幕間・その頃の一級冒険者パーティ・5
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三級冒険者パーティ【
一騎打ちを見守っていた【
それにしても……。よりにもよって、三級冒険者同士で殺し合う事になろうとは……。こちらはサリーとショーンさんとの関係で、参戦せざるを得なかったわけだが、向こうにもやむにやまれぬ事情があったのだろうか……。なんにしても、帝国の対ダンジョン戦力に、かなり大きな穴を空けてしまった……。
落ち込みつつも、いまは眼前の戦に集中しようと、頭を振る。
他にも帝国の騎士や、なんとかという部族の長だったと名乗る騎兵を相手にしたが、流石にすべての敵の名前と所属と階級を覚えていられる程、戦場は暇ではない。討ち取った首も、基本的には兵に任せて後送している。
こっちも、パーティの副リーダーとして、仲間の安否を最大限に気にかけなければならないのだから、その辺りが少しおざなりになるのは、許してもらいたい。
「セイブン、敵軍正面が崩れますよー」
空からストンと舞い降りてきたサリーに言われて、再度戦場を見渡す。なんとか保っていた均衡が崩れ、帝国兵が敗走を始めるところだった。
元々は伯爵軍から見て右翼、中央、左翼と分類していたのだが、こちらから見ると、敵は正面にある一面のみ。それでも一応、自軍に応じた呼び方ならば、我々と戦っていた帝国軍右翼は潰走を始め、中央はショーンさんによって引っ掻き回され、左翼は中央が間にあるせいで、なにもできずに拱手しているという状況だ。
かろうじてというべきか、足の早い騎兵や少数の精兵がこちらに送られ、体勢を立て直そうと努力はしていたようだが、その精鋭たちは私たち【
「どうする?」
「私はぁ、追い討ちに専念しますねぇ。敵軍が体勢を立て直して、もう一度攻めてくるようでは、伯爵軍は今度こそ窮地ですからー」
「わかった」
サリーの言はもっともである。一連の戦闘で、敵軍に与えた損害は一〇〇に届くかどうか。撤退時に敵の兵力を削らなければ、結局は体勢を整え直した帝国軍に、再びサイタンが攻められてしまうだろう。
その際にもまた、これ程までの優位に立てるとも限らない。ここで、叩けるだけ敵兵を叩いておくのは、サイタンを守る為には必須の行為だ。
伯爵軍もそう判断したのか、兵士らに掃討戦の指示を出す。手柄を欲した兵士たちが、喜び勇んで追撃に入った。
こうなればもう、私の出番もあるまい。
●○●
……そう思っていたのだが……。
「あそこから持ち直しますか……。すごいですね……」
「そぉねぇ……。私もぉ、もっと魔力を節約しておけば良かったわぁ……」
魔力の減少から、常よりも茫洋とした雰囲気のサリーが、悔やむように言う。たしかに、ここで彼女の一撃があれば、帝国軍左翼に対して強烈な一撃が見舞えた。そうなれば、あの陣をも一息に打ち崩せただろう。戦力の出し方を誤ったらしい。
「たぶん、敵軍は左翼に生え抜きの精鋭を用意していたんでしょうねぇ……。その戦力でこちらの左翼を圧迫、森に押し込む形で半包囲といった作戦だったと思いますー……」
なるほど。ある意味敵も、斜線陣を用意していたわけか。偶然だろうが、それを開戦早々遊兵化させてしまったとなれば、完全に伯爵軍の読み勝ちといえる。まぁ、敵左翼の陣容に関しては、恐らくただの偶然だろうが。
「こちらの陣形が悪いですねぇ……。掃討戦に移行後だから当たり前ですがぁ、あそこから戦闘をこなしつつ立て直すのはぁ、かなり厳しいですよぉ」
「まごついていては、退いていった敵軍が、再び攻めてくるぞ?」
「もぉ用意は進んでますねぇ。敵の、おバカ公子君が必死になってぇ、味方の騎兵を再編しようとしていますー。こちらの乱れた陣にぃ、騎兵突撃をしかけるつもりなのでしょうー」
「この状態の自軍に、それを受け止める余裕はない。我々、【
「そぉですねぇ……。私は動けないので心苦しいのですがぁ、お願いできますかー?」
「ああ。大丈夫だ。私とィエイトがいれば、一〇〇程度重騎兵突撃を受け止める事は、それ程苦ではない」
この場合は、私よりもィエイトの方が、防御力は高いだろう。私はどうしたって、点での防御にならざるを得ないが、ヤツは面での防御に秀でている。
問題は、いまィエイトがどこにいるかだが……。最悪、前線にいるであろうヤツを大声で呼んで、即席で合わせるしかあるまい。敵軍の足を止めてからなら、シッケスも役に立つだろう。まぁ、アイツの場合は、呼ばなくても前線に来るだろうが……。
幸いというべきか、不幸中の幸いというべきか、あるいはもう、ただただすべてが不幸と断じるべきか……。敵は、我が軍に突撃できなかった。兵が整わぬまま、侯爵公子に率いられて途中までは突撃隊形で進んできたのだが、戦場に現れた化け物に射すくめられ、馬は勢いをなくし、足を止めてしまったのだ。
それはまぁ、我々も同じではあったが……。
●○●
「
「ええ、そうねぇ……」
私の呟きに、サリーも頷く。我々の眼前で繰り広げられているのは、もはや戦などではない。死神がその鎌を振り回し、ひたすらに死と疫病と怨嗟と絶望を生みだしているだけだ。もはや、敵兵に戦意など存在せず、ただただ逃げ惑っているに過ぎない。
これが、本当にたった二人の魔術師で為せる光景だろうか……?
