幕間・その頃の一級冒険者パーティ・2

 ●○●


「うひょー! 戦場とか超ひっさびさー! 楽しみぃ!」


 シッケスちゃんが愛槍を担ぎ、サイタン郊外の丘から、敵のいるであろう方角を眺めて楽しそうに笑う。まるっきり遊び気分だが、実際彼女は戦闘民族のダークエルフだ。むしろ、戦場こそが故郷なのだろう。


「うるさい。まったく、フェイヴもフォーンも面倒な依頼を受けてからに。副リーダーの命令じゃなきゃ、僕は断っていたぞ。ショーンも、家にも帰って来ずに厄介事にばかり首を突っ込む。これだから只人というのは厄介なのだ」


 ィエイトが直剣の手入れをしつつ、愚痴をこぼす。それを、師匠が面倒臭そうな声音で吐き捨てた。


「んじゃ、ィエイトはサイタンで待機してな。その分、あちしらの懐に吹いてる木枯らしも弱まるさね」

「もー。フォーンちゃん、そんな邪険にしないのー。あと、結局頭割だからィエイト君が依頼から外れてもぉ、私たちの負担は変わらないわよぉー。はぁ……。やっぱりぃ、痛い出費ですよねぇ……」


 まぁ、不平屋のィエイトはこの際どうでもいい。サリーさんは相変わらずだが、その一人称だけが、以前とは変わっている。

 最終的に戦に加わるか否かは、当人たちの自己判断に任せた。俺っちは師匠とセイブンが加わる以上、拒否権があっても使わないし、シッケスちゃんなど言わずもがな。つまり、その可能性があったのは、ィエイトだけだったわけだ。

 まぁ、セイブンが参戦する以上、文句を言いつつもこいつも加わるのは目に見えていたが。ホントにこいつは、動物の群れレベルの思考で、集団行動しているんだよな。上位者の命令には、思考停止で従う。その理由は、基本的に自分のしたい事以外に、頭を使わないで生きているからだ。

 あとは単に、こいつが『やれやれ』とか『仕方がない』とか言いつつ、格好付けるのが好きだって点も大きい。

 まぁ、そんな剣術バカなんぞよりも、気になるのは師匠とサリーさんの懐事情だ。やっぱり、あの頭割した依頼料は二人にとっても負担がデカかったらしい。いや、そらそうだ。ぶっちゃけ俺っちは、ショーンさんからの依頼料、妖精金貨十枚で財布の重さは十分あるから別にいいのだが、内々とはいえ仲間への報酬を分割にするというのは、少し行き過ぎているように思える。そんなに負担なら、一個はカベラに売ればいいのに……。

 一同が会して、今回の一件について話し合った際に、その点も踏まえて説明したのだが……――


「バカか? それならその一個もあちしが買う。借金してでも買う! なんでホープダイヤ並みのブルーダイヤを、他所様にくれてやらにゃならんのさ!」

「レッドダイヤに至っては、値段なんて付けられませんからねぇ。正直、あなたたちに対する支払いも、かなりで算出したあたいでぇ、ちょぉっと心苦しいんですよぉ」

「仕方がないさ。最初の一個だからね。それこそ、王家に持ち込んでも、どこからも文句は付かないような代物さ。それを、あちしらが身に着けて、社交界に乗り込んでやるわけだ……。ぐふふ……」

「影響力の増大は、まず間違いありませんねー。まぁ、ある程度の負担を覚悟してでもぉ、他所に流すつもりなどないという点はぁ、フォーンちゃんに同意ですよぉ。それよりぃ、どっちのダイヤを選べるかぁ、やっぱり先着順はズルいと思うんですよー。私だってぇ、赤の方がいいですー」

「依頼を受けてきたのは、あちしの弟子さ。その程度の優先権は、師匠特権さね」

「絶対、レッドダイヤの方が価値高いじゃないですかぁ」

「その分、負担もあちしの方が大きいだろう!? ギルドの貸金庫や為替の残高が空っぽで、あちしだって涙目なんだからね!」

「じゃあ、その分私が代わりに負担しますのでー、私に赤を譲ってくださぁい。フォーンちゃんよりもぉ、私の方が宝石の使用頻度が高いんですからー」

「絶対ヤダ! ところで、いつから『私』になったのさ。前のの方が、お貴族様っぽかったのに」

「その話はやめてっ!」


 などと言っていた。この二人、ウチのパーティ内でも飛びぬけて仲が良い。女同士という事もあるんだろうけど、似た者同士って点も大きいと思う。まぁ、それならシッケスちゃんとトゥヴァイン姐さんとの仲が悪い理由に説明がつかない。そっちはそっちで、同族嫌悪だと思うが……。

