンジョンの主相手にどこまで戦えるか……」
シッケスさんが嬉しそうに笑い、ラダさんは不安そうにそうこぼす。それでも、ラダさんは行動方針に反対はしなかった。生まれたての小規模ダンジョンの主という事で、ある程度警戒心も薄くなっているのだろう。
最後にチッチさんに目を向ければ、彼もまたラベージさんと同じように、腕を組んで考えこんでいた。
「……一つ聞きたいんでやすが……」
そう前置きして、僕らに対して真剣な表情で問うてくるチッチさん。
「この中で、ラダは一番弱い六級です。当然、戦闘において一番危険になりやす。戦えるかどうかの判断は、あっしにやらせてもらえやせんか?」
「なるほど。それは道理ですね」
チッチさんの提案に、真っ先に頷く。ここは多少あからさまであっても、彼の言を全肯定するべきだ。
「我々は決して、ラダさんの危険を軽視するつもりはありません。なんなら、ダンジョンの主との戦闘中は、ラダさんはラベージさんやチッチさんと同じく、遊撃に回ってもらっても構いません」
ここで僕らが、ラダさんを囮や捨て駒にして戦闘を有利に運び、ダンジョンの主の討伐という栄誉を得ようとしていると思われては、信頼関係が根底から瓦解しかねない。あからさま過ぎるくらいで丁度いい。彼女を危険から遠ざけよう。
たしかに、ラダさんの実力は未知数だ。ここで無理に戦闘に投入し、取り返しのつかない怪我でもされたら、遺恨になりかねない。
「それは流石に……。あっしらが皆様の手柄だけもらうような立場になるのは、申し訳がたたねえです……」
――と思ったら、流石にそれは優遇が過ぎたようだ。
「遊撃だって、立派な役割ですよ。ダンジョンの主は、モンスターを生みだして戦わせるという戦法を用いる場合が、稀にですがあるようです。その場合、生みだされたモンスターの対処を、遊撃のメンバーにお願いする事になります。メインのアタッカーがきちんと戦う為には、重要な役割ですよ」
「そうだね。小規模ダンジョンの主を相手にするときには、普通はメインのパーティ一つに、サブのパーティを一つ二つつける場合が多いのよ。理由はいま、ショーン君が言った通り、メインが普段通り動けるように。今回は、ラベちゃんとチッチ、ラダの三人が、そのサポート役って事で」
僕やシッケスさんの言葉に、チッチさんは「なるほど」と納得する。そんな彼に、シッケスさんが少し苦笑しながら、残念なお知らせを告げる。
「まぁ、冒険者ギルドの評価的には、サポート役がきちんとこなせるというのは高評価になるだろうけど、残念ながら昇級の役には立たないよ。あれは、頑なに戦闘能力のみを評価するっていわれているからね」
冒険者の戦闘能力の指標が、なにを、何人で倒したかという点だ。僕の場合、ビッグヘッドドレイクやダンジョンの主を、単独で倒したという理由で、それなりに評価されての四級冒険者である。さらにいえば、僕の幻術は集団戦において、相手の妨害をするという点では、かなり有用であり、そこも戦闘能力の評価にプラスされている。
ただまぁ、個人の武勇ではこの辺りが頭打ちだ。あとは、地道に正規の方法でダンジョンを攻略した実績が必要になってくるだろうし、僕はそちらにはあまり興味はない。
「あっしらがサポート役を担い、きちんとサポート役として評価されるってぇなら、文句はありやせん。むしろ、上級冒険者の戦いぶりを間近で見学する、いい機会でさぁ」
そう言って、明日の行動方針に賛意を示すチッチさん。
そんなわけで、明日の目標は、このダンジョンの主の討伐となった。さぁ、あれがきちんと、ダンジョンの主として、冒険者たちに認識されるのか……。最後のチェック項目に、ドキドキである。
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