サリーは、空を飛びながら攻撃ができる転移術師として、国内外から高い評価を得ている。その脅威は、戦場でこそ猛威を振るうと言っていい。だが、そんな彼女であろうとも、密集した敵兵に土系の属性術で投石をするくらいで、その被害は限定的と言わざるを得ない。
対して、いまの姉弟が敵に与えている損害は……、一〇〇や二〇〇で利くものだろうか?
「うひゃぁ……っ! すんごいね、アレ。絶対食らいたくないわー」
返り血にまみれた姿のシッケスが、槍を担ぎ、腰には布に包まれたいくつかの首を携えて現れた。まるで対岸の火事とばかりに、死神の暴威を眺めて肩をすくめている。
「言っとくが、流石の僕もアレを防ぐのはたぶん無理だぞ。ヤツらの戦い方は、その根本が魔術師とか戦士とかの次元ではない。幻術師との戦い方を、一から模索すべきか……」
ィエイトも、同じように血まみれの姿で現れたが、当人はショーンさんたちの攻略法を考えているらしい。
「聞いてねーよ。端から、お前みたいな剣術バカにこっちのショーン君がどうにかなるかっての!」
「いつからショーンがお前の陣営になった? ヤツも、お前と僕とを天秤に掛けたら、間違いなくこちらの味方につくだろう。バカを味方につけると、今回の帝国軍のようになるとわかっているだろうからな」
「オメーも、剣術以外はなんも考えてない、考える事を端から放棄してるバカじゃねーか! ショーン君も男なんだから、こっちの味方に付くのはジメイの理だっつの!」
「ハン! その、無駄にデカい胸の脂肪に、これまでショーンがなびいていたのなら、その言にも一定の説得力はあるのだがな」
「んだとコラ!? 女にすらろくに興味も示さねえ朴念仁がッ! いーんだよ。ショーン君はまだ子供なの! すぐに、おっぱいおっぱいって、大喜びでこっちに飛び付いてくんだから!」
「そんなショーンは嫌だな……」
この光景を前にしていつもの喧嘩を始めた二人は、かなりハリュー姉弟に毒されていると思う。流石に、少し距離を取らせるべきか……? だが、二人のトラブルメーカーな性質を思えば、示威の意味でも二人を側においておくのは、悪い判断ではない。
なにより、使用人として二人を貸し出してから、目に見えて行儀が良くなっているのだ。そこは【
「崩れますねぇ……。というか、あれはもう再起不能でしょお……」
サリーの声に気を取り直したところでそちらに顔を向ければ、敵軍が這う這うの体で逃げ出すところだった。もはや、組織立った逃走などではない。我先にと、災害から逃れる、脱兎のごとき逃亡だ。
「追撃はどうするのでしょうー……?」
「いや、無理だろう。あの場所に近付きたいと思う者などいまい」
ただでさえ、疫病など民にとっては死活問題なのだ。まして、死神が暴れている場所を通って敵に追撃をするなど、底抜けの無思慮かただの自殺志願者でもなけれれば無理な話だ。
ここで無理に追撃を命じるのは、せっかくの勝利を擲つような真似である。そんな無体を命じれば、兵らは我先にサイタンに逃げ帰るという事も、冗談にならずあり得る話だ。ここまで勝利が確実な状況で、あえてそんな危険を冒したい者はいまい。
無論、それを命じる立場である伯爵家の家臣たちとて、喜んであんな場所に赴きたくはないだろう。
「サリーの言う通り、敵はもう再起不能だろう。ここで、無理に追撃する必要まではない」
「そぉですねぇ。こっちの被害まで、甚大になりそうですからー。伯爵家の人たちと、ちょっと話してきますー」
去っていくサリーの背を見送り、改めて眼前の戦場を見る。阿鼻叫喚の渦中にあってなお、双子は互いに手を取り、なにやら笑っている。死者たちの園で踊る二人に、敵からも味方からも、畏怖と忌諱の視線が集中する。
だが、彼らはそれに頓着せず、生者のいなくなった丘で踊り続けていた。
それは、すべての羽虫が死に絶え、腐って死に果てたはずの夥しい死者たちの骸が、綺麗なままの姿で現れるまで続いた。そこでようやく、あれは幻だったのだ、彼らは幻術師なのだからそれも当然かと、伯爵軍全体に安堵が広がった。
あちこちから、胸を撫で下ろすため息が漏れていた。私も含め、多くの者が彼ら姉弟を、死神やそれの使いのような、人外のそれと捉え始めていたのだろう。
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