幕間・その頃の一級冒険者パーティ・3

 ●○●


 夜陰に紛れて、敵陣を視察する。それ程多くはないが、それでも伯爵軍の倍以上と思えば、かなりゲンナリする……。やっぱ、常に退路は確保しておこう。戦場と目される場所には森もあるし、最悪そこから第二王国に戻るって線で、ルートを確保しておきたい。


「それにしても……」


 カベラ商業ギルドやショーンさんからの情報で、敵の大将はバカ息子と聞いていたが、その配下の兵はなかなか精鋭揃いと見える。サイタンから七キロ程離れたこの場所なら、あまり夜襲を気にする必要はないのだが、それでもしっかり歩哨と斥候を放ち、最低限の警戒は怠らない。そのうえで、兵らの疲労を癒す事も忘れていない。

 まぁ、戦に慣れた配下がいるのだろう。そいつの指示で、軍は大過なく動けているに違いない。

 こうして一望する限りにおいては、帝国軍には隙らしい隙のない軍勢に見える。そらが倍か……。


『無闇に声を出すんじゃないよ、バカ弟子』


 師匠の【囁きススッルス】が耳元で聞こえ、謝罪の意味も込めてジェスチャーで伝える。まぁ、周囲には人影も気配もない。俺っちたちの索敵を掻い潜って接近できる、相当な手練れでもなければ、まず近場に人はいないと判断できる状況なのだが、まぁたしかに油断だった。

 俺っちたちはそれからもしばらく敵情を視察していたが、敵軍に特に動きらしい動きも見えなかった為に、切り上げてサイタンへと戻る。


「勝てるんすかねぇ?」

「戦の結末なんて水物さ。どうなるかなんて、素人のあちしたちにわかるもんかい」

「でも倍っすよ? ぶっちゃけ、伯爵軍ヤバいんじゃないっすか?」


 相手が明らかに油断しているとか、見るからに練度が低いとか、バカな指揮官に率いられてやる気がないとかなら、付け入る隙もあるのかも知れない。だが、そんな都合のいい事はなさそうだ。だとすればもう、あとは普通に力比べになる。その場合、どう見ても伯爵軍が不利だ。

 まぁ、俺っちたち冒険者は、いざとなったら逃げればいい、気楽な立場だ。だが、次期伯爵とかその下の人たちは、軽々に土地を捨てるわけにもいかないだろう。この土地に住んでいる住民たちなら、なおさらサイタンを捨てて逃げられない。

 彼ら全員が、バカな侯爵の息子のせいで地獄を見るだなんて、いい気はしない。師匠の言う通り、俺っちたちにどうこうできる問題じゃないというのは、わかってはいるのだが……。


 ●○●


 翌日。帝国軍が集まる前に、サイタンの町から出た伯爵軍は、ショーンさんの生み出した霧に紛れ、そのまま西北の森林地帯の前まで移動する。元々の朝靄とショーンさんの霧で、非常に視界が悪く難儀したが、おかげで敵方に見付かる可能性が減ると思えば、むしろ有難いといえる。

 そうして、森林地帯に沿うように布陣した俺っちたちに、グラさんが森の幻影を被せて隠す。

 敵も、サイタン付近の地形情報くらいは調べているだろうが、森の規模の詳細までは知らないはずだ。まず森が多少分厚くなっている程度では、気付く者はいまい。


「なるほどねぇ……」


 霧が晴れた頃に現れた敵軍が、太陽も高くなってきた頃に布陣を終える。そのタイミングで、隣の師匠が呟いた。


「なるほどってのは?」

「いや、正直あちしは、真横から敵をぶん殴るって戦術が、どれだけ有効なのか、倍の敵を倒せるようなもんなのか、半信半疑だったんだけれどねぇ」


 俺っちの質問に、森に入ってきただった敵斥候の脳天から、斥候用ピッケルを引き抜きながら答える師匠。こっちから見れば、堂々と草原を歩いてきただけなのだから、相手からすれば納得のいかない最期だろう。

 哀れに思いつつ、俺っちも敵兵の首を掻き切り、とどめを刺しておく。


「だがどうだい? 実際、敵が無防備に横腹をこちらに晒してるのを見ると、いけそうに思えるじゃないのさ」

「たしかに。まぁ、敵陣の奥行きを思うと、それが思い込みでしかないとわかるんすけど」


 こちらから見た敵陣は、横陣ではなく縦陣であり、既に横陣として布陣している自軍こっちから見れば、まさに『狙い目』って感じだ。素人目にもそう思えるのだから、兵らの指揮も高まろうというものである。

