幕間・その頃の一級冒険者パーティ・4

 ●○●


『――我らは悪魔の力を借り、今宵すべての帝国兵の悪夢となろう!! 彼奴等に一滴たりとも、我らの水を与えるな!! 一粒たりとも、我らの麦を与えるな!! これ以上、一瞬たりとも我らの土を踏ませるな!!』


 伯爵公子の演説に、こちらでも声をあげようとしたバカが現れた。

 本当にバカ過ぎて頭が痛い……。ショーン君や次期伯爵君が、足音一つにすら細心の注意を払ってお膳立てしたこの状況を、一切合切台無しにするような真似だと、本気でわからないのだろうか? いくら、次期伯爵君の演説に心動かされたとはいえ、テンションに任せて勝機をふいにしかねない真似は、害悪以外のなにものでもない。


「シッケス、もういい。そいつらはもう声を出せん。それよりも、すぐに事態が動く。準備を優先しろ」


 こっちと同じく、声をあげようとしていた兵らに剣の切先を向けていたィエイトが、酷くつまらなそうに戦場に振り向いた。

 こっちも、これ以上くだらない凡愚に時間を割くつもりなどない。ィエイトと同じく、戦場へと振り返る。背後で、尻もちを搗く音と安堵の息が聞こえた気がするが、もはやどうでもいい。

 さぁ、楽しい楽しい戦の時間だっ!


「あー、ショーン君一騎駆けじゃん。いいなぁ……。こっちも一度でいいからやってみてー」


 見れば、幻の伯爵軍と、新たに生み出したアンデッド軍のような、夜の軍勢を引き連れたショーン君が、竜に跨り敵陣へと突っ込んでいくところだった。それに合わせて、帝国軍も進軍を開始する。

 一見すると一騎駆けには見えないが、あそこにいる生身の人間は、正真正銘ショーン君だけだ。たった一人で、四〇〇〇の敵兵に吶喊する。武人として、憧れを抱かずにはいられないシチュエーションだろう。

 だが、そんなこっちの憧憬に、ィエイトのバカが呆れ顔で嘆息しながら言い捨てた。


「勝手にやればいいだろう。そのまま死ぬだけだ」

「はぁ? んじゃおめーは、ショーン君があのまま死ぬとでも思ってんの?」

「ショーンは勝算があって、ああして単騎突撃を敢行しているのだ。お前の考えなしとは違う」

「はぁ~? じゃあ、その勝算ってなにさ?」

「それは知らん。だが、あのショーンが、お前と同じく考えなしで敵に突っ込むわけがない」

「なんだそりゃ? 結局お前も、こっちと同じでなんもわかってねーんじゃねぇか!」

「僕は、お前と違って敵陣に単騎で突撃するような真似に、憧憬など持たん。必要に迫られればやるが、必要がなければ絶対にごめんだ」

「ハン! 一番槍は戦士のほまれ、勲功抜群にして武名高揚間違いなしの大手柄じゃねえか! 戦士として、そんないさおしに憧れねー方が、こっちとしては信じられねぇなぁ!」

「これだから、戦う事しか頭にないダークエルフは……」

「これだから、頭でっかちで臆病者のエルフはダメなんだ!」

「二人とも、いい加減にしろ。お前たちが騒ぎを起こしてどうする? そっちの兵たちのように、私に静められたいか?」


 ィエイトとのやり取りが白熱してきた段階で、セイブンから制止が入る。途端、こっちらは二人して、背筋を正して正面を見据える。敵と戦う前にボコボコにされて戦場に立てないなど、それこそ戦士の名折れだ。そして、セイブンならそれをやるという確信もある。

 こいつはなんだかんだ、こっちと同じで、面倒臭い事が力尽くで黙らせられるなら、躊躇せず実力行使に及ぶタイプだ。根本的に、頭脳労働というものが向いていない。

 こっちとィエイト、二人を戦闘不能にしたのち、自分が三人分働けば問題ないとか、頭の悪い事を本気で考えるヤツなのだ。


「ぶつかるぞ。いよいよだ。準備をしろ」


 セイブンの端的な言葉に、こっちは槍を握り込んで力を溜める。お誂え向きという言葉がぴったりな程、こっちの軍勢の前に横腹を晒した獲物に、思わず舌舐めずりしてしまう。

 ああ……っ、なんて好機……! いまからここに食らい付くのかと思うと、まるで特上の鳥の丸焼きでも前にしているような、食欲にも似た闘争心が沸き立つのを覚える。

 たしかに、こっちは頭が悪い。眼前の、この状況を整えられるような頭脳はない。だが、だからこそというべきか、頭のいい指揮官がこうして整えたを見せ付けられると、歓喜と驚喜に狂喜悦喜えっきする。

 そして、こっちは戦闘民族ダークエルフ。己にない武器を有す異性の戦士には、敬意と共に敬慕の念を抱くのが習性だ。前線で戦うしか能のないこっちにとって、やはりショーン君こそが、こっちが子を孕むにふさわしい相手だと、改めて確認した。逃すものか。

 そんな未来のが、敵陣へと消える。続いて、夜の軍勢が消え、幻の伯爵軍も消える。

 このタイミングだ! こっちは駆け出す。こちら側の一番槍まで、他のヤツに譲ってやるものか!

