第44話 虫系の本領と、公国群の師弟
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「顎アリ四! 羽アリ三! 毒アリ三! 銅胴アリ一! 毒アリは、咬まれると危険ですから、グラ様はそちらを優先してもらえるとありがたいです!」
ラベージさんの警告に、全員が一丸となってモンスターの群れの対処にあたる。いよいよ十を超えたモンスターの群れには、それなりに気を遣う。その分道も広くはなっているが、それはむしろモンスターたちに利する条件だ。
特にこの場合、厄介なのが銅胴アリである。アレは外骨格が銅でできているだけあって、防御力が高い。そのうえ、個体としての強さも、他のアリモンスターとは比べ物にならない。だというのに、銅胴アリに手こずると、そんなアリモンスターたちにたかられる。
なるほど、群れの中に入れると便利だと言っていたグラの言葉に納得である。まさしく、地上ではただの雑魚だが、ダンジョン内だと対処が難しくなるモンスターだ。
ちなみに、顎アリも羽アリも毒アリも、モンスターとしては別種であり、地上にでると共生するどころか、縄張り争いを始めるらしい。このような形で襲われるのは、ここがダンジョンであるからだ。
「――っとォ!」
後衛に流れてきた羽アリを、斧で両断する。流石にこの数で前衛が二人では、後逸は免れない。幻術による支援を怠ったつもりはない。現に、銅胴アリは石像のようにその動きを止めている。門衛のパントマイマーと違い、コイツは単に幻術に囚われているだけだが。
「毒アリは全部やったよ! こっちに被害なし!」
グラに報告するように、シッケスさんが前線で声を張る。見れば、そちらもまるで石像のように動かなくなった、赤紫色の猫程もあるアリが佇んでいた。その体表には霜が降り、その一帯からは冷気が漂ってくる。
「顎アリ殲滅! 残りは銅胴アリ!」
「はいよっ! これで――終わりっ!」
脳天に一突き、シッケスさんの槍が銅胴アリを貫く。これにて、十体のモンスターとの戦闘は終了だ――と思ったら――
「天井! 糸アリ!!」
足音が戦闘の騒音で聞こえなかったのだろう、焦ったようにラベージさんの鋭い声が響く。見れば、天井を這う黒いアリが二体。戦闘に手間取っていたら、頭上から奇襲を受けていたかも知れない。虫系モンスターの群れというのは、本当に厄介だ。ダンジョンだと、その特性を複合されるせいで、余計にそう感じる。
グラの属性術と、シッケスさんの投げ槍によって、糸アリは即座に駆除されたが、油断は禁物である。ここまでダンジョンの深部に足を踏み入れた以上、どこから敵が襲ってくるか、常に警戒しておかねばならないのだから……。
まぁ、僕の作ったダンジョン、僕らの作ったモンスターなんだけどね。
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「ふぅ……。これでようやく、お役御免かね?」
「そうっすね」
師匠が年寄り臭く、肩を叩きながら嘆息する。俺っちもまた、疲れからトントンと腰を叩く。本当、この国は移動するにもいちいち国境を越えなければならず、実に面倒な所だった。
俺っちと師匠はいま、第二王国から離れてクロージエン公国群の一国に滞在していた。理由は【崩食説】の周知徹底である。
冒険者ギルドというのは、ダンジョンやモンスターに対抗する為、人々の力を合わせるという名目で設立された組織である。だがしかし、当然ながらいかに名目では国境を跨ぐ、人類全体の互助組織であろうと、実際に情報も人材も軽々に移動させられる程、国家というものは無防備でも無垢でもない。
「いやぁ、上級冒険者になって実感したっすけど、国境を越えるのってスゲー大変なんすね……」
「まぁ、上級冒険者ともなれば、国家にとっては重要な軍事力の一端さ。軽々に他国に行かれて、下手にそちらに根差されちゃ、困るんだろ」
どうでも良さそうな口調で、師匠が言い捨てる。
海の香りが漂うこの町は、公国群のなかでも指折りの大都市だ。なぜか、建物すべてに青い塗装が施され、海に隣接している為に右を見ても左を見ても上を見ても紺碧という町である。
「あちしらくらいなら、まだいい方だよ。二級からうえは、下手すると国外にでる為に、その国と自国との間で国家間合意まで交わされ、人材の流出を阻止する措置が取られる事もあるんだから」
「へぇ……。いや、師匠に関しても、そういうの交わされてそうっすけど……」
「あちしは三級だし、戦闘力そのものじゃ三級でも下の方さ」
いや、それだけの戦闘力を有しつつ、斥候としての能力を鑑みれば、一、二級並みの人材だと思われていてもおかしくはない。そういうところ、自覚が足りないんだよな、この人は……。
「それに、今回は状況が状況だったからね。これでも手続きは、かなり簡単だった方さ」
それはたしかにそうだ。