 ただし、忘れてはならないのは、敵軍がこちらの倍おり、縦陣となった敵陣の層はかなり分厚いという点と、こっちは大将が完っ全に無防備であるという点だ。

 そちらを見れば、ショーンさんが作り出した幻の伯爵軍を背に、馬に跨る次期伯爵、ディラッソ・フォン・ゲラッシが堂々と敵を見据えていた。

 ホント、次期伯爵君もすごい度胸だ……。あんな、隠れる場所もない丘のど真ん中で、数騎の騎兵だけをお供に、数千の敵と相対しているというのだから……。

 この作戦を立てた次期伯爵君が、背後の軍勢が文字通りの意味で張子の虎だと知らないわけがないのに。


「作戦も大したもんだけど、やっぱこの幻術があればこそさね。普通、こんな大規模な幻を、敵にそうとは覚られないレベルで、こんな長時間維持なんてできないさ」

「そういうもんなんすか? 正直、この程度の幻術なら、ショーンさんたちにしては大人しい方だと、個人的には思うっすけど」

「あちしもそう思うけど、だからって普通の幻術師に同じ事ができるかと言われると……。まず無理だろうさ」


 まぁ、たしかに。表の幻術師は医者のような扱いであり、裏の幻術師はほぼ詐欺師といった存在だ。冒険者にも、少ないながら幻術師はいるが、大抵はモンスターを釣り出す為か、一、二体のモンスターを惑わすくらいが精々である。

 十数頭の群れを一度に幻惑させられるようならば、十分に凄腕として判断されるだろう。もしかすれば、特級冒険者として、ギルドからオファーがくるかも知れない。


「やっぱおかしいっすよ。特にグラさん」

「まぁね。これだけの幻術を、他の【魔術】の片手間に修めてるってんだから、専業の幻術師からしたらプライドベキベキだろうさ」

「まぁ、だからってショーンさんを、並の幻術師として扱っていいのかって言われたら、正直悩むっすけど……」

「まぁねぇ。あの子もあの子で、ちょっとおかしいからさ。最近じゃ、ラプターを幻術で従えたんだろ? 国のお偉方がどうやって騎竜を維持してんのか、あちしは知らないけどね。少なくとも、そんなホイホイ捕まえられるもんじゃないだろうさ」

「たしかに……」


 俺っちはあの場にいたから、なんとなくそんなものだと思っていた。ショーンさん自身、殺そうとしていた敵が意図せず従順になってしまったから、扱いに困っていた程だった。

 が、やはり客観的視点に立ち返って見れば、それ程簡単に騎竜が手に入るなら、国は本腰入れて竜を捕らえ、馴致に血道をあげるだろう。騎竜の軍勢が揃えられるなら、敵がどれだけの重装備の軍団であろうと塵芥のように蹴散らせるのだから。

 ……まぁ、たぶん本当にそんな事をすれば、その国は竜の餌代だけで破産するだろうが。


「なんにしても、同じ事があちこちの戦場で起こる心配は、する必要はないさね。もしかしたら、人数を揃えれば似たような真似ができるかもしんないけど、幻術師を戦場でだけで使うわけにもいかんだろうしね」

「そっすね。医療現場に幻術師がいないってなったら、本気でヤバいっすよ。あちこちで、痛みで絶叫する人らが続出する阿鼻叫喚っす。下手すりゃ、痛みだけでバンバン人が死んでくっすよ」


 幻術師というと、どうしても詐欺師やペテン師のイメージが先行しているが、ちゃんとした正業に就く幻術師は、大抵は医者の一種として活躍している。傷病による痛み、苦しみを和らげるには、彼らの存在がなくてはならないのだ。

 それを、戦場で欺瞞工作の為だけに引き抜けば、きっとかなりの反発を食らうだろうし、幻術師たちも嫌がるだろう。せっかく医者になったのに、詐欺師と同じ仕事をさせられるのだから。


「おっと。伯爵家の出来星が演説を始めるようだよ。幻術の維持時間を懸念してかね」

「たぶんそうじゃないっすかね。このタイミングだと、焦っているように見えるっす。敵もそう思うっしょ。時間に余裕があるなら、もう少し待つはずっす」

「それも狙いなのかもねぇ。あえて、敵の油断を誘う、みたいな? まぁ、なんにしても、実際に軍同士がぶつかるとなったら、前哨戦はここまで。あちしらも御役御免さ」

「そっすね。戻るっすか」


 恐らくは、敵の斥候は皆殺しにできた。こっちの情報は、向こうには伝わっていまい。俺っちだけなら不安もあろうが、師匠も加わっていた以上は、大丈夫だろう。そう安心して、俺っちたちは本物の森へと足を向けた。



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