幕間・その頃の一級冒険者パーティ・1

「乗った!」

「待ちなさい、フォーン。目先のダイヤに飛び付くものじゃない。それよりも、いまは情報が先だ。いったい、どうしてこのような事になっている?」


 報酬の赤青ダイヤに飛び付いた師匠を、セイブンのヤローが窘める。チッ、素直に報酬の希少性に誤魔化されてくれれば良いものを……。


「我々がお前に依頼したのは、ショーンさんたちの監視と護衛。厄介事に巻き込まれそうになったら、それから遠ざける、だったはずだな?」

「そっすけど、あの姉弟自分から厄介事に突っ込んでくんすもん。流石に、それが厄介事とわかっていてそこに飛び込もうとしている相手まで、無理やり引き剥がす権限なんてないっす。ハリュー家の方針に、俺っちごときが口出しできるわきゃないっしょ?」


 ショーンさんは、あのホフマンとかいうヤバそうなおっさんが、帝国の間者だとわかっていて接触している。ベアトリーチェとかいう別嬪さんが、ナベニポリスの名家の出身で、帝国対ナベニ連合との戦において、重要な役割を担うというのもわかっている。……というか、ショーンさんが積極的に、戦に介入させたようなものだ。

 そこに、カベラ商業ギルドやショーンさんの側で、独自の思惑から首を突っ込んでおり、戦に介入しているのだ。それを、俺っちがどうこうできるわけがない。それを止めて出る損害なんて、俺っちやセイブンたちでも補填なんてできないんだから。それで恨みを買うのは俺っちだってのに……。

 この報酬の赤青ダイヤだって、なにもなければこの二者間で売買されたはずだった代物だ。


「俺っちが依頼されたのは、いざというときに【雷神の力帯メギンギョルド】に報酬を提示して、戦に参戦するよう伝言してくれってだけっす。あ、師匠! 報酬は頭割りっすよ! カベラ商業ギルドなら言い値で買うって言ってたっす! 特に赤ダイヤは」

「ふざけんじゃないよ! 赤ダイヤこそ、値段なんて付けらんない代物じゃないさ! これはあちしのだよ!」

「分配は、サリーさんにも話を通してからっすよ。お貴族様なら、このダイヤの価値がわからないわけがないって、ショーンさん言ってたっす」

「クソ! サリーも絶対引かないじゃないのさ! 貴族にとって、誰も知らない宝石なんて、それだけで政治力になるんだからさ!」


 師匠が地団駄を踏むように、ライバルの出現を危ぶんでいる。セイブンはセイブンで、難しい顔のまま押し黙っている。事ここに至らば、もう俺っちたち一般人が右往左往しても仕方がないだろうに。事は国と国、領主と領主同士の、紛争なのだから。


「言っとくっすけど、ショーンさんのこれは保険だったんすよ? ショーンさんもカベラの御曹司も、こんな事にならなければいいと思いつつ、最悪の事態に備えて、俺っちたちという保険をかけていただけっす。帝国が伯爵領に攻めてきたのは、ショーンさんたちの思惑じゃねぇし、二人にとっても不都合な事態っす」

「それはわかるが……」


 セイブンは俺っちの言葉に頷きつつも、どこか納得いかなそうに渋面を浮かべている。まぁ、ここで帝国が伯爵領に攻め込む理由が思い当たらないのだ。そこに、なにかしら、誰かしらの思惑があるのではないかと勘繰ってしまうのは仕方がない。

 実際、帝国が攻めてきた理由の一端には、ショーンさんたちへの報酬の出し渋りというのも、確実にあるのだろうから……。存外帝国もしょっぱい依頼主らしい。


「で? どうすんすか? このショーンさんからの参戦依頼、受けるっすか? 断るんすか?」

「受けざるを得まい。少なくとも、サリーは国の関係で【雷神の力帯メギンギョルド】とは別口で参戦するはずだ。ゲラッシ伯爵領を、帝国に取られるわけにはいかないが、伯爵領は意識の間隙を突かれて防御態勢が整っていない。このままでは不利だ。仲間が戦に出る以上、最大限サポートする。不利な戦場ならば、なおさら一人で赴かせるわけにはいくまい」

「あ。だったら、サリーは第二王国貴族としての参戦って事で、今回の報酬の頭割には含めない感じでオッケー?」

「バカ。それは、我がパーティのルールに反する。サリーやワンリーがお国の事情で危地に赴くならば、【雷神の力帯メギンギョルド】全員で、依頼として受ける。そういう取り決めだったはずだ」