普段は国家間の足の引っ張り合いに血道をあげていようと、今回の【崩食説】に関しては、お上もフットワークが軽かった。下手に秘匿したり情報が滞ったせいで、都市がダンジョンに呑まれて新たな大規模ダンジョンが生まれたりすれば、それは人類の大きな脅威が生まれる事と同義だ。
俺っちたちの他にも、第二王国は特使をだして他国の上層部に注意喚起をしている。国と冒険者ギルドという、官民双方から情報を行き交わせ、情報に齟齬を生じさせないよう徹底している程だ。
まぁ、そんな依頼も、これで終わり。割と腰の軽い冒険者とはいえ、ここまで頻繁に国境を越えるというのは、なかなか珍しい事だ。まさしく、東奔西走させられて、結構疲れた……。
「とはいえ、終わったなら、さっさとこんな国からはおさらばしたいっす。このアグロッサ公国だって、いつ小競り合いを始めるのか、いつ消えるのかわかったもんじゃねっすから」
クロージエン公国群。それは、何百年か前の大公が残した、アホみたいな遺言から始まった、微細な小公国の集まりの総称だ。始まりは、大公国を五つの世襲領に分割し、長子領の領主が公国の君主となるというシステムにしたらしい。
だが、当然というべきか、そんな政治体制は長くは続かず――というか、たしか一代も続かなかったはずだ――かれこれ数百年、公国群と呼ばれる国は分裂と統合を繰り返し、いまでも七つの公国に分裂しており、一つが王冠領として第二王国に属している。このアグロッサもまた、そんな公国の一つだ。
「たしかにね。これまでに生まれた公国の数は、流石のあちしも覚えてないよ。たぶん、三〇はなかったと思うけど」
「帝国が目を付けるのも、然もありなんってところっすね。くわばらくわばら」
だからこそ、こんな政情不安な国からはさっさとでていくに限る。ここにいるくらいなら、帝国の方がまだ安全だ。
「でも、帰るのはもう少し待った」
「え? まだなんか用があるんすか?」
てっきり師匠も、さっさとこんな国はでていきたいと考えていると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
俺っちを見上げた師匠は、力強い口調で宣った。
「せっかく公国群まできたんだから、アリア海経由の舶来品を安く買い集めなきゃじゃん!!」
「……ああ、それっすか……」
アルタンの町が所属しているゲラッシ伯爵領は、トルバ海に近い土地だ。第二王国も、トルバ海に面している国である。そしてトルバ海は地中海だ。地中海の玄関口は西方のメッシニアン海峡になる。
つまり、アリア海経由で北や東からの交易品を得る為には、普段は公国群からドーナ川を通じてヴィラモラ辺境伯領へと届き、オオドラ川を通して第二王国の港湾都市ウェルタンへと届くという流れが最短ルートになる。あとはメッシニアン海峡を通ってきたものか、はるか南の大陸経由になるが、その距離に比例する形で舶来品の値段は跳ねあがっていく。
なお、このドーナ川とオオドラ川の源流が位置する谷を【ヴァラモ回廊】と呼び、両河川の
「あとはやっぱ琥珀だよねぇ。公国群かエスラトニア大公国の特産だから、ここで買うのが一番安いもんね。公国にきたら、やっぱり琥珀は買っとかなきゃ!」
きゃっきゃと、いい歳をして子供のようにはしゃぎながら、石畳の町を歩く師匠に、俺っちはジト目を向ける。まったく、歳を考えろと言いたい。言わんけど……。
琥珀ねぇ……。正直、男の俺っちからすれば、宝石なんて高いばかりで、売るならともかく、買う気には到底なれない代物だ。あるいは、マジックアイテムの触媒としては、それなりに使えるくらいの印象である。
女ってのは、どうしていくつになっても、宝石が好きなのだろう。見た目が若いからと、いい歳した大人がそれではしゃいでいる姿は、見ていて居たたまれない。そんな事を思っていたら、そのつぶらな瞳が、ぐりんと俺っちを睨み付けた。
「……いま、なんかムカつく事考えなかった?」
「め、滅相もないっす……」
「そう。まぁ、たしかにアンタの言いたい事もわかるさ。安心しな。帰りは登りとはいえ、船旅だからこの国からはすぐ出られるさね」
「そっすね」
それなら、行きよりもかなり早く帰れるだろう。なんにしたって、あまり長居はしたくない。下手に腰を落ち着けると、すぐに引き留めに掛かる輩が現れるのだ。特に、公国群はその傾向が強い。他の公国に所属されると困るという事なのだろうが、百年単位でやっている内ゲバに、俺っちたちを巻き込もうとするなと言いたい。
どうしたって、他国にまで名を知られている【
「なにこれ! めっちゃ可愛い! なにでできてんの? え? ウルシ? へぇ、東からの交易品なの? 美しいじゃない! 買った! セットで買った!!」
ああ、またそんな無駄遣いして……。
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