 動揺する帝国軍。鈎形陣で森林からの奇襲に充てていた軍勢の正面に、こっちと伯爵軍本隊が現れた。別動隊を相手に戦うはずだった部隊が、敵軍本隊の正面に立たされてしまった構図だ。

 その光景に、敵陣最前線の兵らの顔が、驚愕と絶望に染まる。ああ、これだっ! 戦う前から、敗北を意識してしまった兵士の顔。優秀な指揮官の許で戦っているという、実感! こっちの地を蹴る脚にも力が入る!


「おらぁ!! 我こそはァ! 【雷神の力帯メギンギョルド】が一番槍ィ! シッケス・サイズ!! 手柄首から名乗りをあげやがれ! ハッハッハッハァ!! 推参だぜェ!!」


 向けられた槍衾を弾いて懐に入り込み、敵陣に切り込む。この辺りは、モンスター相手でも人間相手でも、そう変わらない。バスガルのダンジョンで、モンスターに囲まれたときに比べれば全然ヌルい。


「【雷神の力帯メギンギョルド】所属、ィエイト・エナブルだ。死にたいヤツから掛かって来い。そうでない者は、尻尾を巻いてとっとと逃げろ。カラト一刀流――一碧万頃いっぺきばんけい!!」


 珍しく、早々にィエイトが前線深くに入ってきている。こっちと違って、周囲の雑兵を上半身と下半身で真っ二つにして侵入してきたようだ。

 まぁ、後方に残っていても、味方が押し寄せて前線を維持するどころじゃないだろうからな。今回はこっちと同じく、敵陣を乱すのが役割か。


「カラト一刀流――一望千頃いちぼうせんけい!!」

「勝手に進んでんじゃねーよ! テメェはこっちの後ろをついてくりゃいいんだよ! 食らえ【ジャベリン】!!」


 こっちが槍の投擲で、指揮官らしき男を討ち取れば、得物をなくしたと思ったのか殺到してくる敵兵。そんな、こっちでもにニヤリと笑うと、左手の【鉄幻爪】を掲げる。


「当惑しやがれ!」


 カエルアンコウに誂えられた橄欖石ペリドットが鮮やかな緑に輝き、その間にこっちは空中へ逃れる。同時に、手元から離れていた愛槍が手元まで戻ってくる。帝国兵どもは、残像のこっちを滅多刺しにしたが、あまりの手応えのなさに素通りした槍の穂先で同士討ちしている。

 そこに、頭上から落ちてきたこっちの槍の石突が降り注ぐ。


「【サリッサァ】!! おら、次はどいつだ!?」

「ひぃぃい!? な、なんだこいつはッ!?」

「ダークエルフッ!? なんでこんなところに、ダークエルフなんかが!?」


 どうやら、こいつらの故郷までは、こっちの武名も轟いていないらしい。第二王国で【突撃槍アサルトランス】【前線病デッドトランサー】のシッケス・サイズといえば、それなりに知られた名なんだが。

 まぁ、こっちの名は【雷神の力帯メギンギョルド】ありきのものだし、こいつらは帝国の、それも北の方の兵らしいからな。知らなくても当然か。


「待たれよッ! そこな女戦士殿! 我こそは、ネイデール帝国において、三級冒険者パーティ【豊穣の女神の首飾りブリージンガメン】の副リーダーを勤める、三級冒険者のタラポ・ウィリィ! いざ尋常に、勝負願おう!」

「おっと、ようやく活きの良さそうな獲物が来たね! こっちは第二王国は一級冒険者パーティ【雷神の力帯メギンギョルド】の一番槍、四級冒険者のシッケス・サイズだ!! お望み通り、尋常に勝負してやんぜ! おら! 雑魚はさっさと失せやがれ! 邪魔だ邪魔だァ!」


 一騎打ちの申し出に、こっちは心底からの喜びも露に、槍を振って雑兵を散らす。不満そうなアホが、こっちの隙を狙って攻撃を仕掛けてきたりもしたが、一瞥すらくれず殺していたら、その内なくなった。ようやく開けた視界で、こっちは強者特有の気配を漂わせる、二刀の湾刀を構える巨漢に対峙する。


 ああ、いいねぇ! いよいよ楽しくなってきやがったッ!!


 こっちは地を蹴り、距離を詰める。あっちもまた、一息に駆け寄ってくる。お互いの間の距離は、即座に無へと収束していき、あっという間もなく激突する。火花が散り、血風が舞う。勝者は――



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