 なお、ダイヤの選択に関しては既に話し合いを終え、一応は赤が師匠、青がサリーさんという取り決めになった。そのうえで、必要なときにはお互いの宝石を貸し合うと約束したらしい。


「両手に、大粒の赤青ダイヤの指輪を着けて社交界に殴り込むとか、最っ高じゃない?」

「あらぁ。じゃあ、お互いの指に合うサイズの指輪にしておかないといけませんねぇ。うーん……。フォーンちゃん、手が小っちゃいから、流石に無理じゃないかしらぁ? いっそ、最初からペアのイヤリングにして、お互いに管理していた方が良くありませんかぁ?」

「それがいいね! あ、勝手にマジックアイテムに加工すんじゃないよ!? 魔導術の触媒って、魔術的リソースを消耗する度に劣化してくんだからさ!」

「宝石や貴金属を触媒にするならー、それなりに長持ちしますしぃ、ダイヤは特に劣化が少ないんですよー。だからぁ、ちょっとくらいやってみません? レッドダイヤが、どのような【魔術】に適したものなのかぁ、貴族としてじゃなく、魔術師としてもぉ、ちょっと興味があるんですよぉ」

「その辺りは、ハリュー姉弟に聞けばいいじゃないのさ。実際にマジックアイテムとして使ってんだからさ」

「教えてくれないでしょぉ。素材の作用機序なんてぇ、各研究家が代々引き継いでいく情報ものですよぉ。一代で、すべて解き明かせるようなものでもありませんしぃ」

「どうかね。あの姉弟、そういうところは結構抜けてるところがあるからさ。情報の取得には貪欲なのに、一度手元に入ったもんは、ホイホイ外に流しがちなところがある。師とやらが、機密保持の大切さを教える前に忌んだのかね?」

「それにしてはぁ、工房は厳重すぎる程に厳重に守ってますけどねぇ」


 などと、放っておけばこの二人は、延々と喋り続けているので、基本はみんな放っている。ィエイトの呟きに文句を言ったのでもわかるように、こっちの話をまったく聞いていないわけじゃないようだし。


「ホントに、帝国軍がこっちに来てんすかね?」

「伯爵軍が言っているのなら、間違いないだろう。嘘を吐く意味がない」


 シッケスちゃんと同じく、西に目を凝らしながらこぼした俺っちの独り言に、セイブンも武装を整えつつ答える。相変わらず、鎧も剣も似合わない。このおっさんの場合、元の肉体と拳の方がよっぽど硬く、強いのだから、普段着でいいだろうにとも思う。まぁ、それだと敵の攻撃を受け続けると、全裸になってしまうが……。


「カベラ商業ギルドからも情報が入ってるっすしね。まず間違いはないっしょ。でもやっぱ、なんで攻めてきたのかがわかんねーとモヤモヤするんすよ」

「さてな。だが、戦が起こるときなどそんなものだ。私もこれまで、幾度か戦場に赴いた経験はあるが、攻め手の理由に納得した事はない。そして、一度起きた戦ならばともかく、それ以前の政治など、私たちにどうする事もできん」


 セイブンは酷く億劫そうに、同じく西の大地を眺める。そこからやってくる、に対する嫌悪感が滲んでいるようだ。まぁ、こいつの場合は戦は、起こる前よりも起こってからの方が、面倒がないのだろう。指揮官の指示通り、暴れれば良いだけだしな。

 たしかに、頭の悪い俺っちから見ても、アホな貴族ってのはたまにいる。そいつらのせいで凶事が起こったって話も、それなりに耳にしている。今回も、その類かも知れない。

 なんにしても、セイブンの言う通り、戦なんつー政治において、俺っちたちが口出しできる事なんざない。今回は報酬が良かったのと仲間が参戦せざるを得なかったから、あるいは相手がショーンさんでもなけりゃ、戦そのものに加わるつもりもない。なにが悲しくて、他所様の為に一個しかない命を賭け皿に乗せねばならんのか。

 そういう意味でも、俺っちに冒険者っつー道を用意してくれた師匠とセイブンには感謝だな。まぁ、冒険者も冒険者で、他人の為に危険を冒しているって点は変わらねえけど……。


 あと数日もすれば、帝国軍が到着するらしい。戦に加わる事自体は初めてじゃねぇが、さて今回はどうなる事か……。



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