「ちぇ……」


 セイブンが呆れたような声音でコツンと師匠の頭を叩けば、子供っぽい仕草で、唇を尖らせる師匠。なんだ、この夫婦漫才……。俺っちのいないところでやれや。ケッ。

 本気ではないだろうが、この人の場合、それが許されるなら本気で、ダイヤを二つともガメて、他のメンバーには自腹で金銭を支払いそうな怖さがあるんだよなぁ……。


「とはいえ、帝国が攻め込んでくるまで時間もない。恐らく呼んでも、ワンリーすら間に合わん。あいつが関わっているダンジョン攻略とて、いきなり切り上げるわけにはいかないだろうからな」

「まぁ、そうさね。だが、他は連絡をつけるだけでも一苦労さ。運良く近くにいれば、トゥヴァインやジューが加われるかってところかね。どこにいるかわかんないし、見付けるまでにタイムアップだろうけどさ。ノインはまだパーリィなのかい?」

「予定ではまだ滞在中ですね。【カラスターの結界師】との技術交流ですから、戻ってこいと言っても戻らないでしょう。二度と得られるかわからない機会です」

「まぁ、そうだねぇ……。ノインはサリーよりも魔術師らしい魔術師だしねぇ」

「エレベンには声かけないんすか?」

「あれはワンリーのところで修行中だ。一応、ワンリーのついでに声はかけるが、まず間に合わんし、間に合うならワンリーの方が重要だ。まぁ、久しぶりにアレに修行を付けてやるのも、面白いかもしれないが……」


 俺っちとエレベンは、同じミソッカス仲間というわけではないが、どうしてもこのパーティでは下っ端として扱われがちだ。俺っちが師匠の弟子で、エレベンがワンリーとセイブンの弟子である以上、仕方のない事なのかも知れないが、だったら歳下のノインは好き勝手してるのが、どうにも納得いかない……。


「んじゃ、参戦は俺っち、師匠、セイブンの三人に、ハリュー家使用人見習い組とサリーさんってところっすか? まぁ、半分いるなら大丈夫かも知れないっすけど……」


 でもなぁ……。伯爵家の動きが、ちょっと覚束ない感じなのがなぁ……。本当に大丈夫か? いざというときの退路だけは、しっかり確保しとかないとな。


「報酬の分配先が少ないのはいい事さ。ここにワンリーまで加わったら、あいつまでダイヤ争奪戦に首を突っ込んでくるじゃないのさ。二つしかないのに!」

「きちんと、俺っちたちの報酬も考えてくださいよ? また、師弟三原則とか言いだして、俺っちの取り分を無視しちゃダメっすよ?」


 俺っちの念押しにも、あーはいはいと適当に答える師匠。本当に大丈夫なのか……。


「ところでバカ弟子?」

「な、なんすか?」

「お前、ハリュー姉弟から、なにか別の依頼も受けてないかい?」

「へ? い、いいえ?」


 まずい。ちょっと目が泳いだ。セイブンも、こっちに懐疑的な視線を送っている。


「そうかい? なんか、やけに報酬に関して聞き分けがいいのが気になるねえ。セイブンにタダ働きさせられた直後だってのに」

「ど、道中でこなした依頼で、ふ、懐が温かいんす。それくらいいいっしょ?」

「まぁ、アンタも一応は大人だしねぇ。行き掛けの駄賃を稼ぐ事まで、いちいち咎めたりはしないさ。あちしはあんたの母親じゃないし? 好きにすりゃいい。使いっ走りのついでに働くのを禁止するのも、流石に可哀想だしね」


 だったら、そもそもタダ働きなんぞさせるなと言いたいが、この二人には小さい頃に世話になりっぱなしだったので、その点に文句を言える立場じゃない。まぁ、文句だけなら陰で言っているわけだが……。


「ところで、さっきの保険って言い訳は、カベラの御曹司の案かい? それともショーン君の入れ知恵?」

「ショー――むぐっ!?」


 慌てて口を押さえたが、とき既に遅し。にんまりと、邪悪に笑う師匠に、俺は顔を青くした。

 最後まで依頼内容をゲロしなかった俺っちを、ショーンさんはもっと褒めてもいいと思う……。



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